Baby Bloody Beauty 1
まるで、光の洪水だ。
向けられた夥しいレンズ達と瞬くフラッシュ、そして自分の詩的な表現に少女は自嘲するように肩を竦める。
耐え難い現実を遠ざけるように、自分の中に眠る苦痛から目を背けるように。
一方的に押し付けられる不快感が、体を文字通り"蝕んだ"苦痛を思い出させるのだ。
体内を這い回る激痛、注ぎ込まれ続ける高熱、声にもならなかった悲鳴。
フラッシュバックする過去は痛みと寂寥感を伴い、経験のない負担からか体は寝起きのようなだるさを訴え、実体のない痛みに少女の意識は朦朧とさせられていた。
しかし華美な会議室に集められた記者達は、少女の"中身"を求めるようにレンズを覗き込んでいる。
ワンサイドアップに結われた赤毛の長髪、エメラルドのような緑の双眸。急ごしらえのスーツに着られているような錯覚に陥るほどに華奢な体。胸元に輝く金で作られたハートのエンブレム。
人目を引くほどに可憐ではあるが、言ってしまえばそれだけの少女。そんな子供に大の大人達は未知の可能性を求めて群がっていた。
「では、効能は不明だと?」
「はい。ナノマシン反応は確かにございますが、グレナ氏は効果について言及する事はありませんでした。記録も1から全て探したのですが、どうやら博士が製作をされていたのはプライベート・ラボだったようでして」
手掛かりは何1つ、とどこか困惑するような記者の問い掛けに、艶やかなバリトンボイスが答える。
記者会見を支配するその声は、主役である少女のものでも、ましてや記者達や会社員のものでもなかった。
「データなどを無償提供されるというのは本当ですか?」
「はい。万が一の可能性ではありますが、現地に赴いての調査も可能になるかもしれません」
「現状分かっているナノマシンの情報を教えていただく事は可能ですか?」
「ナノマシンの名前は"Sheep Tumor"。文法的には破綻していますが、意訳すると"羊と腫瘍"。その意味と同様に因果性と効果も不明ですが、採血の際の際に傷痕が比較的早い速度で治癒する事象は観測できました。採取したナノマシンは3分で死滅し、絶対数以上の増殖も培養も出来ないみたいですね」
「どの程度の傷までが即時治癒するかは確かめたのですか?」
「いいえ。女性の肌に傷を付けるなど、出来る訳がありませんから」
次々と投げ掛けられる問い掛けにスラスラと答えていたバリトンボイスは、途端にどこか冷たい響きを帯びたものに代わり、問い掛けた記者は気まずそうに顔を引きつらせる。
試しに少女の体に傷を付けてみよう。良識ある大人のものとは思えない提案に乗る理由などなく、バリトンのボイスの持ち主にそんな事は許されないのだ。
「あの、最後に1つだけ――あなたは誰ですか?」
凍りつく会議室の空気を換えようとしたのか、それとも個人的な知識欲が刺激されたのか。女性記者は場の空気など知らぬとばかりに問い掛け、少女はつまらなそうにそっぽを向く。
女性記者達の視線は主役であるはずの少女ではなく、ずっと場の支配者たる男へと向けられていた。
その事を不愉快に思う事はないが、自分が居ないかのようなその態度を少女が快く思えるはずがない。
無視されるというのは、少女にとってとても不愉快な事なのだから。
しかし女性記者の少女を含む場を無視するような、自身の個人的な欲からの問い掛けに男は平然と答えた。
「私の名前はクロード・ファイアウォーカー。ソフィア・ストロムブラード様の執事でございます」