1.15級長『武器商人』上杉四季
掲示板サイトのカキコミ
1「『購買部』について語るスレ」
2「私学闘学校のサポート組織の方?」
3「三年前に15級長として入って来た上杉四季が抜けるらしい」
4「>>3 卒業だもんな」
5「武器マニアのことだし、購買部のサポートは続けるんじゃね?」
6「はいはい、実在しない人物の話しない」
7「>>6 公立闘学校乙」
8「なんで私立闘学校と公立闘学校って仲悪いの?」
9「私立は何とも思ってないけど、公立が何故か突っ掛かってくる」
ホテル 浴室
とあるホテルの一室。そこはかなりグレードの高い部屋のようで、浴室の広さがそれを物語る。そもそも、ユニットバスでない時点で部屋のグレードは高いのだろう。
そこには円形の大きな湯舟があり、花が幾つも浮かべられていた。幻夢高校生徒会長の宵闇夢憂は浮かぶ花を弄びながら、湯舟に浸かっていた。湯舟の淵に背中を預け、肩まで浸からずに湯が伝う鎖骨を見せる。
本来は手入れのために髪は纏めておくものだが、彼女はそうしなかった。綺麗な桃色の髪が湯に浮かび、キラキラと輝く。
「ふぅ…何処かに私の躯を熱くしてくれる男はいないかな?」
夢憂は不満げに呟き、手で肩に湯を掛ける。湯が揺らぎ、浮かんだ花も共に揺らぐ。浴室には花の甘い香りが蒸気に混じって充満する。
「あっ、電話」
夢憂は湯舟の淵に置いた電話が鳴るのを耳にした。彼女が背中を預けている淵とは反対方向だったので、湯舟の中を移動して電話を取りにいく。夢憂が起こした波で、花が彼女のために道を作ったかの様に動く。
「はい、もしもし」
『宵闇、お前を襲撃した生徒の件、どうなってる』
夢憂は電話に出る。彼女は電話が置かれた淵にもたれて電話をしている。なので、湯に揺らぐ髪が彼女の背中を見せたり隠したりして、蠱惑的な光景を作り出していた。
「色の剣軍に尋問させてるわ。あと、睡の忍軍が『購買部』の討伐に出てる」
『そうか』
確認が終わったのか、電話は切られる。夢憂はそのまま湯舟を上がり、淵に腰掛けた。細く引き締まった脚で湯を掻き回し、溜息を付く。
「のぼせちゃった」
ヌカタ・ダークフォレスト ブロックD『クラガリキャニオン』
かつては『くらがり渓谷』と呼ばれ、キャンプやバーベキューにうってつけの場所として親しまれた渓谷があった。しかし、そんな自然溢れるエリアも今は危険地帯だ。
昔、宇宙から地球に隕石が落ちた時のこと。隕石の電磁波が生物を凶暴化させ、生物の多い土地は一瞬で獰猛な進化生物『クリーチャー』の巣となった。このエリアはその一つである。
「みんな、大丈夫?」
そこを歩くには不釣り合いな女子高生の集団がいた。十人ほどの、その集団が着ている白いブラウスに紺色のプリーツスカートは明らかに高校の制服。だが、全員がゴツいブーツを履いていたり指が出せる穴開きグローブをしていたり、スカートのベルトにクナイなどの武器を収納してある。靡く長いマフラーも相まって、まるで忍者だ。というか、冬に半袖のブラウスは明らかな季節外れだろう。黒いニーソックスで脚は覆っているのだが。
集団の戦闘を歩くのはリーダーと思われる女子高生。ベルトには長い刀が二本差してある。マフラーの色は赤色だ。
マフラーの色は学年か階級を表してるようで、それぞれ色が違う。
「うーん。もうすぐ私立大学の推薦試験だから、購買部が試験を受ける生徒の為に武器の素材を調達すると践んで待ち構えたんだけど……」
舗装されてない砂利道の下り坂。リーダーは腕を組んで考える。彼女達の狙う購買部とは、私立の闘学校を支えるサポート組織である。クリーチャーが跋扈する世の中、それらに対抗するべく身の守り方を習う『防衛科』が必修になった。その防衛科教育を中心に行うのが所謂、闘学校なのである。
