朝凪旅行記4 血のクリスマス事件
クエスト名:クリスマス臨時雇用
前金:無し
報酬:時給920円+昼夕賄い
依頼主:ドルチェ・スノーマン店長
概要
クリスマスは掻き入れ時なのですが、その分従業員が足りなくなるのよ。
仕事内容は皿洗いなどの雑用程度。今年のクリスマスを棒に振れる猛者はかかってらっしゃい!
12月24日 東京 ドルチェ・スノーマン
雪だるまの名を関するそのケーキ屋で、一舞は路銀を稼ぐ為に働いていた。クリスマスの掻き入れ時に、緊急でバイトを探していたのだ。
時給920円の短期アルバイト。1日8時間働けば7360にもなり、クリーチャー退治遠征用格安施設に泊まればそれなりの金を残せる。同胞団内戦での功績から、クリーチャー退治をしなくても宿無しという身なので使わせてもらえた。
政府は最低賃金の引き上げとクリーチャー退治の利便性を政策で引き上げている。1000年前よりは確実に政治家の質は上がっていた。誰しも単騎でクーデターを起こしうる時代故なのだろう。命懸けなので真面目に政治もする。
皿を四角いスペースに起き、箱を被せると皿洗いが出来る。それを聞いた時、一舞は凄く驚いた。
音を立てて洗浄される皿を箱の窓から眺めていると、ふと昔のことを思い出す。あの時、この機械があったら楽だったろうと。
6年前 白老第一ブロック 10月
北海道の白老では、ホワイトクリスマスも雪のバレンタイン珍しくない。台所の窓から見えるほど巨大な壁に囲まれた町でクリーチャーに怯える人々も、イベント事だけは律儀に熟すのだ。
北海道は10月ともなれば中部地方の真冬に相当する寒さとなる。その中、真水で一舞は皿を洗っていた。
「ほら、早く皿洗いなさいよ」
「……はい」
そこにいた頃の一舞は、その時は朝凪一舞という名前ではなかったが、家にはいづらい状況にあった。彼は何度も言い聞かされているから知っているが、この家に住む一家の母の姉が壁の外から来た男に強姦された結果生まれたのが一舞なのだという。
父親である男は町の人に殺され、母親は一舞を産んだ時に難産で死んだ。妊娠が発覚した時にはもう遅く、あの手この手で流産させようとしたが、一舞だけが生き延びた。初めは祖父母が面倒を見ていたが、どちらも他界した。この今に住む夫婦は、娘を犯した男の子供を見続けたから早死にしたのだと語る。
今は世間体もあり、仕方なくここの一家が引き取っているのだ。
「っ……」
光熱費がもったいないと、皿洗いにお湯を使うことは許されていない。小学校に通う頃の歳で既に、彼の手にはあかぎれが出来ていた。10月にもなるのに半袖のTシャツを着ていた一舞の腕には、所々痣があった。
今日は調子も悪かった。頭に漬物石でも乗せているかの様な状態だった。靴下も履かないので、霜焼けも痒かった。
「ゲホッ……」
咳が止まらず、呼吸するのも一苦労。風邪を引いても、病院はおろか風邪薬もくれない。その上こき使われては治るものも治らない。
「俺これがいいなー」
「サンタさん早く来ないかな?」
まだ10月だというのに、この家の子供達は玩具専門店のカタログを見てあれこれサンタさんへのお願いを考えていた。彼らがいい子というわけがないのは一舞がよく知っている。ストレス解消がてらによく殴られていた。先日、強く打たれた左頬はまだ痛む。
一舞はやり切れなくなって、洗っていた皿を残らず床に叩き付けた。祖父母が死んでこの家に来てからというもの、まともに学校へも行かせてもらえない。弟と自分の扱いの差、そして自分の出自にまつわることなど、いろいろな不満が貯まっていた。
祖父母もぎこちなくはあったが、最低限のことはしてくれた。娘の仇にも等しい一舞を愛そうとした努力を、彼は感じていた。出自を聞いた時、一舞は妙に合点がいった。そしてそんな自分を愛そうとしてくれた祖父母に感謝をせずにいられなかった。
「何をしている!」
この家に住む父の怒声が聞こえた。だが、そんなものは関係ない。悪いことをしたのは自分の父親であって、自分は関係無いはずなのだ。だから祖父母も一舞に複雑な気持ちがありながら、愛する努力をした。よく母親に似ているところを指摘していたのはその現れだ。
子供だった一舞に今の状況は我慢出来なかった。とうとう爆発して、こんなことをしてしまった。
皿を割ったくらいじゃ怒りは収まらない。食器棚の食器を全て引っ張り出しては片っ端からこの家の住人に向かって投げつけ、遂には包丁まで投げていた。
「屑の子供はやはり屑か!」
そのまま、一舞は逃げる様に家を飛び出した。外は雪が降っている。靴は無く、裸足でコンクリートの地面を駆けていく。足が痛もうが、とにかく今は走りたかった。
しばらく走ると、壁のあるところまで来た。走ったせいか、怒ったせいか、頭の漬物石が増えた様な気がしていた。夕飯の片付けをしていたから当たり前だが、既に辺りは真っ暗だった。
「ハァッ、ハァッ……ゲホッ、ゲホッ……」
冷たい空気を吸い、咳が酷くなっていた。空気は吐き出される一方で、倒れ込むほど息が出来なかった。
(もう、死ぬのかな……?)
