Messiah Still Sleepless 4
デジタル署名に残されたジョン・クインシーという冗談のような名前から、ジョンは両親と共にペンタゴンへと呼び出され、プロジェクト・プライマル・セイヴァーの主任の立場を与えられる。
立場のある両親の息子である自分に立場を与える事がプロパガンダである事も、国が両親に首輪を着ける事で自分を利用しようとしている事も理解している。
それでも、ジョン・クインシーという他の誰でもない自分が認められたことが、何よりも嬉しかった。
だが国に直接必要とされていた両親と違い、国にとってジョンはデジタル防壁を作っただけの子供。リュミエールでもストロムブラードでもない、用済みの天才だった。
だからだろうか、ろくな護衛もつけられず、その身柄がテロ組織に拉致されてしまったのは。
そこからは拷問が繰り返される毎日だった。
ジョンは対プライマル・セイヴァーのクラッキングシステムを要求されるが、防壁の完成を喜んでくれた両親を思えば、そんな事を受け入れられるはずもない。
耐え切れない痛みを意識を失う事でやり過ごし、何も考えない事で絶望に抗い続けた。
だが、いつまでも訪れる様子のない助けにジョンはいつしか理解してしまった。
両親の愛は国のためのものであって、自分には一切向けられていないのだと。
絶望したジョンは対プライマル・セイヴァーのクラッキングシステムを製作してしまう。
もう、どうなったって構わない。
そんなジョンの絶望を後押しするように銃口が後頭部に押し付けられたその瞬間、ジョンの世界は2度目の変化を迎える。
響き渡る銃声と悲鳴、広がる高純度の殺意と絶望。
そしてジョンの前に現れたのは、星条旗を掲げる兵士達ではなく、白銀の太刀を構える顔から胸に掛けて刺青が彫られた女だった。
そして反政府組織の1つと1人の天才、そしてプライマル・セイヴァーが姿を消した。
「とはいえ、深窓のお嬢様らしくないのはそちらもだよ。アウトソーシングのブレインを招き入れる豪胆さも、自分を殴らせる事によって出血、"Sheep Tumor"を確実に使用させるなんてのもさ」
「別に、避けられなかっただけよ」
「嘘だね。レイアに不意打ちを成功させかけるような人間が、シューマンの遅いパンチを避けられない訳がない。加えて貴重な血液を持つ君が無駄な出血をするとは思えない。キスがしたかっただけなのか、それとも"Sheep Tumor"を使うことに意味があったのか、僕には分からないけど――もう、傷は大丈夫なのは分かるよ」
意趣返しのように口角を歪めるジョンにソフィアは舌打ちを返す。
手渡されたコーラは唇の傷の治癒を確かめるもので、ソフィアは無意識に特異体質の1つを晒してしまった。それがたとえ、会見で発表した内容であったとしても、自分の迂闊さを呪わずにはいられなかった。
どこまでの治癒が可能なのか。それを気にしていた人々は決して少なくはなかったのだから。
「本当に、よく喋るわね」
「君との会話が本当に楽しくてさ。映画じゃよく喋る黒人は絶対に生き残るけど、現実はどうだと思う?」
「興味ないわ。全員平等にアタシの従僕、それ以上でもそれ以下でもないんだから」
緊張を強いられた相手を利用して緊張をほぐしたジョンに、ソフィアは威圧するように中身が入った缶を握り潰す。"Sheep Tumor"の起動で敏感になった体には、缶の感触は少し痛く、溢れ出したコーラは冷たく感じられる。
もしそれが、クロードに強いていた感覚だったのだとしたら。
途端に胸中に湧き出した不快感を誤魔化すように、ソフィアはジョンのブラウンの双眸を睨みつけた。
「最後に1つだけ聞いてあげる。アンタ達の"計画"って何?」
「それは探れなかった、というよりは習得する情報の選択が出来ないって感じなのかい?」
「誰が答え以外の言葉を求めたのかしら、従僕?」
ソフィアは拭けとばかりに缶を握り潰した左手を差し出すソフィアに、ジョンは慌ててジーンズのポケットからハンカチを取り出す。呼吸こそ整ってはいるが、"Sheep Tumor"の起動によってソフィアの情緒は不安定。1発でも殴られれば、自分がどうなってしまうか分からない。
だがゲストのもてなしを命令されたジョンは、背筋を凍りつかせる恐怖と知識欲が満たされていく充足感の中で答えた。
「僕達、メサイアの目的はたった1つ――世界征服だよ」
そう言ってジョンが視線を落とすのは太い三つ編みにされたソフィアの髪、赤に映える見覚えのない一筋の白だった。
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