Strike Back Blames 1
割られた窓を板で塞いだだけの寝室。ソフィアにとっての安住の地となりえなかった1室で、4人の男女が顔を突き合わせていた。
端々が焼け焦げた燕尾服を纏うクロード。皺が刻まれた浅葱色の袖で口元を隠す静音。持って来たスーツケースに腰を掛けてキャンディを咥えるドロシー。未だ残る腹部の苦痛と護衛対象を奪われた屈辱に顔を歪めるトニー。
4人は主を失ったベッドを斎場の棺のように囲んでいた。
「一応、状況を整理しましょか――トニーはんと電話をした後、うちとクロードはんが居たホテルが襲撃。せやけど、うちはクロードはんのおかげで無事に脱出させてもらいました」
誰も居ないベッドに視線を落とすクロードを横目に静音は口を開く。誰もが冷静で居られないからこそ、静音は無理矢理に冷静を装わざるを得なかった。
「あの日、ワタシはソフィアさんをトトに任せてリュミエールの役員会議に出席していました。事態を知ったのはリュミエールの護衛と共に別荘に着いてから」
「それで別室で待機していたオレが届いたケーキを寝室に持って行った時、あの刺青の女がソフィアの隣に居た。すまねえ、セキュリティシステムを過信したオレの責任だ」
ドロシーの口から棒だけになったキャンディを新しいのに取り替え、トニーは悔しそうに歯を食い縛る。
武器を手にする前に撃ち殺しておけば良かった。変な気を回さずにソフィアと一緒に居れば良かった。
いくら悔やんでも悔やみきれない。
堅牢なセキュリティを2度も突破したのは、同じ人物だったのだから。
「いえ、トバイアス様の責任ではありません。全ての責任は私にあり、そして相手が悪すぎたとでも言いましょうか」
「テメエも、あの刺青の女に心当たりがあんのか?」
「レイア・ブレームス。年齢は28歳。私の義姉、ヨアキム・パーシヴォリの仇敵、武装テロ組織メサイアの首領、リュミエール様の作品を盗んだ窃盗犯。そして、全ての発端となった最悪のファイアウォーカーです」
今となっては旧姓ですが、と付け加えたクロードはベッド脇のカーペットから顔を上げる。
カーペットに残っていた足跡はレイアが好んで履いていた物と酷似しており、刃物を好む性質と自分と同等の実力は、たった1人の人間を示してしていた。
「メサイア、義賊的な活動方針の武装テロ組織、やったかいな?」
「義賊気取りの、という方が正しいでしょう。敵対する組織はストロムブラードやリュミエールのような裕福な企業や家で、本気なのか分かりませんが最終目標は世界征服。バカバカしく聞こえると思いますが、私の知る限りレイア・ブレームスは最悪の敵です」
自然と握っていた拳を開きながら、クロードはため息をついてしまう。
殺しを躊躇わない指導者としても、最強の暴力である戦力としても、レズビアンである個人としても。レイア・ブレームスはソフィアの傍に置くには最悪な存在だった。
クロードが計画への誘いを断る要因となった視野の狭さと思い込みの激しさを自認し、人誑しで女誑しな性質を考えれば、脇を固める人材は優秀である事は間違いない。少なくともホテルを銃撃する事でクロードを抑え、ソフィアの拉致を成功させているのだから。
他の誰かの所に居るよりは命は保障されてはいるが、世間知らずなソフィアが毒される事をクロードは避けたかった。
男に対する絶望から生まれた同性愛も、実力があったからこそ見てしまった愚かな夢にも。
しかしその説明もいまいち納得がいかないのか、トニーは訝しげに眉を顰めていた。
「待てよ、なんでレイア・ブレームスはどうして憎いストロムブラードのソフィアを拉致する必要があった? そもそも"Sheep Tumor"ってのはなんなんだ?」
「まず最初の前提として、ソフィア様とキスをした後の私をご存知ですね?」
「バケモンみてえなドロシーの作品を生身で使えるくらいに、身体能力がバケモンみてえに上昇する。ハッキリ言って詳しい事はほとんど分かんねえ」
降参だとばかりにトニーは肩を竦める。知っている情報は最初の会見で発表された内容と、自分の目で見たクロードの獅子奮迅の活躍。論理的に説明出来るほどの情報はトニーだけでなく、ほとんどの人間が持ち合わせていない。
「"Sheep Tumor"を含有する血液とソフィアはんの唾液を掛け合わせた化合物を対象者に与え、脳に強制的にアクセスして"Sheep Tumor"が死滅するまでの3分間、肉体のリミッターを解除させはる。そういう手段なんは分かってましたが……」
「間違っては居ませんが、それだけが真実でもありません。リミッターを解除させるために脳にアクセスするのではなく、脳から情報を引き出すためにリミッターというゲートを広げさせるだけ。対象のリミッター解除はその副産物に過ぎず、その本質は"相手の力を手に入れる"という事にあります」
自信なさげに頬に手を当てる静音に、クロードは淡々と言葉を続ける。
その言葉には諦めとは違う、冷たい響きがあり、トニーは続きを催促するように咳払いをした。




