Fall To Rise 2
眩光を避けるように傘を突き出したままクロードは躊躇いもなく前方へと飛び出す。展開されたままの傘の骨は突然の眩光に呻く事も出来ない敵対者達へ、のたうち回ることすら許さないとばかりに叩きつけられる。
鳴り止んだのは銃声、代わりに響き渡ったのは骨が砕ける鈍い音。
確かに人が壊されたその音をきっかけのように、リムジンの後部座席で思っていたよりも強い静音の抱擁から解放された。
「すいません、今どうなってますか?」
「……いまいち分かりまへんが、クロードはんならあんじょうやってはるはずさかい。ソフィアはんも、大人しくしときやす」
どうにも要領を得ない静音の回答を聞きながら、ソフィアは解放された目の周りを擦りながら瞬きを繰り返す。華奢な体のどこにそんな力があるのかは分からないが、静音の抱擁はパニックを起こしたソフィアでさえ引き剥がす事が出来なかったのだ。
しかしどうにも様子がおかしい静音に疑問を持ったソフィアは、ようやく元に戻りつつある目で隣に座っている静音の方へと視線をやる。
穏やかな笑みを浮かべている顔には脂汗が浮かんでおり、色素の薄い灰色の瞳は焦点が合っていないように虚空を見詰めていた。
「シズネさん、目が!?」
「なんも心配あらへんよ。クロードはんが使ったあれもうちが仕入れた商品で、ショット・イン・ザ・ダーク言うて、一時的な視力低下を起こすだけです」
どこかおどけるような口調で商品の高価を説明する静音に、ソフィアは助けを求めるように窓の向こうに居る執事へと視線をやる。しかし執事は流れ弾を気にしてか、ようやく8人目を地面に沈めたところだった。
「ゴメン、なさい。アタシのせいで」
「うちがクロードはんの言う事を聞かなかったのが悪いんです。ソフィアはんは何も悪くあらへんよ」
「でも! シズネさん、アタシを守ろうとして!」
「クロードはんが義務を果たしてくれはるなら、うちもソフィアはんを守りたい思うんは当然やろ?」
確かにクロードはフラッシュグレネードに関して忠告はしていたが、とソフィアは見当違いな方向に差し出された静音の手を慌てて取る。
先ほどは振り解けなかったはずのその手。自分の手よりも小さく、それ以上に華奢な手はソフィアが思っていた以上にか弱いものだった。
しかし静音は平然と引き金を引いた敵対者達と相対し、自分の事も顧みずにソフィアの目が眩光に晒されてしまわないように守っていたのだ。
「……ゴメンなさい」
「だから、もうええて――」
「違うの。アタシ、ずっとシズネさんのこと疑ってた。この状況だってシズネさんがクロードを裏切らせて、アタシがあの人達に売られちゃうんじゃないかって思ってたの」
心からのソフィアの懺悔に静音はクスリと笑みをこぼす。
「こんなかいらしゅう子売らなきゃいけへんくらいなら、こんな仕事は廃業したるさかい。それを言いはるんなら、うちもソフィアはんの事を利用しましたえ?」
「今回の事で、ですよね?」
後悔から俯いてしまったソフィアの問い掛けに、静音はハンカチで汗を拭いながら頷く。
「あのすかたんらの言うとったように、うちは今、党首候補から外されそうになっとるんです」
「シズネさん頭いいのになんで?」
「うちが女やからですえ」
予想もしなかった静音の言葉に、ソフィアは思わず息を呑む。
日の打ち所もないほどに優秀で穏やかな異国美人。そんな静音がその程度の理由で排斥されるなど、跡継ぎとしての義務も何もなかったソフィアには信じられない。
しかし旧家であり、狭い業界に生きる御巫にはそれは十分に判断の1つとなりえる要素だった。




