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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Rollin' The Flames
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Secret In My Ashes 2

「なんかもう疲れちゃった。ゴメンね、アンタなんにも悪くなかったのに疑っちゃ――」

「お嬢様、浅慮な私にはお嬢様のお考えの全てを理解する事は出来ません。ですが、この終わりがあなた様に相応しいものではないという事は分かります」


 自分の言葉を遮るバリトンボイスに、ソフィアは胸中を満たす諦観が何か別のものに代わっていくのを感じる。

 恐怖とは違う、希望に対する嫌悪感のような、意味不明な感傷。

 寂寥感でもなければ、鬱屈感でもない、説明のつかない感情。

 向けられているだろう銃口よりも恐ろしい、身を焦がす不快感が。


「……何が言いたいわけ?」

「お嬢様には義務がございます。その命を費やすに相応しい"終わり"に辿り着く義務が」

「なにそれ。結局アタシに死ねって言ってるだけじゃない」


 要領を得ないクロードの言葉に、ソフィアはクスクスと場違いな笑みをこぼす。

 いくらクロードが優秀で真摯な執事だとしても、体の"中身"以外に価値のないソフィアのために命を懸ける事はない。初めてクロードの人間性を感じられたような気がしたソフィアは、妙にそれがおかしくてしょうがなかった。


「いいえ、お嬢様は生きなければなりません。生きて辿り着かなければならないのです。たとえどんな手段を使おうと、何もかもを犠牲にしようと」

「アンタを死なせて生きろって言うわけ? そんなの、遅かれ早かれのその場しのぎをしたところで何の意味なんてないわ」

「でしたら、どうか私めにご命令(オーダー)を」


 そう言ってクロードは口角を笑みの形に歪ませ、ソフィアは戸惑いを誤魔化すように肩を竦める。

 疑いすら持っていた自分を守ろうとしてくれている執事。彼の優しさも責任感の強さも、長くはない今日までの日々の中で理解はしている。


 だからこそ、ソフィアはクロードの申し出も自分の情けなさも滑稽でしょうがなかった。

 命令をすれば、クロードは最後のその時まで自分を守ってくれるかもしれない。だが、それは死ねと言うのと何が違うというのか。

 相手はソフィア・ストロムブラード、未知のナノマシン"Sheep Tumor"を手に入れるために用意をしてきた武装集団。自分という役立たずを連れたクロードが、ただの人間が勝てる相手ではない。


 だというのに、クロードは美しい笑みを浮かべたままソフィアの言葉を待っていた。


「命令、ねえ。それで何が変わるってわけ?」

「何もかも全てが、お嬢様のお望むになるままに」


 ダメだ、とソフィアは唇を噛んで湧き出した願望を押さえ込もうとする。

 真っ赤な唇は白く色が変わり、白人らしい白い肌に映える赤い雫が流れ出した。

 そうでもしないと、望んでしまいそうになるのだ。


 苦痛に耐えるだけの日々を送りたくない、と。

 このままで終わりたくない、と。

 助けて欲しい、と。


 そんなソフィアの葛藤を無視するかのように、クロードはソフィアの顎に手をやる。

 女性と見間違うほどに優美な容姿にそぐわない節くれ立った指は、唇をかんでいた歯を開かせ、溢れ出した血をやんわりと拭う。

 まるでソフィアの葛藤すら、不安すら、拭い去るように。


「お望みであれば全てをお守りしましょう。お望みとあれば全てを奪いましょう。お望みとあれば全てを焼き尽くしましょう。ですから、どうか私めにご命令(オーダー)を――全ては、お嬢様の御心のままに」


 ダメだ、とソフィアは意味合いの違う同じ言葉を胸中で呟く。

 生きる希望とその為の術を与えると同時に、だから自分で選択しろと突き放すクロードの言葉。


 ただ諦観に沈んでこのまま終わるのか、どんな手段を使ってでも生き残るのか。

 "Sheep Tumor"を適応されてから、擦り寄ってきた人々の世界と向き合っていくのか。


 そしてソフィアは選択する。

 与えられた義務をこなすのではなく、辿り着くべき終わりへと歩みだすために。


「……ちょっと」


 そう言ってクロードに頭を下げさせたソフィアは、比較的小さな両手できめ細やかで真っ白な肌の頬を包み込む。

 エメラルドの双眸が見詰めるのは、深くも透き通るようなアイスブルーの双眸。

 未だ溢れ出すクリムゾンとは違う色に、ソフィアは全てを委ねるように告げた。


「ファーストキス、アンタにあげる」


 拒否すら、驚愕すら、困惑すら許さないようにソフィアは躊躇いなく、色素の薄いクロードの唇に口付けをする。

 ぎこちなく押し込まれた舌は優しく受け入れられ、血液が混じる唾液が2人を繋ぐ。


 瞬間、ソフィアの体が内側から生まれた衝撃に仰け反った。


 血液は沸騰したように熱くなり、心は痺れるような陶酔に震え、体は快感に踊らされるままに恍惚にたゆたう。

 惨劇の炎が昇る灰色の空。死体と車両の残骸が散らばる荒れ果てた大地。

 脳裏によぎり続けるそれらのビジョンすら押し流すように、甘美な刺激はソフィアの内側で炸裂し続ける。

 何もかもが溶けてしまいそうなほどに、まるで全てを許そうとする慰撫(いぶ)のように。

 そして内に秘めた炎が目覚めた。

 悲しみも憂いも、何もかもを快楽の熱量で焼き尽くすように。


「めい、れいよ。恐いものを、何もかも、全部燃やし尽くして」

「……御心のままに」


 ゆっくりを舌を引き抜いて唇を離し、熱い吐息と共に自らの選択を吐き出したソフィア。

 波打つ快感は体をビクリと震わせ、焦点の合わないエメラルドの双眸は熱に浮かされたように潤んでいた。

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