Mortal Blood Suckers 3
目を閉じる度どころではなく、彼女が居てくれなければ毎晩その光景にうなされてしまう。
口に広がる鉄の味、引き裂かれたシャツ、肌を這いずり回る不快感。
どれだけ祈っても神は助けてくれず、同じNPOの仲間達と貧困に喘いでいた人々は、テロリスト側への寝返った部隊に面白半分に殺されてしまった。
残された事はロザリオを握り締めて目を閉じる事。張られていない逆の頬ではなく、綺麗な体を差し出す事だけだった。
得体の知れない恐怖に歯がガチガチと音を立て、歯を食い縛っていなければ何もかも吐き出してしまいそうで、死ぬのが怖いのに屈辱に耐えてまで生きたくもない。
どうせなら、一思いに殺して欲しい。
そうすれば望まぬ姦淫も、心を凍りつかせていく恐怖も消えていくのに。
だがそそりたつ男の欲望も、皆を殺した銃口も体に付きたてられる様子はない。それどころか、体の自由を奪うようにのしかかっていた男の体重すら感じない。
そしてゆっくり開いた目に飛び込んできたのは、神でも軍の男達でもなかった。
黒いレザージャケットにデニムボトム。風に揺れる雑多に伸ばされた黒髪と統一感のないアクセサリー達。左目の周りから胸に掛けて彫られたヴァインの刺青。そこに居たのは、形容しがたい姿をした女だった。
「選べよ。助けてくれなかった神様と今ここに居る私、縋りつくならどっちだ?」
問い掛けられたその言葉の意味はいまいち理解できなかった。
それでも、手首を押さえられてうっ血していた手は、ロザリオを放してレザージャケットの裾を握っていた。
「それでいい。アンタは神のものじゃねえ、私だけのものだ」
そう言ってシニカルに口角を歪めた刺青の女はロザリオの手に取り、張り付けられた真鍮製の聖職者をその指で引き剥がした。
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「起きろよ。この島に上等なベッドがあるかは知らねえけど、岩の上で寝るよりはマシなはずだぜ」
いつかのようにゆっくりと目を開いたメイは、いつかとは違う女の言葉に不愉快そうに顔を歪める。
スナイプポイントは超高威力のアンチマテリアルキャノンで吹き飛ばされ、土塊と共に地上に叩き落された体は鈍い痛みを訴えていた。
生きているだけで幸運だったのかもしれないが、それを喜べるほどメイが直面している状況はたやすいものではなかった。
「この、レイア様のご意思も理解出来ない、下等生物が……」
「理解されねえそっちのレベルが低いんだろ。指導者気取りならガキに縋りついてねえで、態度と言葉で世界を動かせよバカが」
負け惜しみを言うメイに、バギーのシートに横になっていたトニーはバカバカしいと肩を竦める。
自分の行いが正しくない事を理解しようとせず、曖昧な理想に踊らされるままに暴力を振るい続ける。
それはドロシーの出会う前の自分と、この顔に忘れたい過去を刻み込まれる前の自分と、母と向き合う事と諦めた愚かな少女と同じだった。
だが止めてやらなければならないなどという使命感は一切湧かず、トニーの胸中は呆れと怒りに満たされていた。
「それにしてもしぶといじゃんか、安心したぜ」
バギーのシートから飛び降りたトニーは、メイの胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせる。満足に立つ事も出来なかったメイは、続けて押し付けられたスナイパーラオフルを杖のように突くも、ひしゃげた銃身を突く狙撃手の姿は惨めでしょうがない。
それでも、メイの瞳には侮辱された怒りが浮かんでいた。
「テメエらにとっては革命で、あのクソハンサムからすりゃこの戦いは愛しの主を取り戻すための聖戦。それはそれでいい、知ったこっちゃねえからよ。でも、オレからすりゃ親友の親友、つまりはオレの親友に手を出したバカ共を片付けるためのケンカだ。いつかアイツが言ってたみたいに、もう2度とバカな考えを起こさないように1発ぶん殴ってやる」
トニーはそう言うなり、コンバットスーツのジャケットから取り出した2丁の銃をバギーのシートに置く。
ケンカで磨き上げた拳だけではドロシーを守れないと持ち始め、何もかも失った過去から1丁よりも2丁持つようになった銃。手馴れた武器ではあるが、最も得意としている武器ではない。
何より、トニーは作品を盗まれた事を悲しんでいた親友の姿を覚えている。
マジェスティック・アナイアレイターにシステマティック・デストラクターが、ヒステリック・スコーチャーにオブセッスド・プレイヤーあるように、バプタイズド・ゴーストにも対となる作品があったのだから。
「歯ァ食い縛れ、腹筋締めろ、覚悟決めとけ――死ぬほど痛えぞ?」
トニーは拳を固く握り、顔を隠すようにファイティングポーズを取る。構え自体はボクサーの真似事でしかないが、握った拳はトニーが何よりも信頼するものだった。
「ふっざけんじゃないわよ、この下等生物がァッ!」
「啖呵を切るなら、言葉を選べよ」
先ほど聞いたばかりの嘲りの言葉に鼻を鳴らし、トニーは姿勢を低くしてメイへと駆け出す。メイはもはや銃器として役にも立たないスナイパーライフルを振り上げ、接近してきたトニーへと勢いよく振り下ろす。
しかしトニーは半身になる事でそれを回避し、地面に叩きつけられたスナイパーライフルを余所に、メイの顔を強く殴りつける。そのパンチには技術も駆け引きも何もなく、ただただどうしようもなく粗暴なものだった。
「言ったろ、死ぬほど痛えって」
ゆっくりと崩れ落ちるメイに背を向けて、トニーは親指の腹で顔の傷をなぞる。
それは過去と決別するようであり、傷の刻まれた顔はどこか満足げな笑みを浮かべていた。