咳込んでいると、雪を踏み締める音が聞こえた。つなぎを着た女性の作業員が近づいてきたのだ。
「大丈夫? 一体どうしたの?」
女性は一舞を起こし、壁に寄り掛からせる。背中をさすって咳を和らげ、ポケットに入っていたカイロを彼に握らせ、その手を両手で包んだ。
「お父さんかお母さんは?」
この問い掛けに一舞は答えられなかった。黙っていると、女性も察した様だ。
現代
売り場からクリスマスカードを撤去していた一舞は食器が洗い終わったことを機械が知らせる音を聞き、箱を開ける。食器を拭き、棚に戻して仕事は終わりだ。
クリスマスカードは雪だるまがあしらわれた、かわいらしいデザインのものだ。
過去を思い返す。どんなに幸せを手に入れても、結局クリスマスなど冬のイベントの前に潰えることが多かった。なので、今回もひょっとしたらと不安に思っていたのだ。
そもそも、あのまま幸せに暮らしていたら額田同胞団など入らなかった。そうで無いから、同胞団内戦に巻き込まれたのだ。
額田同胞団。隕石の持つ電磁波の影響で既存の生物が狂暴に進化したのがクリーチャー。そのクリーチャーの元となる生物が多数存在するエリアは当然、クリーチャーだらけの魔境と化す。それがダンジョン。そのダンジョンの一つ、『ヌカタダークフォレスト』を解放しようとしたのが額田同胞団だ。
縁も縁もない額田なんぞの同胞団に参加したのは、彼にある目的があったからだ。
「さぁ、これで店仕舞いよ。今までお疲れ様ね」
「はい」
スキンヘッドでオネエ言葉を話す店長が仕事の終了を告げる。一舞は事務所で着替え、荷物を持って店を出ようとした。頭の中は今日の晩御飯でいっぱいだ。彼の能力は待機しているだけでも相当にカロリーを消費する。特盛の牛丼に味噌汁と卵、コールスローサラダのフルコースにしたいと思っていた。
「あらお待ちになって! まだ帰るのは早いわよ!」
「え?」
途中店長に止められ、一舞は足を止めた。何か仕事に不備があったのだろうか。何やら、店員達が机に料理を並べていた。何が始まるというのか。
「うちの店ではクリスマスの終わりに必ずパーティーをする決まりになっているの。都合が悪くなければ参加していきなさい、小さな勇者さん」
「え? パーティー?」
なんと、クリスマス返上で働いた従業員の為にパーティーをしようというのだ。一舞には嫌な予感がしていた。上手く行き過ぎだ。少し怖くなって、このまま退散したい気持ちでいっぱいだった。祖父母の死を境に、クリスマスを無事に迎えたことは、今まで無かった。
都合が悪い、と言いたいが自分が旅の身であること、急ぎの旅では無いことを既に面接で言ってしまった。何とか上手い言い訳はないものかと思考を巡らせる。
『緊急放送、緊急放送! 現在、埼玉方面に「群馬同胞団」が出現! 東京に向かって首都高速を進行中!』
「群馬同胞団……あの時キッチリ殺すべきだったか!」
一舞は放送を聞いて剣に手をかける。群馬同胞団は県ごとダンジョン化しながらも県民は普通に暮らしている群馬県において、ダンジョン化を解こうと平和に暮らしている群馬県民に対して迷惑行為を繰り返しているチンピラだ。
群馬県民は毎年の『戦闘能力高い県ランキング』で1位を取るほど強いからまるで相手にしておらず問題は無いが、他の県なら間違いなく被害が出るレベルのことを平然とやる連中なのだ。
「店長、俺、いって追い払ってきます」
「そう。必ず戻ってきてね」
