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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Callin' The Flames
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Because Must Burnout 1

 体験したことのない蒸し暑さ、むせ返るような緑の香りを運ぶ風、竹が石に叩き付けられる乾いた音。

 それらを全身で感じながらも、ソフィアは眼前の光景にただただ目を奪われていた。

 木材をふんだんに使われた日本家屋、美しく手を入れられた庭園。荒れ放題だったストロムブラード邸とは何もかもが違う風景が、ソフィアに異国情緒を感じさせるのだ。


「あ、あの、本当にワタシが来ても良かったんですか?」

「ええ。ドロシーはんはソフィアはんのお友達やさかい、断る理由がありまへんわ」


 どこか落ち着かなさそうに問い掛けてくるドロシーに、静音(シズネ)は穏やかな微笑を浮かべて答える。まるで母親か歳の離れた姉のような言葉ではあるが、そこに違和感はない。

 噛み合うようで噛み合わない2人ではあるが、世界中が注目している1人の少女とその執事と契約を結べた唯一の存在だった。

 もっとも、当の本人は忙しそうに庭園のあちらこちらに視線を這わせているのだが。


 エメラルドの瞳がめまぐるしく動き回るその場所は日本の京都にある御巫(ミカナギ)邸。襲撃によって屋敷に被害を被ったソフィア達を受け入れた御巫家の本部であり、静音の生家。

 戦略的にも改修が必要とされたストロムブラード邸。ストロムブラードと協力関係にある2家は屋敷の改修に関して協力を申し出る。リュミエールは私財と技術を提供し、御巫は物資の運搬とソフィアとクロードが落ち着ける環境を提供する事にしたのだ。


「ねえ、クロード」

「いかがされましたか、ソフィア様」

「ニンジャってどういう場所に隠れてるの? 日本に来てからサムライも見てないんだけど」


 燕尾服の袖を引きながらキョロキョロと周りを見渡すソフィア・ストロムブラードに、執事であるクロード・ファイアウォーカーはどこか困ったように微笑み掛ける。

 ソフィアが考えているようなフィクションの忍者が現実に居る訳もなく、太秦に連れて行ったところで主が納得してくれるようには思えなかったのだ。

 しかし当の主はその事すら意に介した様子もなく、御巫邸の庭園のあちこちへ視線を巡らせていた。


「……もしかして、ストロムブラードの嬢ちゃんってバカなんか?」

「トニーさんにだけは言われなくないんですけど。それにアタシ、テレビで観たんだから。人間のハラキリショーはもうやってないけど、マグロのハラキリショーやってるんだから」


 不服そうに唇を尖らせるソフィアと暑苦しい格好の執事に、トニー・トバイアスはどこか引いたような顔を顰めてしまう。

 オフホワイトのシフォンブラウス、ミントブルーのサマーカーディガン、モノトーンチェックのプリーツスカート。蒸し暑い盆地の気候に合わせつつもTPOをわきまえた涼しげな格好をしているというのに、静音は相変わらず浅葱色の和服を纏い、クロードにいたっては纏う燕尾服に変った様子はない。ドロシーの護衛であるトニーでさえ、気候とパンツスーツに合わせた薄めのジャケットで密輸した銃を隠しているというのに。


 なお、親友にして護衛対象であるドロシーのカーキ色のロングパーカーと黒いカーゴパンツについては、もはや口出しする事すらトニーは諦めている。人の事をいえる立場ではないが、化粧に興味がないことさえ除けば、女性的魅力に溢れているドロシーが他人の視線を嫌っているのは今に始まった話ではないのだから。


「忍者はんは人前に出てこおへん事が仕事やさかい、記念写真は諦めはりや」

「ああ、やっぱりそうなんだ……」

「あ、納得しちまうんだ。それで納得しちまうんだ」


 楽しそうに上がる口角を浅葱色の袖で隠す静音と残念そうに肩を落とすソフィアに、トニーは付き合いきれないとばかりに首を横に振る。日本生まれの静音が率先してそんな事を言ってしまうのであれば、ソフィアに友達感覚で話されているトニーに言える事は何もない。ドロシーの友達という、友達の友達の感覚ではないのだから。


 晴れて"2人目"の友人を作れたドロシーに背をポンポンと叩かれていたトニーは、ふと視界の端で捕えた人影に顔を上げる。

 ここが静音の生家である御巫邸であったとしても、全員がドロシーの味方であるとは限らない。クロードが使ってしまった事で、ドロシーの突飛な作品達が再評価されていてもおかしくはない。


 現に、ドロシーは過去に1つ作品を盗まれているのだから。


 しかしトニーの懸念通り、現れたのは知らない男だった。

 黒髪黒目、比較的整った東洋人の顔立ち。ジャケットを脱いだだけのスーツスタイル。お金髪の西洋人のボディガードを連れた男。

 知らない男達の登場にトニーがドロシーを背に隠そうとしたその時、静音がクロードの燕尾服の袖を握るソフィアを背に隠すように男の前へと歩み出た。


「御巫様、無事お戻りになられたようで」

「ただいま戻りましたえ、直樹はん。何かお変わりは?」

「御巫も僕も変わりなくやってますよ。ところで、お客様を紹介していただけませんか?」


 真っ白なワイシャツの肩を竦める男の無礼な要求にも嫌な顔もせずに、静音はさりげなくクロードとトニーに視線をやる。見知らぬ男に2人が警戒してしまうのは当然だが、御巫家の敷地内に居る外国人の一団も警戒させてしまう要因となりえてしまう。だかららこそ、余計な事をさせない意味でも静音は4人を紹介しておきたかったのだ。


 そんな静音の思惑を理解したのか、ドロシーは俯きながらもトニーの背から1歩踏み出す。人見知りの気があるドロシーではあるが、人嫌いの気があるソフィアに負担を掛けるのは心苦しく思えたのだ。


「こちらはいつも良うしてもらってはるドロシー・リュミエールはんとトニー・トバイアスはん」


 ドロシーは哨戒されるままに目を合わせないように俯いたまま会釈をして、トニーは親友のお人好しさにあきれたように嘆息を漏らして軽く頭を下げる。ドロシーの自分の狙われている意識があるからこその優しさが嫌いにはなれずに、トニーはここに居るのだが。


「そしてこちらがソフィア・ストロムブラードはんと執事のクロード・ファイアウォーカーはん」

「……どうも」


 名を聞く前に名乗るのが先なのではないか。テレビで見た日本の感じと違う男を警戒しつつもソフィアは会釈をする。その指先は続けて頭を上げたクロードの燕尾服の袖を掴んだままであり、その警戒の深さを表すよう。


 今この瞬間も、気分が悪くて仕方ないのだ。


 ただ正面に居るだけの、作り笑いを張り付けただけの男の存在が不愉快でしょうがないのだ。

 しかしそんなソフィアの意思を知ってか知らずか、男は笑みを深めて恭しく頭を垂れた。


「皆様初めまして。申し遅れましたが、御巫の末席を務めさせていただいております楠本(クスモト)直樹(ナオキ)です」

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