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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Rollin' The Flames
22/77

If Only Had A Blaze 1

 どうしてこんなにも広いのか。


 クロードによって多少は裁断された木々の間を進みながら、ソフィアは不愉快そうに眉間に皺を寄せて胸中で毒づく。

 スウェーデン、イエテボリの郊外に全ての他者を遠ざけるように建てられた屋敷。

 ハートをモチーフにした鉄柵、首のないガーゴイル、黒を基調にした外壁には蔦が纏わり付き、広大な庭には何かを覆い隠すようにうっそうと木々が好き放題木が生えていた。

 その屋敷の名前はストロムブラード邸、"5人"の男女が住まう屋敷だ。


 ストロムブラード本邸は2階建ての角ばったUの字型になっている。Uの下を正面にし左側の2階をストロムブラード家のパーソナルスペース、右側をビジタースペースとしていた。

 しかしソフィアはその無意味な区分を嘆くように深いため息をつく。

 ストロムブラード邸には生活と応接のための本邸の他にも離れがあり、来客に対して気を遣っているように見えるが、ソフィアという非合法の被検体が居る以上グレナ達が誰かを招き入れるわけがない。

 つまりストロムブラード邸は夫妻の見栄と、"らしく"見せる事によってソフィアを覆い隠すカモフラージュでしかない。夫妻にとって本当に大事なのは、どこかに隠したプライベートラボであり、本邸も離れも最低限しか使われていなかった。


「申し訳ありません。離れを使う事になるとは思わず、最低限の手入れしか出来ていませんでした」

「離れがあるなんて知らなかったし、別にいいよ」


 どこから持って来たのか分からない刃で枝葉を切り裂いて行く道を作るクロードに、ソフィアはむせ抱えるような緑の匂いに鼻を押さえながら応える。応接間、キッチン、ランドリールームなどがある1階でさえ、クロードが掃除をするまでは呼吸も出来ないほどに埃まみれ。その事を考えれば毎日本邸の掃除をし、ソフィアと静音の食事とお茶の用意をし、男手で違和感なく衣服の洗濯をするという離れ業をこなしているクロードを責める事などソフィアには出来ない。


「そんなことより、シズネさん達は本当に辿り着けてるよね?」

「地図とGPSをお持ちいただいたのでそれだけは確認済みです。ただ道がここまで酷くなっているとは思いませんでしたが」


 そう言って苦笑するクロードにソフィアは胸中で燻る不安に頬を引きつらせる。ストロムブラード邸はとても広く、逗留経験のあるソフィアでさえ知らない場所の方が多いのだ。目が覚めた時には自室のベッドかプライベート・ラボのベッドとあれば、それも無理はないのだが。


 自宅で遭難者が出てはたまらないと危惧し始めたソフィアは、視界の端に映り込んだ灰色の何かに眉を顰める。木々の合間から見えた灰色は、来た道を除いてうっそうとしている辺りの様子とそぐわない。

 ソフィアが無言でそちらを指差すなり、クロードは両手の刃で枝葉を振り払う。冷えるからとソフィアが無理矢理着せられたトレンチコートにつく事もなく、舞い散る枝葉は地面へと叩き落されていく。


 しかしその見事な太刀裁きも、その向こうにあった灰色の正体を前にソフィアの感心すら得られない。


 そこには枯れ果てた細い(つた)が這う十字架の石造があったのだ。


「そういうこと、か」


 唇だけで呟いたソフィアはクロードの静止を振り切って、枯れ果てた細い蔦を乱暴に引き剥がす。

 ソフィアの見間違えでなければそれは墓石で、そこに刻み込まれた文字はマザー・パス・ストロムブラードだった。

 スウェーデンでは自宅に遺骨を持ち帰ることも、埋葬する事も許されていない。その事からはソフィアは意図的に庭がほったらかしになっているのでは、と考えていた。

 しかしその反面で、それすらも何かを隠すカモフラージュだったら、とも。


 何かを理解できるほど、ソフィアは両親を知らないのだから。


「ねえクロード、人は死んだらどこへ行くの?」

「分かりません」


 即答された返事に不満げにソフィアが口を尖らせると、クロードは(ひざまず)いてソフィアの手を取って蔦を地面へと放る。その動作に吊られるようにソフィアが視線を落とすと、蔦を握っていた右手の人差し指からは血が溢れていた。


「いくら枯れていても不用意に触れてはいけませんよ」

「……うっさい」


 燕尾服の内ポケットから取り出された消毒液の痛みに顔を顰めながらソフィアはそっぽを向く。

 本人は精一杯大人ぶっているつもりでも、膨らんだ頬は年相応の幼さを表している。そういった細かなところが静音(シズネ)の庇護欲をくすぐっている事を知らないのは本人だけ。


 現にクロードも微笑ましそうな笑みを浮かべて、ハンカチをソフィアの指に巻きつけている。血中でこの瞬間も培養されている"Sheep Tumor"が、ソフィアの体にどんな影響を与えるか分からないという理由もあるのだが。


「仏教には輪廻転生という概念がありますが、それもソフィア様のお求めになられている答えではないでしょう。ですが分からないからこそ、人は望むべき終わりへ辿り着かなければならない。私はそう考えています」

「でも、その後は? これでいいって思えた終わり方を迎えたとして、その後はどうなの?」


 ハンカチを巻き終えたクロードに、ソフィアは燻っていた不満すら些事であるように問い掛ける。

 母の葬儀には立ち会う事はできたが、遺体と対面する事は出来なかった。その上、直後に投与された"Sheep Tumor"のせいで葬儀の記憶すら曖昧となってしまった。そのせいか人の死というものがソフィアには理解出来ないで居た。

 もちろん死に対しての恐怖も、自分を殺そうとしていた人間達の死体も見た事もある。全く死に触れ合った事がない訳ではない。

 だからといって死とその後を理解できるわけもなく、ソフィアは意味不明な恐怖に怯える事しか出来なかった。


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