一舞は店長に告げると、そのまま走り出した。彼は群馬同胞団と戦ったことがある。同胞団を潰滅し損なったのだとすれば、このケジメは自分で付けなければいけない。
同胞団内戦において、一舞達『ヌカタダークフォレスト』内でクリーチャーと戦う前線部隊が反逆すると思い込んだ団長が世界中にある他の同胞団に呼び掛け、始末しようとした。たまたま森の外にいた一舞が合流しようとした他の同胞団を潰すことで事なきを得たのだ。群馬同胞団もその一つだ。
「俺が殺す」
一舞は棒付きキャンディの包み紙を剥がし、くわえた。よい子は走りながら物くわえないでね。
首都高速
クリーチャーが出現する以前は『自動車』の通る道であった首都高速だが、その自動車がクリーチャーの存在で運用困難となると、首都高速は入り組んだ町を上から駆け抜ける『人』の道になった。
1000年も前の高速道路は残っておらず、現在も1000年前と変わらぬ町並みをしているものはその大半が復刻されたものだ。話によれば、京都の法隆寺だけは最古の木造建築の記録を伸ばし続けている。
そんな昔の建物が現存するなど、ダンジョンでしかありえないのだ。
「まだあんなに残っていたのか……」
首都高速に着いた一舞は、そこを移動する群馬同胞団を見付けた。高速道路を埋め尽くさん限りの大群であり、散々一舞が殺したのにあれだけの戦力を保持しているという組織の大きさを感じさせる。
一舞は知らなかったが、実はこの群馬同胞団、同胞団内戦で潰滅させられた他の同胞団の戦力も寄せ集めていた。
「こりゃ、死ぬかもな……」
多勢に向かって剣を抜き、駆ける一舞は死を覚悟していた。敵も一舞を見付けている。
「奴だ! かつて我々に辛酸を舐めさせた朝凪一舞だ!」
「セイヤーッ!」
開幕早々、一舞は全力の黒龍斬を放った。空間ごと敵を切り裂き、空間が元に戻ると腹の辺りから血と臓物をばらまいて事切れた。
「黒龍斬……!」
開幕早々の黒龍斬でかなりの人数が削れた。だが、それに危機感を抱いたのか強そうなのが一人突出した。中性的二枚目イケメンで、ロングソードを手にした男だ。
「よくも同胞を!」
「知りもしない故郷のために戦うなんぞ!」
突撃の勢いに任せた突きを一舞は剣の腹で受ける。衝撃が強くて飴を落としてしまい、エネルギー供給がピンチだ。とにかく他の大群が近付く前にこの剣士を倒さねば、突破されてしまう。
「ハッ!」
突きを弾かれた後、すぐに剣士は態勢を立て直して上段から剣を振り下ろす。それを剣で受けた一舞は、ぶつかる剣を滑らせて互いの剣の鍔をぶつける。テコの原理だ。剣を持つ手という力点にぶつかり合う作用点が近いと鍔ぜり合いに必要な力も増える。
一舞は再び剣を滑らせ、相手の剣の鍔に自分の剣の切っ先がぶつかる様にして、一気に押し返した。
「終わりだ!」
押し返す時に剣を水平に振る。その勢いを殺さず、剣に振り回される様な形で踊るかの如く一回転し、ステップで相手に接近しながら水平斬りをぶつける。
だが、それを剣士はしゃがんで避けた。そして、一舞の脚を狙って突きを放つ。一舞は突きをジャンプで避ける。そこを剣士が、剣を振り上げて攻撃する。一舞は剣に一度乗って、弾かれる様に爆転しながら地面に降りる。
「しまった!」
そうこうしている間に大群が一舞を突破する。かなりの大人数で、この剣士を倒してから追い掛けるのは間に合わない。
「くっ……このままじゃ……」