彼女達も闘学校だが、公立である。リーダーを初めとする生徒は、何故私立の闘学校と自分達公立の闘学校がこうして戦っているのかわからない人間も多い。学校の教員からやれと言われたことをやってるだけだ。
「今日は引き上げるか」
目の前に現れた巨大な沢蟹を刀で切り裂きながらリーダーは呟いた。この沢蟹はある日地球に墜落した隕石のもたらした電磁波で、ここに住む沢蟹が凶暴化したもの、これこそがクリーチャーだ。幸い、昆虫は進化に絶えれずにクリーチャー化していない。
リーダーは昆虫がクリーチャーになっていないことを、素直に感謝した。自分の背丈くらいある沢蟹でも十分に気持ち悪いのに、昆虫に巨大化されたら堪らない。恐怖のあまり気絶するだろう。
リーダーは刀を仕舞いながら、何故このクリーチャーを倒すのに銃器を使わないのかという理由を頭で反芻する。進学は考えてないといえ、学校のテストで赤点など取りたくないから防衛科の筆記試験は勉強していたのだ。
「ちょっと通りますよー」
「ちょっと!」
蟹を葬ったリーダーに声をかける人影があった。登山者のマナーである一礼をして普通に過ぎ去ろうとした人影をリーダーは呼び止める。人影が明らかに山登りの人間には見えなかったからだ。
人影は男子高校生だった。三年生であるリーダーと同い年くらい。しかし、山登りなのに学校の制服であるブレザーを着ているだけだ。リュックも何も持たない、完全な手ぶらだった。
リーダーはその制服と人相に見覚えがあった。前髪で目が隠れていたり肌が荒れていたりして、所謂『オタク』なその顔立ちは、探していた購買部の重要人物のものだ。眼鏡にも覚えがある。
「あんた、購買部の上杉四季でしょ? ハクロウ高校15級長、『武器商人』の……」
その名前を聞いた時、本人よりもリーダーの率いる部下達が不安げにざわついた。
「15級長?」
「桜花学院を一人で壊滅させた倉木闇人やシャークアイランド事変の主犯の青嶋牙子と同じ?」
「それってヤバくない?」
その不安を感じ取ったのか、リーダーは部下を諌める。15級長と聞けば危険さが先に際立つが、秋葉原にいそうなこの人物にそんな実力はなさそうに見える。
「大丈夫よ。前線に出ずに購買部なんかしてるってことは、15級長で一番弱いはずよ」
四季はそんな女子高生達の言葉を気にすることなどなく、何かを品定めする様な目で彼女達を見渡した。全員が四季の不気味な目線に後退りする。
「なんだ殆ど安物か。だが、収穫アリだな。双子の極業物『白雨』と『黒牙』」
四季の目はリーダーが腰に差していた長い二本の刀に止まる。それぞれの鞘が白と黒以外は違いの無い刀だが、双子の刀なのでそれも当然だ。
「『白雨黒牙』を知ってるの?」
「違う、『白雨』と『黒牙』だ。お前が黒い鞘に差してんのが『白雨』、白い鞘は『黒牙』。違いがわかんねぇのか?」
リーダーは四季の言葉に困惑する。双子の刀である白雨と黒牙、その特徴は二つの間で違いが無いこと。鞘と刀は『反り』が合わないと納刀することも抜刀することもできない。
例えば、『Aの刀』と『Aの鞘』がセットの場合、『Aの鞘』に『Bの刀』を入れることも『Aの刀』を『Bの鞘』に入れることもできない。しかし、この白雨と黒牙は反りも同じなので鞘を交換することができる。
黒牙の鞘に白雨を入れても、白雨の鞘に黒牙を入れても支障が無い。その違いの無さこそ特徴であるが、四季は遠くから刀を一瞥しただけで二つを見分けた。刀の刀身には一応、銘が打たれるものの、それは柄で隠れてしまう位置にある。リーダーには四季の見立てが正しいかどうか判別できない。
「全く、使用には支障が無くても刀の気分には支障が出るんだから気をつけろよ?」
