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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Rollin' The Flames
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Just Hold Your Lips 1

 出会いは決して良いものとは言えなかった。


 早い段階でギフテッドとしての才能を発揮し、学校で習う程度の勉強であれば即座に理解出来たドロシー。両親はそんな1人娘に特殊な教育を施す事よりも、地元の学校に通わせる事で、普通なら触れる事の出来ない世界を体験させる事にした。資産と地位に胡坐をかいていた自分達では出会えなかった人々と触れ合って欲しかったのだ。

 見当違いなやり方で誤った選民思想を感じさせる意思ではあるが、子供でしかないドロシーは両親に逆らう事も出来ず、促されるままに地元の学校に通うことになる。多額との寄付とリムジンでの送迎付きで。


 最初こそ、人を惹きつけてやまなかったドロシーだが、生まれ持った才能と対人恐怖症がドロシーを日を追う毎に周りから孤立させていく。

 裕福で成功を約束された出自。幼くして完成しつつある美貌。教師すら置き去りにする頭脳。

 大企業であるリュミエール・インクの影響力は計り知れず、何よりドロシー・リュミエールという存在は異質すぎた。


 しかし全員がリュミエール・インクの影響下に居る訳でもなければ、黙って距離を置いたりする訳もない。

 頭脳明晰、眉目秀麗であっても、世間知らずな社長令嬢は1部にとって目障りでもな存在でもあるのだから。


 そして2人は出会った。


 1流企業の1人娘とダウンタウン出身の不良。金髪碧眼のフランス系アメリカ人と黒髪茶眼のチェロキー系クオーター。極1部の者達に財布を奪われそうになっていた下級生と、その者達を殴り倒してこれ見よがしに財布をあさる上級生。


 そんな2人が相容れるはずもない。


 ドロシーに近づいた不良の名前はトニー・トバイアス。学校が最もドロシーに近付けたくなかった存在。

 学校側の懸念通り、翌日からドロシーの学校生活は一変してしまう。ボディガード代だと言って事あるごとに支払いをさせられ、今まで以上に周囲との距離が開き、連れ歩かれた先でのケンカに巻き込まれた。人を殴るどころか握手すら苦手なドロシーはただ怯えるだけで、その様子がトニーを苛立たせていた。


 トニーの出自はドロシーとは正反対のものだったのだ。

 実の父が事故で亡くなった直後に実母は再婚。再婚相手は無職で麻薬中毒の前科持ち。

 元々裕福とは言い難い家庭ではあったが、それでも家族の麻薬代のせいで食事が摂れないほどではなかった。

 だが母はろくでもない男に入れ込み、義父は麻薬を切らせば家の中で暴れ狂う。父の遺産と保険金は麻薬に消え、進学する事すら出来なくなってしまった。トニーはたまったその鬱憤をケンカで晴らすしかなかった。


 どれだけ身勝手だと罵られても、トニーにはドロシーが羨ましくて妬ましかった。

 愛してくれる両親がいて、豊かな暮らしが出来て、1人で世界を完結できるだけの才能を持ったドロシーが。


 しかしトニーの羨むだけの生活は突然終わりを迎える。


 ドロシーと別れて1人で歩いていたダウンタウンの路地裏。辺りは薄暗く、少女が1人で歩く道としては最悪ではあるが、その最悪な環境に住んでいるトニーは舌打ちをしながら路地裏を進んでいく。

