Messiah Still Sleepless 2
「唯一認めた男を殺せるなんてアンタに出来る訳がないわ。"お母さんが大好きなレイアちゃん"には」
意趣返しのようにソフィアが肩をすくめたその時、人形のように整った顔が固く握られた拳に打たれる。薄い唇は歯に当たって裂け、溢れ出した血が真っ白なワンピースにシミを作っていく。
今まで耐えてきたものとは性質の違う痛みを堪えながら、ソフィアはゆっくりと殴りかかってきた女へと視線を向ける。
癖の強いブリュネットのカーリーヘア、鋭い視線を送ってくる暗いブラウンの双眸、そばかすの浮いた比較的整った顔の女。欠けたロザリオを胸に飾る女は拳を握ったまま、ソフィアを睨みつけていた。
「調子に乗るんじゃないわよ。お情けで隣を許された被検体風情が」
「……やっぱり違うわね。肉体関係が主従関係にそのまま反映されるなんて、ウチの屋敷にはなかったもの」
「この――」
口内に広がる血と共に文字通り吐き捨てたソフィアに殴り掛かろうとした女――メイは、拳に重ねられた温もりに言葉を途切れさす。
拳を包み込む手の指は全て指輪で飾られており、その手をたどって行けば、いつも通りに皮肉げな笑みを浮かべるレイアが居た。
「メイ、その辺にしておいてくれ。ソフィアも言ってくれりゃいくらでもシてやるから、わざわざ挑発するのはやめろ」
いつの間にか立ち上がり、メイの拳と解かせたレイアはおどけるようにソフィアに注意する。
ソフィアはあくまで自らの意思でレイアに同行しているだけ。へそを曲げられてしまえば、計画自体が頓挫しかねない。最悪、何人殺されてしまうもかも分からない。
メイすら変えて見せたレイアでも、篭絡が通用しない事は誰よりも理解させられてしまったのだから。
「レイア、交渉はシナリオ通りに決裂したよ」
「だろうな、用意を始めてくれ」
操縦席から声を掛けて来たジョンにそう答えるなり、レイアはメイの頬に口付けを落とす。
最初の"Sheep Tumor"起動の際に感づいていたが、ソフィアはその光景に自身のハッタリが事実だった事を悟り、ジョンはいつもの光景にただただ深いため息をつく。今更嘆く事はしないが、いい加減にして欲しいという気持ちが解消される様子は一切なかった。
「ねえ、本当に1人で行くのかい? 兵士全員を今すぐ動かすのは難しいけど、シューマンに援護してもらう事くらいは出来るはずだよ」
「いろいろ試すには1人で行った方が都合が良いし、これは殺し殺された兄弟達の弔い合戦だ。くたばったアイツらに思い入れなんて正直ねえけど、無駄な戦力を割く必要もねえ。アンタらはソフィアとヘリを頼むよ」
メイにレザージャケットを着せられているレイアの含みのある言葉に、ジョンはつまらなそうに鼻を鳴らすソフィアに視線をやる。
未だ謎が多い"Sheep Tumor"の性能を数少ない起動で理解し、クロード・ファイアウォーカーという最強の敵を封じるには、ファイアウォーカーの殲滅は必須事項。その程度の役にも立たないのであれば"Sheep Tumor"も、ソフィアという厄介者も必要ないのだ。
そして小さな銃をボディホルスターに、白銀の太刀をアタッチメントでベルトに固定し、レザージャケットの上からパラシュートを背負ったレイアは、俯いてたソフィアの顎に手を這わせて顔を上げさせる。
「悪いなソフィア、早速サせてもらうぜ?」
「……どうせ、人の言う事なんて聞かないくせに」
ソフィアの恨み言を封じるように、レイアは薄い唇から溢れ出した血を舐めとって、口付けをする。
乱暴に押し込まれた舌は優しく受け入れられ、血液が混じる唾液が2人を繋ぐ。
瞬間、ソフィアの体が内側から生まれた衝撃に仰け反った。
血液は沸騰したように熱くなり、心は痺れるような陶酔に震え、体は快感に踊らされるままに恍惚にたゆたう。
見た目からつけてやった名前、複雑そうに微笑む既視感のある美少年。
脳裏によぎり続けるそれらのビジョンすら押し流すように、甘美な刺激はソフィアの内側で炸裂し続ける。
何もかもが溶けてしまいそうなほどに、まるで全てを許そうとする慰撫のように。
そして内に秘めた炎が目覚めた。
「じゃあ行って来る。メイは操縦席でジジイが寝ねえように監視、ジョンはゲストをもてなしておけ。人の女に手を出すんじゃねえぞ」
「安心してよ。僕の好みは穏やかな女性だからさ」
「言ってろ――見てなソフィア。何もかも、お前に刃向かう全てを燃やし尽くしてやる」
そう言って差し出されたジョンの手にハイタッチをして、ヘリの後部に消えていくレイアにソフィアはファイアウォーカーの精度の高さを知る。レイア達の陣営が"Sheep Tumor"の情報を得ていた事は知っていたが、レイアのリミッターを解除したのは初対面の時の1度だけ。それでもジョンの手は吹き飛ばされていないのだから。