「気分……ですって?」
リーダーは一瞬、自らの耳を疑った。四季は刀の気分を感じ取っていたのだ。それが、違いのわからない双子の刀を見分ける方法なのだろうか。
「そ、気分。俺にはこの距離からでもそいつらの居心地悪さがわかる。そいつはお前に過ぎたる物だから俺が貰っとくよ」
武器商人の二つ名を持つ四季のこと、武器に関する何らかの『能力』があるのは確かだ。リーダーは油断せずに距離を取り、『白雨黒牙』を抜く。
「やれるものなら……」
リーダーが言いかけた時、破裂音が響いた。四季が手に拳銃を持っていたのだ。銃口から煙が立ち上り、既に発砲されていることがわかった。
「え?」
リーダーは自分の胸からドクドクと血が流れているのを確認した。穴が空いていた。血は手で押さえても止まらない。そして、リーダーの体は崩れ落ちる。
「リーダー!」
その参謀である女子高生が叫び、状況を即座に確認する。リーダーは四季に撃たれた。どれだけ出血したらダメかはわからないが、危険であることはわかった。
何故クリーチャー退治に銃器を使わないのか。それはクリーチャー達が人類の主力武器たる銃器や一般的な刃物に対して強い耐性を持つからである。だから、クリーチャーの巣を歩く人間が銃器を持たないだろうと高を括っていたのだ。
「リーダーを連れて逃げろ! 私がここを抑える!」
参謀は他のメンバーに指示を出した。メンバー達がいなくなり、この場には参謀と四季だけが残った。
「いい判断だ」
「私は勝てなくても、時間さえ稼げれば!」
四季はリーダーが落としたはずの刀を探したが、それは既に回収されたらしい。諦めて参謀に向き直る。
「私は神力こそ身体強化しかできんが……策略ならある」
「策略か。身体強化以外にも神力で何かしてきそうだな」
神力とは地球に隕石が落ちて以来、人間に目覚めた力である。神力そのものは家電製品でいうとこの電気に過ぎず、人それぞれ、持つ機能は違う。電子レンジの様に熱を起こすことを得意とする者がいれば、冷蔵庫の様に冷却に長けた者もいる。
「行くぞ!」
「バレたらそう来るか!」
参謀は四季に複数の小さな氷柱を投げる。突然現れたこの氷柱は、参謀が自ら持つ機能を駆使して、神力で生み出したものだ。神力を消費して空気中の水蒸気を凍らせることこそ、参謀の持つ力。
「だけど苦手みたいだな」
「くっ……」
しかし、たかだか氷柱サイズのものを作るだけで脂汗を流して参謀は地面に膝を付ける。出来るとはいえ、あまり得意ではない。彼女は氷を作ることよりも神力による身体強化に鍛練を費やしたのだ。
神力を消費して筋力を上昇させる身体強化だけは、誰でもできる。
「小細工もバレたなら、真っ当に戦うしかないわね」
参謀は意識を集中させ、溜め込んだ神力で体力を回復させる。神力は食べ物という形で体に蓄えられる。身体強化で体の再生を早めたため、体力が回復出来たのだ。
「行くぞ!」
人間では本来出せないスピードで四季に肉薄する参謀。神力で身体を強化したからこそ、出来る芸当だ。身体強化を施すと刀剣、銃器での攻撃に対して高い防御力を得ることができる。だから尚更、相手が銃器など使わないと油断してしまったわけでもある。
クリーチャー達が銃器に対して強い耐性を持つのも同じ理由。神力という不思議なエネルギーを扱える力こそ、クリーチャーの進化を支えたのだ。
「危ね!」
四季はギリギリ、身体を左に反らして避ける。参謀は一旦距離を取り、相手の出方を伺う。相手は十五級長、今まさにギリギリで回避したとはいえ、調子に乗って追撃したらどうなるかわからない。
別の高校へ行った友人が十五級長の倉木闇人と戦った際、両腕を切り落として勝ったと油断したら、闇人は両腕を即座に再生させて攻撃したという話だ。