大群を目で追っていたら、剣士の攻撃が迫っていた。それを剣で受け止めるが、剣士を倒すのに時間が掛かりそうだ。何より、ちょうどお腹が減っていてそこに『黒龍斬』なんて大技使ったため、力を使い切ってしまった。
その時、大群の足が止まった。何かに抑えられて進行出来ない様だ。上空にもヘリコプターが飛んでいる。
「手こずっている様だな、手を貸そう」
『賞金首を確認、「群馬同胞団」現リーダー、バルディッシュ。そして「額田同胞団」朝凪一舞です。一舞は協力者ですのでお間違え無きよう』
ヘリコプターが放送で情報を流す。大群を食い止めていたのは剣を持ったおじさんだ。
「賞金首? 俺が?」
『様々な理由により、個人に賞金をかけることはたまにあります。あなたの賞金は500万円です』
意外というか当然なのか、一舞の首には賞金がかかっていた。バルディッシュの賞金は警察が、一舞の賞金は群馬同胞団がかけているので一舞の賞金に正当性は無い。
「よそ見をするな!」
「加勢するぞ!」
バルディッシュは仲間と共に一舞へ攻撃を仕掛ける。既に一舞はエネルギー切れ。一人を捌くだけで限界だ。
後に一舞がハクロウ高校に入学した際、15級長『武器商人』上杉四季にこう言われたことがある。『お前の能力は消耗が激しい上に「跡付け」だから調整も効きにくい。メシを抜いたら死ぬと思え。積極的に間食を摂れ』と。一舞の能力は強力な分待機時でも膨大なカロリーを消費する。その上、一舞本人が食うや食わずの生活に慣れているせいで襲い掛かる急激な飢えにも耐えれてしまうのだ。体脂肪も少ないので、メシ抜きはすなわち死を示す。
「ほいさー!」
「むぐっ!」
救援に来た一人が一舞の口にバウムクーヘンを突っ込む。エネルギー補給だ。糖分はすぐに補給される。
『賞金首、アルテリオン確認』
「ウォリャー!」
エネルギーが回復した一舞は斬り掛かるバルディッシュとアルテリオンの二人を一気に水平切りで引き裂いた。
「アバーッ!」
「黒龍斬!」
敵二人は腸を撒き散らしながら上半身と下半身が放れていった。バルディッシュに至っては上半身が高架から落ち、地面に頭を打つ。アスファルトが一瞬で赤く染まった。
『賞金首の賞金も二人分、さすがです』
「う……黒龍斬はオーバーだったか……」
ヘリコプターから賞賛の声を聞き、一舞の意識はそこで途切れる。
警視庁本部 救護室
一舞が目を覚ましたのは翌日の朝だった。警視庁の救護室で点滴を打たれていた。
「うっ……」
起きると、枕元に何故かプレゼントとクリスマスカードが置かれていた。プレゼントは赤い袋と緑の袋があった。
「なにこれ?」
赤い袋には手紙が貼付けてあった。それは手紙というより、領収書に近い紙だった。
『賞金内訳
バルディッシュ:30万円
アルテリオン:25万円
特別報奨:5万円
計60万円』
「賞金か。よかった」
クリスマスカードはドルチェ・スノーマンで販売されているものだった。緑の袋にはドルチェ・スノーマンで働いた分の給料と一切れのクリスマスケーキが入れられていた。
『クリスマスパーティ、来られなくて残念だったわ。町を守ってくれてありがとう』
カードには店長からそんなメッセージが綴られていた。
「なんだ、何も無かったじゃん」
一舞は無事にクリスマスを乗り越えた。それは彼が、もう何も失わない力を手に入れたことを示していた。
朝凪一舞
〇装備
スティールソード
ラグーコート
〇アイテム
ステンレスのマグカップ
棒付きキャンディ
シランコウの素材
Kill:約2000