 どれだけケンカに明け暮れようと、どれだけドロシーの金で遊ぼうと気が晴れないのだ。

 いっそ麻薬にでも手を出してみれば変わるのだろうか、と思うも、トニーはくだらないとばかりに首を横に振る。

 麻薬に溺れた義父も、亡き父の贈り物を換金する母も、同様に醜く無様だったのだから。

 変わりたいと思う半面で諦め、落ちぶれたくない願う半面で上を見ようとはしなかった自分も同じだと分かっていても。


 そんな事を考えていたからだろうか。

 トニーが静かに扉を開き、手に取った酒瓶をソファに座る義父の背後へと歩み寄ったのだ。

 1発殴れば怒りも悩みも解消する。もしかしたらあの頃の母が帰ってくるかもしれない。

 それでも、理不尽に父を奪われたトニーには酒瓶を振り下ろす事が出来なかった。

 しかし酒と麻薬に酩酊する義父が暴力を躊躇う理由などない。


 突然顔に走った熱い痛みにトニーは顔を押さえ込んで地面に崩れ落ちる。酒瓶を落とした手はドロリとした液体に濡れ、体験した事のない痛みと恐怖に悲鳴すら挙げられない。


 怖くてたまらないのだ。


 大きなナイフを持ってニタニタと笑う、殺したいほど憎くくて、殺す事も出来なかった男が。

 義父は焦点の合ってない目で義娘を見下ろしてナイフが再度振り上げ、トニーは耐え難い恐怖の中で終わりを理解する。

 父の保険金を使い込み、遺品まで売り払った母なら、興味を失った1人娘に保険金を掛けていない訳がない。その保険金が母の再出発の費用となるのか、それとも義父の麻薬に消えるのかは分からない。

 それでも、嫌いじゃなかった母は2度と帰ってこない喪失感は、トニーに何もかもを諦めさせるには十分だった。

 そしてナイフが振り下ろされようとした瞬間、渇いた銃声と共に何かが床に叩き付けられた。


 ゆっくりと開かれたトニーの双眸に映されたのは、砕け散った窓ガラスと頭が吹き飛ばされた義父だった。

 続けざまにトバイアス家の安っぽい扉が蹴り開かれ、コンバットスーツに身を包んだ男達がなだれ込んでくる。


 男達は義父が死んでいるのを確認し、トニーに応急処置を施し始める。

 だが警察には見えない男達に戸惑っていたトニーは、朦朧とする意識の中で男達の銃に刻まれた見知った名前を発見する。

 その名前はリュミエール。武器製造会社にして、トニーが小突き回していた少女のファミリーネームだった。


 トニーが全てを知ったのは、ネグレクトと麻薬の不法所持によって母が法に裁かれてからだった。

 ドロシーが地元の公立校に通わされたのは、"普通なら触れる事の出来ない世界を体験させる"ため。対人恐怖症であっても、人間嫌いではないドロシーが誰かに手を伸ばすのは明らかで、今回の事件はリュミエール・インクの名を今まで以上に世界に響かせていたのだから。


 トニーの母は義父を殺された事で控訴を望むも、それが叶う事はなかった。トニーがドロシーから奪ったアクセサリーには発信機と盗聴器が仕込まれており、親からトニーへのネグレクトが露見したためだ。

 かくしてトニーは哀れな少女となり、ドロシーは不幸な少女を救ったヒーローとなった。


 そして裁判が終わり、扉と窓ガラスのない家に居たトニーは、訪れるはずのない客人に言葉を失う。


 端正な顔に掛けられた赤いセルフレームの特殊な眼鏡。比較的成長している体躯を隠すような大きなパーカー。アシンメトリーに切り揃えられたブロンドヘア。

 どもりながら必死に体の具合を尋ねてくる少女こそ、トニーの命の恩人であるドロシーだったのだ。

 ブラウンの双眸の目からは涙が溢れ出し、顔に巻きつけられた包帯に沁みこんでいく。


 ドロシーの成長のためにリュミエールに利用されたのトニーも理解している。

 だがそれ以上に、許されない事をした自分と必死に目を合わせようとするドロシーの存在が、トニーには嬉しくてたまらなかった。


 トニーにとってドロシーは、一生を捧げるに相応しい相手。

 ドロシーにとってトニーは、初めて自分を助けてくれた友人。


 歪であっても、2人の世界は確かに動き出していた。


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