「そろそろ貴方が『武器商人』と呼ばれる理由を教えてもらえないかしら」
「仕方ないなー。みんなが使う武器の素材を思い浮かべてみろよ。クリーチャーの骨や爪、隕石からの電磁波で変質した金属だろ?」
参謀が聞いたら、素直に四季は答えてくれた。銃器や刀剣の効かないクリーチャーに打撃を与える方法、それはクリーチャーの狩りを見ればすぐにわかる。クリーチャーの牙や爪などで武器を作ることだ。
実際、彼女達の持つクナイはクリーチャーの爪を削って作られたものだ。クリーチャーに苦戦した人類は、クリーチャーの狩りからヒントを得て武器を作った。変質した金属も研究を進める内に有効だと気付いた。
しかし、あまり小さく細切れにすると効き目が無くなってしまう様だ。だから銃弾に加工できないのだ。
「素材は神力の供給がストップしただけで、神力を流してやればまだ生前の力を発動する。変質した金属も似た力を出せる」
四季は一本のナイフを取り出した。そのナイフは巨大で、ククリナイフという代物だった。だが、四季のコートにはそんなものは仕込めないはずだ。素材は何かの骨と見られた。
「何処からそれを……!」
「こいつの材料は巣穴に入る時、三分の一程度に縮むクリーチャーの素材なんだ。服を巣穴と思わせれば小さくなる。といっても、同じクリーチャーの素材から出来た武器じゃないと無理だがな。同じ種類のクリーチャーじゃないぜ。同じクリーチャーだ。刃の部分と柄の部分で素材を違う奴らから持ってきちゃうとこうはならん」
四季は立て板に水といった感じでペラペラ喋る。自分の好きなことはいつまでも喋り続けるその姿勢は正にオタク。
彼の持つククリは1匹のクリーチャーから作られたもの。四季はそれを手なずけて無理矢理収納したのだという。それが武器商人たる由縁なのか。
「こんなの、余興に過ぎんがなぁ!」
参謀が警戒する中、四季はククリナイフに神力を込める。刃先に風が集まり、渦を巻く。参謀はその様子を見て、あるクリーチャーを思い出す。初めて一人で討伐したクリーチャーだけに、思い出深かったのだ。
「まさか、そのククリは『カゼアナグマ』の素材から!」
「御名答。巣穴に入る時は小さくなり、神力で爪に風を集め、切れ味を増幅させるクリーチャーだ。だが、その風を操るのは俺! 熊じゃ思い付かない使い方だって!」
四季はククリを振る。山道を風が走り抜けた。瞬間、参謀の身体が浮き上がり、切り刻まれた。
「……っは!」
参謀が事態を把握する前に、彼女の身体は地面に落ちた。全身に激痛が走り、しばらく息が出来なくなる。制服の至る所に血の染みが出来ている。悶える彼女を眺め、四季はニヤリと口角を吊り上げる。
「う、ああっ!」
「俺が武器商人たる由縁は武器の声を聞き、その武器の性能を100%引き出すこと。よほど相性がよくないと100%以上は無理だがな。さっき、双子の刀を見分けたのは、その刀に使われる金属の声を読み取ったからだ」
参謀はなんとか立ち上がり、体勢を立て直すと、四季を観察した。武器の性能を100%引き出せるとはいえ、ククリそのものを上手く扱えるわけではなさそうだ。四季の姿勢を見れば、彼がククリを用いた戦いに慣れてないことが参謀にはよくわかる。
「ならば!」
参謀は身体強化を最大にし、自分が出せる最高速度で四季に接近した。
「させるか!」
四季は黙って見てるだけじゃなかった。ククリをもう一度振るい、風を起こす。しかし、その風が切り裂いたのは参謀の着ていたブラウスだけ。着ていた本人は見当たらない。
「そこだ!」
参謀は四季の背後にいた。ブラウスは脱ぎ捨て、丈が短いタンクトップ姿になっている。そして、振り返った四季のククリを蹴り飛ばす。ククリは天高く舞った。
