Messiah Still Sleepless 3
「……ジョン、頭を冷やしてくるわ」
「それがいいよ。シューマンにレイアが必要なように、計画には彼女が必要なんだ」
肩を落として操縦席へ向かうメイに背を見送って、自分と向かい合うようにシートに腰を下ろしたジョンにソフィアは顔を顰める。その顔には作り笑いが張り付けられており、それなりに育った体躯とは裏腹に殴り合う事など出来ない事を理解させた。
ジョンはソフィアに対する牽制戦力にはなりえず、そのジョンが援護戦力として推薦したメイはいざという時の戦力。
そこからレイアの目的を察する事くらいは、人の機微に疎いソフィアでも出来た。
「ねえ、交渉って何をしてたの?」
「降伏勧告ならぬ自決勧告。ウチのボスは誰も生かしておくつもりはないみたいでね」
受け入れられるはずもないバカバカしい勧告に、問い掛けたソフィアは呼吸を整えながらシートに背を預ける。
皆が頂点に居るクロード程とは思えないが、ファイアウォーカーの精度の高さはレイア自身が照明している。予想される抵抗は激しく、振るわれる暴力の純度は限りなく高いもの。それこそ、"Sheep Tumor"によるリミッター解除があるとはいえ、小さな銃と日本刀だけで挑むのは愚かしくも思えるほどに。
だがいつも優しく受け止めてくれていた執事と違い、ろくなクッションもない背もたれにソフィアは舌打ちをしてしまう。
連日の機内泊、上等には程遠い食事、事ある毎に睨みつけてくるメイ。ロングアイランドを後にしてからというもの、レイア達との旅は決して良いものとは言えなかった。
何もかもが不愉快でしょうがないと眉間に皺を刻み込むソフィアに、ジョンは足元のクーラーボックスからコーラを差し出した。
「正直言うと、君には感謝してるよ。抵抗しないで着いて来てくれたおかげで大分時間の短縮が出来たんだ」
「そんなに、クロードが怖かった?」
「怖い、らしいね。レイアが用心するんだ、僕なんかじゃ計りきれないよ」
顎をしゃくる事で開けさせたコーラを受け取り、ソフィアは倦怠感に抗うようにコーラに口をつける。合成甘味料の甘みが炭酸と共に口内に広がり、リュミエール邸では知らなかった味わいに吐息をつく。
クロードのお茶よりも美味いとは思わないが、どこか癖になる不思議な味。今まで居た世界と袂を分かたせるようなそれが、不思議と不愉快ではなかった。
「一応聞いておくわ。どうして"Sheep Tumor"の起動方式が分かったの?」
「簡単だよ。押収された地下駐車場の監視カメラのデータ、アレだけのデータがあれば十分。そちらさんの"天才"とは毛色が違うけど、僕も頭脳にはちょっとだけ自信があるんだ」
「……つくづく、テロリストらしくはないわね」
"かつての自分"の考えの甘さ、そして裏切ってしまったドロシーの事を思い出させられたソフィアは、口角を歪めて吐き捨てる。トニーを躊躇いもなく傷つけた彼女達こそ、ソフィアの持つテロリストのイメージに近い存在。その事を許す事は出来ず、許す事もない。
「そりゃそうさ、これでも元はアメリカの国防の要でね。両親は僕にジョン・クインシーなんてふざけた名前を付けてくるくらいの愛国者にだったんだ――プライマル・セイヴァーって知らないかい?」
「知らないわ」
「アメリカ最高の情報防壁、育児放棄された子供が両親を見返すために作り上げた作品さ」
端的に、それでいて興味なさげに情報を催促するソフィアに、ジョンは自慢げに両手を続ける。
戦闘機のパイロットである父と国防総省の役人である母。そんな2人の間にジョン・クインシーは生まれた。
幼い頃より仕事に夢中だった両親により、半放置のような状態で幼少時代を過ごしていたジョンは、触るなと言われていた母のパソコンに出会う。
ネットに繋げば世界が広がり、1人で過ごしていた退屈な時間が愛しいものに変わり、非生産的な自分が神になれた気がした。ジョンがパソコンを通した世界に夢中になるのは当然だった。
だがある日、学校から帰ったジョンは今まで以上に興味をそそる存在と出会う。
ペンタゴン主導のデジタル防壁製作のプロジェクトだ。
古い人間である母はパソコンにロックを掛ける事もせず、ジョンは初稿である計画書に眼を通してデジタル防壁の製作に着手する。
手本はいくらでも世の中に存在し、理想を実現するだけの実力は遊びの中で得た。パソコンの中でだけなら、ジョンは創造主となりえるのだから。
着手し始めて数年、企業が作り上げたデジタル防壁の中に1つ、異彩を放つほどのクオリティのデジタル防壁が存在した。
完璧に近いデジタル防壁の名前はプライマル・セイヴァー、ジョンが数年がかりで作り上げた両親への意趣返しで、国に対しての八つ当たりだ。




