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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Rollin' The Flames
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Fools On The Edge 3

 御巫(ミカナギ)家は特殊な運送業を生業としている一家だ。

 ただ物を運ぶだけではなく、指定された品物を用意し、指定された場所に、指定された時間に運ぶというとても特殊な家業。それこそ金さえ用意されれば、武器でも何でも法の目の掻い潜ってでも用意するほどに。

 それは裏家業を営む多くの人間達にとってのライフラインだった。


「えっと……ミカナギ、さん?」

「静音で結構ですえ。うちもソフィアはんと呼ばせてもらいます」


 ストロムブラード所有のリムジンの後部座席でニコニコと微笑む静音に、脳裏で与えられた情報を反芻していたソフィアは困ったように顔を引きつらせる。

 起伏に富んでいるとは言い難いが、成長の遅い自分とは違うスレンダーな女性的魅力。不思議なイントネーションの言葉も困惑に拍車を掛けているとはいえ、ミカエラ以外とまともなコミュニケーションを取った事がないソフィアには、穏やかな微笑を浮かべている異国の女が理解できない。


「それじゃ、シズネさん、なんでクロードが必要なんですか?」

「こちらで旗揚げされはった、なんや……ジェスターいうグループが、代金を踏み倒しはってな」

「それで、クロードに集金を?」

「はいな。届けた商品が面倒なもので、うちだけでは対処できそうにないんです」


 ほんまいけずな人らやわぁ、と呆れたように首を横に振る静音にソフィアは更に困惑を深める。

 自己紹介を信じるのであれば静音・御巫は20歳。だというのに住む世界の違いはもちろん、人を利用する事に対する忌避感も何もない覚悟の違いを見せ付けられているような気になったのだ。


「……そんな強い武器があるんなら、クロードだって危険じゃないですか」


 たとえば映画で見るような爆発が起きる武器、と言外に付け足したソフィアは不愉快そうに眉を顰める。それだけの武器を揃えられる組織が、それだけの武器を扱える人材を揃えられないわけがない。平穏とはほど遠いこの世界に、足を踏み入れたばかりのソフィアでもそれくらいは理解出来る。


「ソフィアはんはクロードはんを信用されてへんの?」

「信用とかそう言うんじゃなくて……」


 浅葱色の袖にほとんど掛けれた手を頬に当てて首を傾げる静音に、ソフィアは若干の苛立ちを誤魔化しもせずにため息をつく。

 さりげなくクロードの名前を呼んでいるところにも引っ掛かるが、それ以上にソフィアは静音の真意を測りかねていた。


 自分を手に入れるために近づいたのであれば、辿り着く先で部下達を待ち伏せているはず。クロードに勝つために強力な武器を装備させた仲間達を。

 クロードがその事に気付いていないとは思わないが、ソフィアが"Sheep Tumor"を行使するにはいくつかの段階を踏まなければならないため、先手を取られてしまう可能性が高い。クロード1人で状況に対応するのであれば問題はないが、主として同行することを選んだソフィアが重石となってしまう。


 しかし同行しなければストロムブラード邸への襲撃や、クロードへの執拗な勧誘も考えられたため、ソフィアは危険を承知で2人に同行するほかなかったのだ。


「うちが言うても信用できひん思いますが、クロードはんなら絶対に大丈夫ですえ」

「どうしてそう言えるんですか?」

「クロードはんがファイアウォーカーだからです」


 相変わらず人を食ったような物言いにソフィアが2度目のため息をつくと、静音は仕方ないとばかりに続けた。


「誰も彼もが死んだ戦場でただ1人生き残り、増援を含めた敵陣営を壊滅してみせた最強にして最高の暴力の執行者(ファイアウォーカー)。そんなファイアウォーカー史上最強のクロードはんだからこそ、うちは信用しとるんですわ」

「……それだけじゃないでしょ」


 それだけでないというそんな勘、クロードの主たろうとするプライドが導き出した仮の答えが、ソフィアの声帯を震わせる。何も言わずにミカエラ達を処理しようとしていたクロード、その執事の優秀さにかまけていられなかったのだ。

 何よりソフィアは決して優秀な主とは言えないが、それでもクロードの優秀さの片鱗くらいは理解出来るつもりだ。


 それこそ、たかだか集金に使うにはオーバーキルな切り札だと理解しているほどに。


「どうして思われはったん?」

「シズネさんみたいな特殊な仕事してる人が、時間とお金を使ってまで大した利益にならない事するとは思えないよ」


 浮かべていた穏やかな笑みを僅かに凍りつかせる静音に、ソフィアは偏頭痛と疑惑に顔を歪めながら1つの核心に辿り着く。

 ジェスターという組織がどれだけの代金を踏み倒したのかは分からないが、御巫という組織と同じファミリーネームを持つ静音が動く理由にはならない。少なくともストロムブラードの社も家も、ソフィアに社交的な事を望んだ事はなかった。


 つまり静音・御巫には目的がある。大企業の社長(グレナ)レベルでなければ雇えない最強の傭兵を、自分の身を危険に晒し、リスクが高く割にも合わない取引をしてでも利用するほどの。


「ここまで来た旅費と時間、クロードに対して払い続けるこれからの報酬。シズネさんはクロードを使って、何の負債を補おうとして――」


 ソフィアが最後の質問をぶつけようとしたその時、目的地に到着したリムジンが停車する。

 車窓の光景はイエテボリの真昼の街並みから、どこか寂れた雰囲気の倉庫街へと変わっており、見慣れぬ風景がソフィアの不安を刺激する。


 どれだけ努力しようと、ソフィアは世間知らずな16歳の少女でしかない。どれだけ偉そうな事を言おうと、クロードが裏切れば命の保障さえない"Sheep Tumor"の被検体でしかないのだ。


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