「死ね!」
「馬鹿め!」
参謀がベルトのホルスターから取り出したクナイを四季に突き立てようとする。だが、四季は制服の両袖からある物を滑らせた。
「鉄爪?」
「俺は武器商人!」
気付いた時には遅かった。袖から展開した鉄爪は、参謀の目前に迫っていた。参謀はそれを避けれず、右の鉄爪で顔を貫かれた。
「ぎゃああああっ……ああぁあああ!」
彼女は顔を貫かれたが即死出来ず、声にならない悲鳴を上げた。鉄爪が頭を貫通したまま四季に持ち上げられた参謀は、脚をばたつかせて抵抗する。
「ひっ、ひあぁああ! 助け……」
「もう手遅れだよ。武器を手にして相対した時点でわかってた結果だろう?」
四季は悲しげに、助けを請う参謀の姿を見た。先程までの凛々しい参謀の勇姿はカケラも無い。両手で力無く四季の右腕を掴み、必死に脚を振る。彼女の足元には血や様々な液が水溜まりを作っていた。
四季は左の爪を参謀の腹部に突き刺す。タンクトップの丈が短く、締まった腹は剥き出しだった。そこに鉄爪が刺さる。
「んんっ!」
その悲鳴を最後に、参謀は絶命した。享年18。まだやりたいこともあっただろう中での死だった。
「なんてね。敵の死を悼むほど俺は高尚なエリート様じゃないのさ」
四季は爪に参謀の死体を突き刺したまま、森の木を蹴って空中を走った。今、四季が装備している鉄爪は爪の部分こそ隕石がもたらした電磁波で変質した金属『プレデター鉱石』を使っているが、手甲部には身体能力の高い『サーベルパンサー』の素材が使われている。
四季はサーベルパンサーの毛皮や牙などがあしらわれた手甲に神力を流すことで、サーベルパンサーが使った身体強化の恩恵を受けているのだ。
「おっと」
天高く参謀に蹴り上げられたククリを、四季は参謀の死体に突き刺す形で受け止める。
@
一方、リーダーを連れて逃げた集団は山の中を進んでいた。リーダーは血でブラウスを赤く濡らすものの、反対に肌は白くなっていく。既に体温は冷たく、手遅れだ。だが、集団は諦めずに進む。
「はあっ、はあっ、一緒に逃げましょう! 一緒に!」
リーダーを肩で支えて走る女子高生は息も絶え絶え、だが、自分を鼓舞して先へ行く。そんな仲間を見て、リーダーを支える役を変わろうかと一番後ろを走る女子高生が前に出た。表情にあどけなさが残り、後輩であると察することができる
「おいおい、仲間の死体を運ぶなんて、香港警察かよ」
その時、冷たい声が聞こえた。同時に足止めを買って出た参謀の変わり果てた姿が目の前に降ってくる。
「きゃあっ!」
月並みな反応をして女子高生は足を止めた。だが、それが間違いだと彼女はすぐに気づく。
「ぐっ、ぎ、あっ!」
まず、右の太股が引き裂かれた。万が一殺し損ねても逃がさないためだ。その後、ザックリと左肩がえぐられ、背中を裂かれる。
「がっ!」
彼女はそのまま顔と身体の前面を爪で引っ掻かれ、吹き飛ばされた。あっという間に肉塊と化した女子高生の身体は、集団の先頭に投げ出される。
「なっ!」
集団の先頭にいたのは、リーダーを支えていた女子高生。目の前の光景に戦慄し、足を止めてしまう。その僅かな時間が命取りになる。
「ん?」
突然背中を押される感じがして、胸に違和感を感じたので自分の胸元を見る。胸からは鉄爪が突き出しており、血が吹き出ていた。彼女は口から血を吐き出した。
「げほっ! はっ?」
後ろを辛うじて振り返ると、四季の姿があった。四季はリーダーの腰から二本の刀『白雨』と『黒牙』を奪うと、リーダーを支えていた女子高生もろともその刀で切り捨てる。刀の鞘はとっくに四季のベルトにあった。
「しばらくお前らの力借りるぞ、白雨、黒牙! なに、お前らが認める持ち主が現れるまでの話だ!」
