Because Must Burnout 5
「"Sheep Tumor"が手に入りさえすれば、静姉はもうこんな危ない事をしないで済むんです。少なくとも日本で指示を出す立場になれれば、もう危険な目に遭わせる事も寂しい思いもさせずに済むんです。楠本を御巫から追い出して心労を取り除く事も出来るんです。だからお願いします、"Sheep Tumor"を譲ってください」
静音が自分を夢に犠牲にしてまで兄弟達を守りたかった事は分かる。楠本が厄介な存在なのも理解している。
しかし、どうすればいいというのか。
懇願するような泰明に応える事も出来ないまま、ソフィアは温もりを確かめるように自分の肩を強く抱き締める。
会見で公開した情報通り、"Sheep Tumor"はソフィアの体内以外で生きる事は出来ない。採血した血液を提供したところで"Sheep Tumor"を分け与える事は出来ない。
だがソフィアが何もかもを諦める事で静音は兄弟達の傍に居られる。仮初めの主が消える事でクロードが自由になれば、ドロシーは最高のテストプレイヤーを得る事が出来る。
そうする事で皆を幸せにする事が出来るのではないか。
生きていたところで、クロードの言う"辿り着くべき終わり"が見つかるのだろうか。
何より、誰かを犠牲にしてまで存在する価値が自分にあるのだろうか。
答えの出ない自問に音はどこか遠くなり、胃は重い不快感を訴え始め、指先は熱を失ったように震える。脳裏は刺すような偏頭痛に、胸中には言いようのない、冷たい不快感が一気に広がっていく。
いつだってソフィアは思っていたのだ。
たとえ自分が生まれなかったとしても、両親は変わらず幸せに暮らしていただろう、と。
「それを仰るのであれば、あなたはシズネさんのために何をされましたか?」
自分の歯がガチガチとぶつかり合う音にすら気付かなかったソフィアは、背後から掛けられた声にゆっくりと振り向く。
ダボダボとした服を着込む170近い身長、アシンメトリーにカットされたブロンドヘア、赤いクリックリーダーのレンズ越しに覗く碧眼。
そこに居たのはロングパーカーの裾を握り締めて、俯きもせずに泰明にキツイ視線を向けるドロシーだった。
「……何が言いたいんです?」
「あなたは、勝手すぎます。シズネさんを免罪符にご自分のワガママを仰っているだけで、大好きなお姉さんの傍を離れたくないと駄々をこねているだけでじゃないですか」
「……俺だって、俺にだって出来ることがあればしてるよ! でも俺は子供で、何も出来ないからこうやって――」
「ソフィアさんだって、まだ16歳の女の子なんですよ!」
怒りからか目を見開いて声を張り上げる泰明の言葉に、ドロシーはヒステリックな声色で掻き消す。
比較的高身長なブロンド美人に恐れをなしたのか、それとも告げられた正論を誰よりも理解しているのか。泰明は苛立ちを隠そうともせずにかきむしっていた。
だが抑え切れない失望と怒りに身を焦がしていたのは泰明だけではない。
「ソフィアさんが向き合っている恐怖も理解出来ないあなたが、優秀なお姉さんに縋りついているアナタがどうしてそんな事を言えるんですか……」
感情の昂ぶりがピークに達したのか、ついにドロシーの透き通るような碧眼からは涙が溢れ出し、背後で状況を見守っていたトニーがその体を背後から抱き寄せる。
内向的でソフィアに出会うまでトニー以外の友達が居なかったドロシー。そんな親友の泣きじゃくる姿を黙ってみていられるほど、そんな親友の友達を害そうとする存在を許せるほどトニーは寛容ではなかった。
「……それでも、俺達にはあなたが羨ましくて、嫉ましくてしょうがないです。お門違いもいいとこなのは分かっていますけど、それでも静姉さんを独り占めしてるあなたが」
これ以上は逆効果だとようやく理解した泰明は、そう言うなり3人に貸し与えられた部屋を後にして板張りの縁側を戻って行く。
途端に広がるのは、どこか冷えたような空気とトニーの胸元に顔を押し付けるドロシーの嗚咽。
「……ゴメンなさい」
「気にすんなよ、ドロシーがやりたくてやったんだ」
誰に向けたのか、本人にすら分からない侘びを口にするソフィアを、トニーはドロシーと同じように抱き寄せる。
ドロシーに救われたからこそ、トニーは知っている。人に怒る事より距離を取る事を選び、才能に奢らずに1人で高みを目指し、天才ゆえの孤独に受け入れざるを得なかった。その親友が怒った姿など、トニーは指折り数える程度も見た事がなかったのだ。
「それより、謝るくらいなら言う事があるだろ?」
そう言ってトニーは、どこかおどけるような笑みを浮かべる。
クロードのように生活を支えてやる事は出来ない。静音のように勉強を教えてやる事も出来ない。ドロシーのように他人のために怒る事など出来るわけもない。
それでも生意気な妹のようにも思える親友の友達の背中を押してやる事くらいは、トニーにも出来た。
「ありがとう、ドロシーさん、トニーさん」
紡がれた欲しかった言葉に、ジャケットを涙で濡らしながら頷く親友に、トニーは満足したように吐息をもらした。
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