とある王国の滅亡
とある貴族の開拓記から、二百年後ぐらいのお話。
黒地に赤の真一文字、そして銀糸の縁取り。
大義の旗ではない。
もちろん、正義でもない。
それでも、それは俺達の生きる、生まれてきた意味だ。
俺達は、奴等にとって麦一粒の価値さえなかった。
せいぜい、そこらの虫けら程度に思われていた事だろう。
だが、今はこちらが奴らを虫けらのように踏み潰す立場にある。
「やれ。」
言うと、副官格の幼馴染が叫ぶようにして、下知を飛ばす。
すぐに、大地を埋め尽くす仲間達が鬨の声をあげた。
俺達を阻む、最後の障害は最早王都の城壁のみだ。
王都『マルガンダ』
十年ほど前までは、国中の若者が一度は訪れたいと願う、華の都だった。
人口四十万を数える大陸屈指の大都市の命運は、今や風前の灯火である。
王国近衛騎士団およそ六千と、防衛の為に徴兵された王都の住民三万。
王都を囲む仲間は八十万。
かつての俺達がそうだったように、嬲り殺しにされるのを、少しでも伸ばそうと意地を見せているに過ぎない。
「長かったな。」
万感の想いがある。
婚約者の死顔。
磔刑に処され、生きたまま焼かれた父。
三日三晩犯され続け、白濁と恥辱に塗れて死んだ母。
全てを焼かれた故郷。
積み上げられ、山となった村人の屍。
そして、俺達が殺した貴族や、騎士や、傭兵や、村人や、幼い子供。
屈辱と、憤怒と、絶望と、人の死を積み重ねた十年だった。
英雄ともて囃された事もある。
悪魔と蔑まれた事もある。
どちらでも、かまわない。
俺には、もう仲間達を止められない。
王族を、貴族を、騎士を殺し尽くすまで、彼らは止まらない。
それも、じきに終わる。
「お、出てきたな。勝つつもりらしいぜ。」
副官格の男が、馬を並べた。
今や、故郷の人間で生き残ったのは、自分とこの男だけだ。
いつもの、不敵な笑みを浮かべている。
「負ければ、皆殺しになるだけだからな。勝つしかあるまい。」
「それもそうだ。」
三千ほどの騎士による決死の突撃に、前衛の歩兵が突き破られ、攻城兵器には火をかけられた。
こちらに、騎馬隊は二千しかいない。
城攻めには無用の長物である事もあるが、馬に食わせる秣が確保出来なかったのだ。
八十万ともなると、食わせるモノだけでも大変な量になる。
騎士達は暴れるだけ暴れ、数百の屍を残して城に戻っていった。
仲間達で死んだ者は、それほどいないだろう。
常に馬不足に悩まされた俺達は、騎馬相手に戦う訓練を常に積んできた。
今更、逃げ惑う事などないし、まして騎士を恐れる事もない。
前衛が、城壁に取り付いた。
「ちょっと、行ってくる。あの騎士共に、好き勝手されたくねぇ。」
柄まで鋼で出来た大薙刀を担ぎ、副官はニヤリと笑った。
直接指揮を執る騎馬隊千五百を使いたいのだろう。
闘う事が、好きな男なのだ。
それ以上に、優しい男だった。
もう仲間を死なせたくないのだ。
「よせ。すぐに力尽きる。」
言ったが、すぐに馬を駆けさせて行ってしまった。
黒地に真一文字の旗を掲げて、騎馬隊がそれに続く。
呼応するかのように、騎士達が出てきた。
二千強と言った所か。
勝負は、一瞬だった。
指揮官同士が、先頭でぶつかった。
騎士の首が飛び、男は股から頭蓋を斬り上げられた。
発狂したように、兵達が動揺する騎士達に群がり突き殺す。
騎士達が馬を反転させようにも、無数の槍や戟に阻まれた。
蟻の群れに飲み込まれるようにして、騎士達の姿は見えなくなった。
男の、遺体が運ばれてくる。
その顔は、微かに笑っていた。
「お前も、逝くのか。」
男が応える事はない。
涙は、出て来なかった。
人の死で泣く事は、もうないだろう。
「伝令。」
五十騎が、駆け寄って来る。
「全軍に伝えろ。殺し尽くせ。降伏など許すな。捕虜もいらん。」
一斉に、五十騎が散る。
王都が陥落したのは、それから十日後だった。
八十万の内、二十万が死んだ。
魔法使いが多く残っていたようで、犠牲が増えた。
仲間のほとんどが、平民やそれ以下の出身で、きちんと魔法を学んだ者などほとんどいない。
文字通り、屍の山を築いて城壁を越えたのだ。
王都に立て籠もった者で、生き残ったのは四名。
王と妃、王子と王女。
王子は、三人の前で切り刻んだ。
豚よりも肥えた、醜悪な生き物だった。
妃と王女は兵達に与えた。
一日とて、もたないだろう。
王は、王都の広場に立てた柱に縛り付けた。
恥辱と飢えの中で死ねば良い。
百六十年続いたエンリッヒ王国は滅亡した。