「よくも、みんなを!」
四季は大喜びで二本の刀を両手に握り、挨拶をする。しかし、その彼にとっては礼儀である行為は仲間を殺されて武器まで奪われた女子高生達を激昂させた。
「私達を市立幻夢高校生徒会直属、『三大欲求』の内一つ、『睡の忍軍』と知っての狼藉か!」
「やっぱりお前らも徒党を組む奴が嫌いか。え? こいつら俺達『購買部』を狙ってたって? 教えてくれてありがとう」
四季は彼女達の問い掛けに答えず、刀と話していた。四季は武器の声を聞ける。職人が魂を込めて創り、使用者が命を預けた武器ほどその声は強い。四季もここまで会話が成立した武器は久しぶりだった。
「そりゃ、かわいい後輩は大切だ。へ? 成る程、大事なのは信頼関係か。徒党はつるむだけで信頼関係の無い奴らのことを指す言葉、ね。勉強になる!」
「聞いてるのか! 覚悟しろ!」
遂に我慢が出来なくなった忍軍の一部は、一斉に四季へ飛び掛かる。だが、白雨と黒牙は四季に的確な指示を与えていた。
「心配すんな。俺は武器の性能を活かせるだけじゃねえ。お前の記憶している前の使用者の技、戦闘法! お前らのレクチャーがあれば使える! 任せた、白雨ゥ!」
四季は右手の刀、白雨を振るう。巨大な炎がほとばしり、飛び掛かった忍軍を一層した。炎は忍軍だけを焼き、周りの樹木は焦がさない。
「馬鹿な! リーダーが使った時はこんな……」
「ったりめーだ。白雨は俺に応えてくれたからな。彼女の素材、刃は『インフェルノ鉱石』、背は『煉獄石』。それぞれハワイの火山と富士山内部で採れたこの金属はまるでコーンスープに浸したパンの様に極上のハーモニーを醸し出す。地獄の炎を宿した刀こそ彼女、白雨だ! おっと、あまり褒め過ぎると照れてしまうか、かわいいな」
その長台詞を四季が言い終えた頃、焼き払われた忍軍の死体が降り注いだ。人型の炭と見紛うほど焦げており、酸素を求めて口を開く。
「くっ、この私立しか行けない落ちこぼれが!」
仲間をことごとく殺され、残された忍軍も動く。四方八方から飛び掛かり、四季を襲う。
「レクチャー頼むぜ、黒牙ァ!」
四季は冷静に左手の刀、黒牙に語りかけた。黒牙は一斉に襲い掛かる忍軍が四季に迫るタイミングをコンマ数秒まで正確に見極め、四季に指示を与える。そして、四季は黒牙を信じて刀を振るう。黒牙の刃は忍軍達をバターの様に切り裂く。
四季が集中を解いた時、辺りには忍軍のぶつ切りが散らばっていた。この切れ味こそ、黒牙の持ち味。四季は想像以上の切れ味に興奮を隠し切れない。
「すげえ、刃は『ウルフラム鉱石』、背は『ケルベロス鉱石』、その組み合わせは合金としてなら最大の切れ味を作るが、逆に合金にしないと相性が悪くて武器になんか出来ないのに。本来、ウルフラムが雪山、ケルベロスが火山と同じ山に無いこの二つがたまたま長年の環境変化によって同じ鉱山で採掘されたために、最悪の相性を覆す団結力を得たのか」
刀は背と刃で違う金属を組み合わせて製造される。そのため、二つの金属の相性がものを言う。
四季は刀を鞘に納めた。ちゃんと、黒い鞘に黒牙、白い鞘に白雨を納めてある。ぶつ切りの忍軍の中、致命傷は避けて両腕を切断されただけの者が一人いたが、黒牙が切れ味の無駄と語るのでトドメを刺さずに立ち去った。
「そして、この鞘は素材が違う。黒牙には『狼休樹』の鞘、白雨には『冷白樹』で出来た鞘が最適だ。柄に使われている『フェンリルの骨』が切れ味を、『サラマンダーの骨』が熱量を高め、何より使用者の神力を刀によく伝える。こんだけの素材が同じ山で採れたのは奇跡だ」
四季は朗々と刀の評価を語り、そのまま下山していく。今の四季はよい刀を手に入れた満足感にいっぱいで、殺さなかった忍軍が後々面倒を引き起こすことは想像していなかった。
