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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Fallin' The Flames
54/77

Messiah Still Sleepless 1

 人殺しの化け物。


 掠れたフィルムのようなヴィジョンと共に、ヒステリックな声が脳裏に響き渡る。

 真っ赤に染められたリビングにはズタズタに切り裂かれた死体達が転がり、黒髪の女は腰が抜けてしまったのか、喚き散らしながら這いずって逃げようとしていた。


 どうして。


 血濡れた小さな手が救いを求めるように伸ばされる。

 衝動のままに振るった刃の軌跡は鋭く、行使した暴力は凄惨なもの。

 ただ、ただ守りたかっただけなのだ。

 義父を殺した銃口から、自分と母とを犯そうとした理不尽から。

 しかし小さな手が感じたのは柔らかな温もりではなく、渇いた痛みで、母が縋りついているのは自分ではなく、自分達を犯そうとしていたテロリスト達の死体だった。


 どうして。


 歯はガチガチと音を鳴らし、暗い緑の眼は涙を浮かべ、浅黒い肌の顔からは血の気が引いている。そして自分とは違う柔らかな毛質の黒髪の頭には、震える手で銃口が押し付けられた。

 いつだって義父の暴力から守ってくれた母が向けてくる感情は、拒絶と恐怖。


 どうして。


 殺しを褒めて欲しいとは思わない。手を汚した事を悲しまれるのも無理はない。

 それでも、そんな顔をして欲しくなかった。

 母にだけは、自分を拒絶して欲しくなかった。

 化け物などと、言って欲しくなかった。


 しかし銃声は高らかに鳴り、母の体は既に赤黒く染まっていたカーペットに打ち付けられる。

 遺された少女に出来たのは、残った温もりを求めるように血飛沫の掛かった自らの頬に手を添えることだけだった。


 ●


 体を襲う僅かな浮遊感と共に、ソフィアは意識が覚醒していくのを感じる。

 馴染みつつある偏頭痛と最悪の夢見から眉間には皺が寄り、汗で冷たくなったワンピースは不快以外のなにものでない。

 しかしこうする以外に方法がなかったソフィアには、深いため息をつくしか出来なかった。


「よう、気分はどうだ?」

「最悪よ。今すぐアンタにキスしてやってもいいくらいに」


 隣に腰を降ろすハスキーな声の持ち主にソフィアは意趣返しのように吐き捨てる。警戒されるのは窮屈でしょうがないが、"ファイアウォーカー仕込み"の回し蹴りは、警戒されるには十分な暴力である事も理解している。

 あの瞬間、ソフィアは確かな殺意を抱いていたのだから。


「それで、アタシはどこに連れて来られたのかしら――レイア」


 大きく編みこんだ赤毛の毛先を指先で玩びながら、ソフィアはシールドガラスの向こう側を睨みつける。

 ソフィアが揺られているのはタンデムローター式のヘリコプター、見下ろせるのは絶海に浮かぶ孤島。ここがどこなのかは分からないが、何かをカモフラージュするように植えられた木々達が、バカンスに連れてこられた訳ではない事をソフィアに教えてくれていた。

 その問い掛けがよほど気に入ったのか、隣席の女はくつくつと笑いを噛み殺していた。


「何がおかしいの?」

「そうじゃねえ、仲間の優秀さが誇らしいだけさ」


 金、銀、真鍮、骨、石、牙、皮。ベル、十字架、メダイ、ドクロ、首のない女神、南京錠、装飾剣。統一感のない素材やモチーフのネックレス達を玩びながら、レイアと呼ばれた刺青の女は不機嫌そうなソフィアに言う。

 クロード・ファイアウォーカーが自分の存在をわざわざ誰かに打ち明ける事はなく、レイア自身も名乗った覚えはない。となれば、名前を知っている理由はたった1つしかない。


「ここはソマリア沖の海上、向かっているのは馴染みのある島だ。まあ簡単に言っちまえば、ファイアウォーカーの本拠地ってところだな」

「へえ、アタシをファイアウォーカーにでも売り払うつもり?」

「冗談だろ、自分の女を誰かにくれてやる気はねえよ」


 意地の悪い質問をしたソフィアは返された答えに顔を歪める。

 ドロシーには僅かに劣るものの、回答者であるレイアの豊かなシルエットは紛れもなく女性のもの。男勝りを通り越した態度とはいえ、ソフィアは同性であるレイアにその身を捧げたつもりはない。


「……アンタのものになったつもりはないけど」

「そう言ってくれるから楽しくてしょうがないんだ――やらなきゃならねえ事があって、その手始めにファイウォーカーを全員殺す」


 普通であれば愚かな願望にソフィアは眉を顰める。

 クロードの言葉を信じるのであれば、ファイアウォーカーはクロードと一線を退いた師父だけだが、次世代のファイアウォーカーが島に居ないわけがない。


 つまりは、とソフィアは静かに覚悟を決める。


 クロード以外のファイアウォーカーに関心がなく、切れる切り札を全て切ったソフィアからすれば、他人が生き死に一々感傷を抱く事は出来ない。

大切な人達を守れれるのなら、他はどうでも良い。

 とはいえ、手札を切ったのは自分だ。

 誰かの死に胸を痛める事が出来なくても、その罪は背負っていかなければならない。

 自分の代わりに戦火を踏み荒らしてくれた執事は、もうここには居ないのだから。


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