Who Ignited Flames 2
特別に"空けさせた"茶屋の個室で、ソフィアは赤毛の毛先を指で玩びながら、テーブルを挟んで対面に座る少女に値踏みするようにサングラス越しの視線を送る。
暗いブリュネットの髪、色素の濃い黒い瞳、日焼けしている浅黒い肌。
平均的な東洋人を思わせるその顔立ちは、白人のルーツを感じさせるクロードとはあまりにも違うものだった。
「名前は?」
「え、あの――」
「アタシは、名前を聞いてるんだけど」
「ソフィアはん」
決して友好的とは言えない態度を取るソフィアに、右隣に腰掛けた静音はたしなめるように声を掛ける。
容姿が整った白人の厳しい眼光が怖いのか、制服姿の少女はすっかり怯えてしまっていたのだ。
しかしソフィアは気に入らないとばかりにふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
元々人目を引いていたクロードに突然抱きつき、その上で大声を出して観光の邪魔をし、それでも静音に肩を持たれている相手がソフィアには気に入らなくてしょうがなかった。
「ほいで、お嬢はんのお名前は? 京都の方ではあらしまへんな?」
「明日香、桜井明日香です。京都には修学旅行で来ました」
優しげに微笑み掛ける静音に少しは緊張が解けたのか、学生服の少女――明日香は強張らせていた体を弛緩させていく。助けを求めるように視線を送っていた燕尾服の男は、壁際で立っているだけで明日香を助けてくれようとはしなかった。
ソフィアにつくでもなく、明日香につくでもないそのスタンス。
知っている微笑を浮かべて、知らない冷たさを見せつける麗人。そんなクロードが明日香の緊張の一端である事も事実だった。
「ほな明日香はん、蔵人はんいうお方の事を聞かせてもらえまっか?」
「はい。桜井蔵人、蔵人兄さんは行方不明になっていた義理の兄なんです」
光の当たり方で白銀にも見えるプラチナブロンドの髪を視界の端に捉えながらも、明日香はそう言って俯いてしまう。
明日香が知る限り、桜井家は父子家庭だった。父である桜井隆久と息子である桜井蔵人の2人きりの。
体の弱かった母、ナンシーが蔵人の出産に耐え切れずに亡くなってしまったのだ。
1人で子育てをしなければならなくなった隆久は両親に協力を仰ぎつつも、仕事の合間を縫って父としての責務を果たしていた。
しかし隆久はその半面で、息子の顔を見る度に猜疑心を抱かされていた。
光の加減で白銀にも見えるプラチナブロンド、透き通るようなアイスブルーの双眸、筋の通った美しい顔立ち。ナンシーの面影を感じても、そこに自分の面影があるように思えなかったのだ。
ナンシーが身持ちの固い人間だった事は誰よりも知ってはいる。それでも隆久の中の猜疑心は蔵人が成長するにつれて、美しくなっていくにつれて肥大化していった。
愛していた妻に抱いた猜疑心から目を逸らすように、隆久はただただ仕事に没頭した。愛した女との間に生まれた息子の存在すら忘れるように。
小学校低学年の段階で実の父に育児放棄をされながらも、真っ直ぐに育った蔵人は隆久に相談する事もなく、単願で受けた国立高校の合格する。
眉目秀麗、文武両道、温和怜悧。もはや他人のようにすら感じられる息子を評価する担任の言葉が、世間体を気にして3者面談に臨んだ隆久には突き刺さるようだった。
その事が切欠となったのか、桜井家は大きな変化を迎える。
隆久は同僚であった鈴村里見と再婚し、今度こそ蔵人の父としての責務を果たす事にしたのだ。
一方的に告げたその事でさえ、穏やかに受け止めた息子に隆久は確かに上手くいく確信を抱いていた。
隆久の期待に応えるように高校生となった蔵人は里見の連れ子である明日香の面倒を見るようになり、明日香は優しい兄が出来た事を喜んでいた。
日本人離れした美しいルックス、何をやらせてもこなしてみせる才覚、誰にでも優しい穏やかな性格。
そんな美しく優秀な兄を紹介してくれと友人には詰め寄られたが、明日香はそれ以上に奢る事なくひたむきに努力を続ける兄が誇らしかった。
そんな兄が切欠となって、家庭が崩壊してしまうとは知らずに。




