Touch The Rainbow 3
「それで、クロードに武器を使って欲しいって事なんですか?」
「あ、あの、クロードさんは、蛇腹剣や特殊な武器をお使いになると聞いて、ワタシの武器も使っていただけたら、その、嬉しくて」
頭を下げる静音に慌てて頭を下げ返していたドロシーが、慌てて頭を上げながら返す答えにソフィアはどうしたものかと更に偏頭痛に襲われる頭を悩ませる。
銃を持つ事で生まれる不自由を嫌ってか、ボールペンを投擲武器として扱うクロード。その最強の傭兵であれば多少変わった武器だろうと扱う事は容易いだろう。
しかし請ける必要はない、と結論付けたソフィアは、勝手に執事の名前を呼び捨てにされた苛立ちを誤魔化すように口を開く。
「失礼な事を言いますけど、正直それはどうかなって思ってます」
「んだとコラ、ドロシーの作ったもんを疑ってやがんのか?」
ずっと黙ったままだったトニーは、睨みつけるような険しい視線をクロードからソフィアへと移す。
そのあまりの怖さにソフィアの体がビクリと震えたその時、傍らに立っていたクロードは前に一歩踏み出し、傍らに座る静音はソフィアの手を優しく握る。緊張からいつの間にか強張っていた、冷たくもやわらかい静音の手に握っていた拳を解かされていく。
静音の手を握り返しながら、ソフィアは恐怖に支配されつつある胸中で自分の選択が間違いではなかった事を理解する。
ソフィアが考えた事は、武装のモニターの契約を結ぶ事で生まれるメリットでメリットだ。
契約を結べば誰も持っていない武装を無償で与えられるが、その武器に欠陥があった際に被害を被るのはクロード。その上、ストロムブラード邸の管理、ストロムブラード者関係の仕事、全ての家事をこなしているクロードに、他の事をしている時間など無い。
だからこそ、ソフィアは脅しという無形の暴力に立ち向かわなければならない。
クロードの主は、自分なのだから。
「……それだけじゃないですけど、ハッキリ言えばそう。特殊な武器を使えるクロードにモニターして欲しいって事は、試して欲しい商品って"誰にも扱えない特殊な物"な訳でしょ? 絶対安全なんて保障をどうすれば出来るの?」
言うべき事を言い切った達成感と舌打ちと共に増していく恐怖感。荒れ狂う胸中を押し殺すように、ソフィアは叩き付けられる眼光を真っ向から受け止める。一本傷が刻まれた顔の眉間には皺が寄り、口角はヒクヒクと痙攣している。
だが手札を切った以上、ソフィアに出来る事はどれだけの暴風に晒されても逃げ出さない事だけ。
そしてトニーは止めるようにジャケットの裾を掴んでいたドロシーの手を払い、眉間に皺を寄せてソフィアに歩み寄り始める。
「いい度胸じゃんか。その度胸に免じてドロシーの作った作品をここで試して――」
そう言いながらジャケットの内ポケットに手を入れたトニーは、おかしいとばかりに顔を歪める。
まるで、あるはずの物がないように。
「あの……トバイアス様」
「うるせえ、ちょっと待ってろ」
どこか気まずそうに眉を顰めるクロードを無視して、トニーはジャケットのあらゆるポケットに手を入れる。しかし薄い生地のポケットからは棒が付いたキャンディーが出てくるばかりで、ドロシーの作品が出てくる様子は一向にない。
「あの、ですから――」
「うるせえ、黙ってろクソハンサム」
苛立たしげにもう一度舌打ちをしたトニーは、褒め言葉かバカにしているのか分からない言葉を吐き捨てる。
その後ろではドロシーが慌てるように上半身だけを右往左往させ、対峙するように前に出たクロードにいたっては同情するような視線さえ向けている。
もしや、とソフィアは思うもありえない、と思いついた考えを切り捨てる。
天才の随行者がその程度であるはずがないのだ、と。
しかしクロードがこぼした言葉はソフィアの考えを肯定するものだった。
「あの、銃でしたら先ほどお預かりしましたが……」
ポツリとつぶやかれたその言葉にトニーの動きは止まる。ソフィアは引きつった顔を隠す事も出来ず、静音はあらあらと着物の袖で口元を隠し、ドロシーは間に合わなかったとうなだれる。
そう、トニーは銃を預けた事を忘れてずっと探していたのだ。
「この人バカだ!?」
「う、うっせえよ!」
状況と周りの反応にようやく気付いたのか、浅黒い肌の顔を紅潮させるトニーの言葉にソフィアは思わず声を張り上げてしまう。
叫んでしまった言葉に怒ったのか、トニーはソフィアを睨みつけるも、この状況に追い詰められて怖がれるほどソフィアは繊細ではなかった。
「テメエもさっきから気に入らねんだよ。ドロシーの事ジロジロ見てんじゃねえぞ、すっげえぶつぞクソがコラ」
失態を誤魔化すように凄まれたクロードは困ったように、それで呆れたようにため息をつきながら肩を竦める。
武力の行使を匂わせはしたが、実際には何も出来ていない。追い出す事も哀れになるような可哀想な存在。
そんな客人と相対したからだろうか、クロードの胸中には見当違いな優しさが生まれる。
23歳というまで世間では大した事のない若造ではあるが、この場においては年長者。年下の子達を正しく導くのは自分の義務なのだと。
そして見当違いな人格者は琥珀色の瞳を覗きこみ、ゆっくりと口を開いた。
「まったく、レディがそんな言葉遣いをしてはいけませんよ」
応接間から再度、一切の音が消える。
レディとは淑女、つまりは女。クロードは乱暴な言葉を吐き捨て、俺という一人称を使うトニーを女と言ったのだ。
「れ、レディ?」
「そうです。ソフィア様のお耳を汚さないよう注意をしようとは思っていたのですが」
お客様に注意するのは、と言外に付け足してクロードはソフィアの問い掛けに答える。
確かにクロードに似たスラリとした体系ではあるものの、男のような鋭角な骨格ではなく、俺という一人称に騙されていただけのようにもソフィアには思えた。
「ば、ばっばばバカ言ってんじゃねえし」
「あからさま過ぎる!?」
「そ、そそそそそそんな訳ねえし、あ、ああありえねえし。な、なあドロシー?」
「そ、そそそそそうですよ。トトはそ、そそそその――」
「もうやめてよォッ!」
あまりにも無様な2人の様に、ソフィアは両手で顔を覆って声を張り上げてしまう。
自分を騙し通す寸前まで行っていた黒髪の客人は、あろう事か主まで巻き込み、ギフテッドであるはずの主は自身の護衛を守るどころか共に動揺してしまった。
恐怖は遥か遠くに消え去り、残った呆れと疲労にソフィアは頭を抱える事しか出来なかった。




