Who Ignited Flames 1
西洋のものとは違う石畳の道、軒先を連ねる日本家屋、彩を添えるように飾られた和傘と暖簾。
その中の茶屋の軒先を団子を頬張るソフィアが彩っていた。その身は歩き回る事を想定されたのか、シャツとパンツルックというものであり、両隣を埋める燕尾服と和装とは程遠いものだった。
サングラスのレンズ越しに花見小路通の街並みをぼんやりと眺めながら、ソフィアは色鮮やかな団子を口に運ぶ。押し付けがましくない甘みが口内に広がり、綺麗に並んだ歯がもっちりとした感触を捕える。
抹茶こそ舌には合わなかったが、その甘みがよほど気に入ったソフィアの隣に置かれた皿には串が数本置かれていた。
「クロード、これ美味しいのに本当にいいの?」
「ええ。ソフィア様に満足していただけたのであれば、私はそれだけで満足です」
ソフィアは1個だけ残っていた団子を差し出すが、隣に無理矢理座らされ、セットの抹茶を口にするクロードは優しげな笑みを浮かべて遠慮する。
おいしそうに団子を頬張る少女から、何かを取り上げる事など出来るわけがないのだから。
思い返せば、ソフィアは笑うようになった。静音、ドロシー、トニー。彼女達と出会ってから。
だというのに、クロードの反対側に腰を掛けている静音の表情は暗いものだった。
「ソフィアはん、その――」
「お願いだからシズネさんが謝らないで。彼に謝ってもらう気もないけど、シズネさんに謝られたらもう終わりになっちゃうよ」
姫カットに切り揃えられた前髪に隠れる静音の顔に目もくれずに、ソフィアは淡々と謝罪を拒否する。
冷たい事を言ってしまえば、静音にとって泰明はあくまで腹違いの弟。ソフィアにとってはただの赤の他人でしかない。
掛けられた言葉が不愉快極まりないものだったとしても、所詮は17歳の少年の言葉。重みもなければ責任もない。無意味な戯言に過ぎないのだから。
あの時に感じた冷たい不快感を今でも僅かに感じてはいるが、身内の無礼1つで切り捨てるには静音という存在はあまりにも"もったいない"。
冷たい考え方であったとしても、それがソフィアの本心だった。
残った最後の団子を頬張ったソフィアは、ふとドロシーたちはどうしているだろうか、と路地の石畳に視線を落とす。
静音の案内によって京都観光に興じられたソフィア達と違い、ドロシー達はリュミエール・インクの日本研究所に呼び出されていた。社長令嬢という立場さえ無視するほどに、特殊武器開発顧問という役職は決して軽いものではないらしい。
気付けば、竹串を握るソフィアの華奢な手はプルプルと震えていた。
今でも、エメラルドの瞳に焼きついているのだ。
いつもと違う上等なスーツに身を包むドロシー、今までに見てきた誰よりも起伏に富んだ体のシルエットが。見下ろせば真っ直ぐ地面が見える自分の体とは違う、文字通り溢れんばかりの女性的魅力が。本人にとってコンプレックスであったとしても、月のものすら来ていないソフィアからすれば未だ見ぬ境地なのだから。
「それより、これからどうなさいますか?」
クロードは抹茶を飲み干した茶碗を椅子に置いて、握り締めていた串を皿に置いたソフィアに問い掛ける。
本来であればドロシーが楽しみにしていた二条城に行く予定だったが、楽しみにしていた本人抜きでいくにはあまりにも心苦しい。
何より、クロードは向けられている視線に主を晒しておきたくなかったのだ。路地に面した茶屋で一服する人形のように整った容姿の美少女、燕尾服を違和感なく着こなす美男子、京都という街並みにマッチする和装美人。目立たずにいれるとは思ってはいなかったが、不躾に向けられる視線は決して気持ちの良いものとは言い難い。主が世界中に狙われている人物となればなおさら。
「なら、ここから離れる意味でもどこか見に行こうか。シズネさん、なんかない?」
「ほな、お不動はんでも見に行きまひょか。たぬきはんぎょうさん居りはってかいらしゅうですえ」
気を遣っているかまでは分からないが、ようやく笑ってくれた静音に安堵しつつ、ソフィアは左手を挙げる事でクロードに支払いを促す。
ストロムブラードの資産があるため、支払う事は容易いが、財布を持たせてくれない過保護な執事が居れば自分で支払う事もままならない。結局同じお金を払っていたとしても、少し落ち着かないとソフィアが言ってもその待遇が変わる様子は未だにない。
この旅行中になんとかならないものだろうか。そんな事を考えていたソフィアは、ふと異質な視線を感じてそちらに目を逸らす。
敵意でも、好奇でもない。自分など眼中にないとばかりの執事に向けられている視線を。
だが状況は誰もが予測しない事態へと辿り着いてしまう。
見知らぬ少女が、突然クロードに抱きついたのだ。
「会いたかったよ、蔵人兄さん!」
張上げられる似て非なる名前の響きを追えば、そこに居たのはセーラー服に身を包むブリュネットのショートカットの少女。決して見覚えなどある訳もない存在と知るはずもない名前。
だというのに、少女に抱きつかれているクロードの顔は、僅かに引きつっているようにソフィアには見えた。




