If Only Had A Blaze 3
コンクリート打ちっ放しの壁と床、申し訳程度に2つだけ作られた窓、スチール製の作業机、雑多に散らかったままのパイプ椅子。
作業場として貸し与えた離れに入った瞬間、ソフィアは浅葱色の温もりに包み込まれた。
その正体が2人の監視役を買って出た静音だという理解する前に、ソフィアは無意識に静音の華奢な腰に腕を回している事に気付いた。
トニーには殴り掛かったのに、大好きな静音は抱き締め返している。そんな自分が滑稽でしょうがないが、泣き顔を見せるのを嫌ったソフィアは静音の肩に顔を埋めた。
「おめめはん赤いえ、どうされはったん?」
「……何でもない」
「そか」
そっけなく返された答えも、手に巻かれたハンカチについても問い詰める事もなく、静音はソフィアの背をさすってやりながら、付き添っていたクロードと迎えに出ていたトニーへ視線をやる。
自分に主の命を握られていたトニーが牙を剥く訳がなく、クロードが愛しの主を傷付けるはずもない。そう理解していても、理由の説明くらいはして欲しかったのだ。
しかしトニーは静音の意味深な視線を無視して、ポケットから棒の付いたキャンディを取り出しながら、部屋の隅でPCと向き合っているドロシーへと歩み寄る。
その様子には昨日のおどおどとした雰囲気はなく、眼鏡越しの碧眼はPCのディスプレイへと釘付けになっていた。
粗野でありながらも飄々とした雰囲気にそぐわないピンク色の包みを引き剥がしたトニーは、ドロシーが咥えていた棒を引き抜いて新しいキャンディを咥えさせる。
「キャンディー、ですか?」
まるで鳥の餌付けのような光景と、無言のまま平然と作業を続けるドロシーにクロードは思わずトニーに問い掛ける。主を抱き締めたり、仕方ないとはいえキスをした自分が言える事ではないが、2人の関係が主従関を越えた違うものに思えたのだ。
だがトニーは棒を部屋の隅のゴミ箱に放りながら答える。
「ああ。棒付きの物でストロベリー、コーラ、チェリーの順番。棒を縦に振り出したら交換のタイミング。間違ってもチェリーコーラをやっちゃいけねえ」
「棒は邪魔ではないのですか?」
「そう思って丸い飴を口に入れてやろうとしたんだけどよ。唇に指が付いた時に集中力が切れて、顔真っ赤にしてベッドルームに篭もっちまってよ」
あの時は流石に傷ついた、とトニーは遠くを見詰めるように天井へと視線を向ける。
人見知りの気が強いドロシーには刺激が強かった事は無理もないが、人見知りしないトニーが傷つき、察してやるのも難しい話だ。
「ドロシー、ストロムブラードの嬢ちゃんとクソハンサムが来たぞ」
トニーがいつかの二の轍を踏まないように優しく肩を叩いてやると、ドロシーはPCからゆっくりと顔を上げて辺りを見回す。
一足先に準備を始めてくれた親友。取引相手の執事。得意客の運送屋。運送屋の抱擁から解き放たれた屋敷の主。
全員の注意が自分に向いていると理解したのか、前髪で半分隠されたドロシーの顔が一気に紅潮していく。
「あ、あの、すいません。集中しちゃうと、周りが見えなくて……」
「謝るなよ、待たされたのはこっちじゃんか」
大きなキャリーケースを作業机に載せながら、トニーは口角を歪めて吐き捨てる。
食事の後にうっそうとした庭を歩かされ、客室が用意できていないという理由で離れでの1泊を余儀なくされた。離れには一般家屋と同じ環境が用意されていたが、主がいい加減な扱いをされるのは気分が良いとはいえなかった。
もっとも離れが用意されたのは、好き勝手出来る環境を望んだドロシーの要望なのだが。
「お待たせして申し訳ありません。本邸までの道を整えながら来たもので」
「それでポン刀みてえの振り回してたのか、すげえけどお前恐えよ」
次々とキャリーケースを作業第に並べながら、トニーはシニカルな笑みを浮かべていた顔を引きつらせる。庭師のようにはさみを使っていれば戸惑う事はなかったのだろうが、燕尾服姿の男が太刀のような刃を振り回して枝葉を裁断しながら進むその光景は異様だった。
「あ、あの、ワタシは気にしてないので。トトも、ね?」
「……ドロシーに感謝しろよ、クソハンサム」
トニーは慌てて2人の間に割って入るドロシーに免じて引き下がり、クロードは相変わらずの褒めているのか貶しているのか分からない呼ばれ方に苦笑する。言葉こそ乱暴だが、トニーの言葉には嫌味は感じられなかったのだ。
「あ、あの、ソフィアさん。もしかしてトトが何か……?」
トニーが落ち着いたのを確認したドロシーは、静音の手を握ったままのソフィアに恐る恐る問い掛ける。
ソフィアの目の周りには泣いていた痕跡があり、トニーは昨日ソフィアに脅しを掛けていた。トニーを信用しているからこそ、自分のために怒ってくれるトニーの行動がドロシーには心配でならなかった。
「……いいえ、トニーさんにはご迷惑をお掛けしてしまいました。ゴメンなさい」
おどおどと謝るドロシーにソフィアは鼻を啜りながら頭を下げる。事実過失どころか、トニーは理不尽な暴力行為を許してくれたのだから。