名古屋某所 会議室
「困りましたな、これは」
名古屋のビルにある会議室。そこにはスーツを着ている初老の男達が集まっていた。会議室の入口には「教員連スクールブラッド対策会議」と書かれた看板が置かれ、議題を訪れてすぐにわかる様になっていた。
円形に並んだ会議机に男達は集まり、資料をめくっていた。資料の内容はスクールブラッド、つまり防衛科の発達で生徒同士のいさかいや学校間の抗争が『戦争』と化したもの、その記録であった。その記録は一般に学園軍記と呼ばれ、事件がいかに戦争と化していたかが伺える。
「今年のスクールブラッドの発生原因、大半は私立闘学校と公立闘学校の抗争です。これは問題です」
「ああ、全く国に従わない私立闘学校が増えたせいだ」
男達はさも自分達が正義だという表情で議題を論じる。しかし、学園軍記から丸写しされた資料にはスクールブラッドの引き金が『公立闘学校が闘学校じゃない私立学校の生徒を襲った』『公立闘学校が無差別に学校を襲撃した』と書かれている。彼らが老眼で字が見えないだけと信じたい。
しかし、実際は自分が正義と信じているから質が悪い。私立闘学校を倒して自分達教員連に得があるわけでも無く、損得感情で動いてるわけでもないから尚更だ。
教員連は防衛科の創設に反対した教師が集まり、子供達に防衛科に力を注ぐ闘学校は悪と教えたのが始まりである。地域によってその力にはばらつきがある。
正式名称は『防衛科に反対して子供達を守る教員の連合』だったりする。始めこそ真面目に生徒の命を守ろうとしていたが、自衛隊だけでは国民を守り切れない現状などが重なって不利な立場になり、その反動で暴走した。
そうして偏った教育を受けた子供達が大人になり、教師になるためいつまでも偏った教育が連鎖する。
偏った教育を受けても、彼らの主張や行動に、特にクリーチャーの被害を受けた者が疑問を持っても、成績を操られて進路を狭められた。そうした者が教師を志しても、採用試験で落とされ、教育現場はいつしか自浄作用を失って泥沼の偏向教育にまみれていた。
「来週は私立レイメイ大学のAO入試がある。あそこは我々の勧告を無視して『ブラックリスト』に乗った危険な生徒を合格させた。公立闘学校に連合組ませて潰させろ」
男の一人が指示を出す。私立闘学校の反抗に晒された教員連は公立に闘学校を作り、対抗手段とした。これが私立闘学校と公立闘学校の対立の原因である。彼らの影響が無い地区では、公立闘学校でも私立闘学校と同じ方針であるのだが。
今、大人達のエゴによって受験戦争は本当の戦争になろうとしていた。
掲示板のカキコミ
760「で、まだ>>6がしつこく張り付いてるわけですが」
761「なんで四季を無かったことにしたいのか」
762「私立闘学校がいないエースの夢見ててウザいから」
763「>>762 いwるwかwらw 俺四季に武器もらったし。『このフェザーソードはお前に使ってほしがってる』って言われて。もう身体の一部みたいなもんだわ」
764「>>763 お前なんかに武器やる奴いねぇよ夢見んなカス」
765「まーだやっとる」
766「どうせ教員連の教師が『私立闘学校は違憲!』とか生徒に吹き込んで戦い煽ってんだろ? スクールブラッドの原因は大抵あいつらだ。マジ害悪」
767「>>766 それ言ったら公立の闘学校はどうなんだよw」
768「公立は国や自治体が管理してるから武力持って反乱しない。私立は個人が持ってるから違憲」
769「などと意味不明な供述しており動機は不明」
770「どうせ、自分達に都合のいい教育したいけど私立に行かれたら出来ないからキレてんだろ」