Baby Bloody Beauty 2
スウェーデン、イエテボリ。
華美でありながらも、最低限デスクなどしか置かれていない製薬会社ストロムブラード社の社屋の1室。
光の加減で白銀に見えるプラチナブロンド。透き通る空のような碧眼。女性と見間違うような美しい顔。何もかもを黒で統一された燕尾服を纏う180前後のスラリとした体躯。
誰が見ても美しいと絶賛するだろう執事、クロード・ファイアウォーカーの姿を視界の端に収めた赤毛の少女、ソフィア・ストロムブラードはどこか呆れたように吐き捨てる。
「執事、ねえ」
「いけませんでしたか?」
いつのまに用意したのか、クロードは湯気が立つカップを、オフィスには不似合いな椅子に腰掛けるソフィアへと差し出す。
その男の優秀さを嫌というほど理解させられていたソフィアは、ソーサーごとカップを受け取り、躊躇う事無く口をつける。
温度は丁度良く、ミルクがたっぷり淹れられた紅茶は、甘党のソフィアの好み通りのものだった。
「だって執事である必要はないじゃない。ナノマシン特別課の課長補佐とかでも良かったんじゃないの?」
ソフィアはやはりどこか浮いている燕尾服に思わず問い掛けてしまう。
異質な美貌のおかげでその服装に違和感こそないが、クロードが存在そのものから浮いているのは紛れもない事実だった。
なによりクロードはストロムブラードの執事であると同時に、同時にナノマシン特別課におけるソフィアの唯一の部下でもあったのだ。
「お嬢様への無限の忠誠心を考えれば呼び方も役職も些細なものです――それに、お嬢様と接触するには私を介す必要があると明示しておいた方がよろしいかと思いまして」
付け足された本当の狙いにソフィアはなるほど、と嘆息する。
職場でもプライベートでもソフィアの傍らに在り続ける"ファイアウォーカー"。それは確かに全ての人々に対しての抑止力となりえるのだから。
何より、父が消えた今、ソフィアには状況に左右されない保護者が必要であり、クロードこそが父がソフィアに与えた最良の存在なのだから。
だけど過保護が過ぎる、とソフィアはあきれ果てたように赤い毛先を指でもてあそぶ。
名前、年齢、性別、簡単な素性。与えられた情報としてそれらは知っているが、ソフィアはクロードの事を完全に理解している訳ではない。付け加えるのであれば、クロードという人物はソフィアの理解できる存在ではなかった。
皮肉なのだろうか。地下階で止まったエレベーターから降りたソフィアは考えるも、ありえないと即座に否定する。クロードが計り知れない人物である事に違いはないが、少なくとも自分に嫌な事をする人物ではないとソフィアは理解している。
現にクロードは会見で浴びせられたフラッシュによって気分を悪くしていたソフィアのために紅茶を淹れ、マスコミを避けるように地下階に車を手配してくれていた。クロードにとっては大した事ではないのかもしれないが、ソフィアはそれだけで嬉しかった。
「まあいいや。それよりこの後の予定は?」
「取材は全て終わりましたので、あとは帰宅するだけですね。ご夕食にご希望はございますか?」
「任す。でもいい加減ニンジン紛れ込ませるのやめてよ、食べてからいつも嫌な気持ちになるんだけど」
受け入れるしかなかった立場と優秀すぎる執事にソフィアは嘆息する。昨晩のハンバーグには刻んだニンジンが、朝食には堂々とニンジンのソテーが添えられていたのはまだ記憶に新しい。低血圧で朝に弱いソフィアの目覚めはニンジンの甘みによるものだったのだから。
23歳の男からすれば、寄宿舎から引きずり出された16歳の少女が子供なのは分かる。
だがあまりにも過保護かつ大胆かつ姑息な執事のやり口に、ソフィアが文句をつけたくなるのも無理はなかった。
手にしたソーサーにカップを置いたソフィアは、ふと胸元に飾られた炎に包まれたエンブレムに視線を落とす。
製薬会社ストロムブラード。ナノマシン特別課課長。
それが現在のソフィア・ストロムブラードであり、学生生活を中断せざるを得なくなった理由だった。
「好き嫌いはよくありませんが、お嬢様に食べていただけるよう精進させていただきます」
今度からは堂々と食卓に出す、と暗に付け足したクロードの手にカップを押し付けて、ソフィアはゆっくりと立ち上がる。
いくら社員達が好意的に接してくれるとはいっても、保護を前提とした縁故雇用者であるソフィアが邪魔でない訳がないのだ。
「アンタは好き嫌いないの?」
「それこそよほどまずい物でなければ。世の中、なんだかんだ言っても美味しい物ばかりですからね」
同意を求めるだけ無駄だと察したソフィアは、クロードのエスコートに導かれるように、ナノマシン特別課を後にする。
傍らを歩くおよそ180の高身長に偏食の気は感じられず、寄宿舎でもニンジンを平然と残していた自分とは違う事くらい考えるまでもない。