Nightmare Will Last Forever 1
停められた黒塗りの車中でソフィアはスモーク越しに、その目で見てきた京都の光景とは違う山々を眺めていた。
明日香と別れてから30分後に事態を把握。それから30分後には二条城を出発し、御巫の車に揺られる事約2時間。
御巫とリュミエールのエージェントが優秀である事が、ここに早く辿り着けた1番の要因であるとは理解している。だがソフィアはそれ以上に"そういう事"なのだろうと考えていた。
そうでなければ、相手が辿り着いていない到達点など分かる訳がないのだから。
扉を開きながら手を差し出してくるクロードを包帯の巻かれた左手で制し、ソフィアはゆっくりと車から出て、視線を向ける事でクロードに静音の手を引くように命令する。長い道ではないとはいえ、靴を履いている自分と違い、雪駄を履いている静音に荒れた道はあまりにも酷だった。
ソフィアは痛みを確かめるように左手を強く握り締めて、4人を置き去りにするようにシューズのレザーソールで好き勝手に伸びている草を踏み荒らしてく。
湿り気のある暑さに偏頭痛は存在感を増していき、ソフィアは山道と言えなくもない道に思わず嘆息が漏らす。悪い道を歩く事になるのなら、静音の薦めてくれた狸谷山不動院に行きたかった。
もう、行きたいと願う事すらなくなってしまうのだから。
感傷を振り切るように鼻を鳴らしたソフィアは辺りに視線を這わせる。整えられた気配のない草木、取り残されるように朽ち果てたコンクリート壁等の残骸、足元には数色の鉱石が転がっている。そこは河守鉱山、かつて銅などを産出していた廃鉱山。
観光地であるはずそこに人影はなく、ソフィアには都合が良いように思えた。相手にとっても、自分達にとっても。
向かう場所に居るのは敵とその協力者、流す血を掻き消すには山肌は都合が良い。鈍く重い痛みと身を焼くよう熱量でさえ、焦がれている勝利を思えば安いものだ。
ソフィアの考えを裏付けるように、そこには腕を掴まれたセーラー服姿の少女と黒いスーツを身に纏う金髪の男が、御巫邸で顔を合わせた楠本の部下が居たのだから。
ジャケットから2丁の拳銃を取り出したトニーに前を譲るように、ソフィアは足を止めて左手を挙げる。好戦的なトニーの態度に刺激され、銃を取り出した男との距離は約20m。銃を持つ者にとっての射程範囲内であり、ソフィアの切り札の射程範囲内でもある。
「ソフィア様、どうかお下がり下さい」
「相手が所持しているのはリュミエール製のハンドガン、増援を連れてくる可能性があったアタシ達との戦闘を想定するにはあまりにも心許ない。だから回りに他の武器が隠してあるだろうけど、"Sheep Tumor"の価値を考えれば地雷のような無差別兵器は使えない。クロードが頑張れば危険でも何でもないでしょ」
ソフィアが嘆息混じりに吐き捨てた言葉に、ハンドサインを察して歩み寄ってきたクロードは悲しそうに顔を歪める。
明日香が欲しているものを考えれば、ソフィアはただの敵でしかない。ソフィアが敵対してしまった以上、それはどうあっても変わらない事実だった。
「ようやってくれはりましたなあ。楠本はんはパーシヴォリはんをほかしはりましたえ?」
静音は浅葱色の袖で口元を隠して、金髪の男に探りを入れるように問い掛ける。
パーシヴォリはあくまで楠本の部下でしかなく、静音を党首争いから失脚させたい楠本の思惑に乗せられただけ。明日香を開放して楠本の思惑を打ち明ければ大目に見てやってもいい。口先だけとは言え、それはソフィアの思惑を完全に理解した言葉だった。
ソフィアは今回の茶番を、楠本側と明日香による仕組まれた誘拐だと考えていた。
楠本側はパーシヴォリに明日香を人質とさせる事でソフィアの身柄を要求。楠本側はソフィアの身柄を確保する事で静音のアドバンテージをそのまま奪い、明日香は邪魔者を退けて存分にクロードと話が出来る。
しかしソフィアの提案に乗った静音によって楠本とパーシヴォリの分断に成功しており、ソフィアと明日香の人質交換を成功させたところで帰る場所はもうない。
だというのに、パーシヴォリの答えはソフィアも静音も予想できなかったものだった。
「ミカナギもクスモトも、何もかもどうでもいい。アイツがオレを見捨てたのも契約の内だ」
予想外の返事に戸惑うソフィア達を余所に、パーシヴォリは明日香のこめかみに銃口を突きつけてクロードへと向き直る。似て非なる青い双眸は、クロードのアイスブルーを睨みつけていた。




