朝凪旅行記1 私をスキーに連れていくんじゃなぁいッ!
依頼者:チャウス・マウンテンスキー場
依頼文
チャウス・マウンテンスキー場には楽しさいっぱい! 午後9時までリフトが動いているからたっぷり滑れるよ! 滑るのに疲れたら温泉もあるよ!
達成条件:????
(生態不安定)(習性未確認)
報奨金:不明
長野県 チャウス・マウンテン スキー場
「さすが新雪だ、滑りやすい」
「待ってよー」
千年ほど前はスキーにシーズンなんてものがあったらしい。今や、長野県のチャウス・マウンテンでは年中スキーが楽しめるのに、だ。それでもその千年前は地球温暖化が騒がれており、この現状を当時の人々に伝えても『嘘を言うなッ!』言われてしまいそうだ。
今、カップルが一組、積もりたての新雪の上を滑降していた。男の方は上手だが、女の方は慣れていない様子だ。
カップルの着る上等そうなスキーウェアや板から、スポーツを形から入るタイプ、それもかなり裕福な人間と見えた。裕福な人ほど、道具を揃えて形から始めることが多い。
「おーい、早く来いよ!」
男の方が振り返ると、いつの間にか女がいなくなっていた。雪の中にスキーのストックが落ちているだけである。
「あれ?」
男はブレーキをかけてスキーを止める。ここは平坦であるため、戻るのは容易だった。
「おーい? どうしたんだい?」
男がストックを拾って女を探していると、何かが潰れる様な鈍い音が聞こえてきた。
「ハッ!」
ストックを拾った場所の雪から、女の上半身が飛び出したではないか。腸を撒き散らし、女は雪の上に落ちる。既に息はない様だ。
「な、なな……」
そして、男の足元から何かが飛び出して、彼の足を食いちぎる。
「ギャピ!」
白い雪が赤く染まり、男が下に落ちた。血の臭いに誘われ、野犬の群れが集まってきた。野犬、とはいえ自転車くらいのサイズはある。そして、羽毛に覆われていた。
誰もいないスキー場に、ただ咀嚼する音がこだましていた。
バス 車内
『間もなく、チャウス・マウンテンスキー場に到着します。お忘れものの無い様お気をつけ下さい』
スキー場に向かうバスの乗車率は、そこまで高くなかった。ここのところ、スキーにシーズンというものが無くなり、どうしても一定の期間以内にいかねばならないということが無くなったためだろうか。
「着いたか、ここは何処だ?」
客が次々と降りる中、最後に一人の少年が残った。青いジャージを着込む、中性的な顔立ちの少年である。紫色の瞳は大きく見開き、下手すれば少女に見えなくもない。背負っているのは、ロングソードである。
荷物は小さな袋が一つ。身につけている防寒具は特に無い。
「えっと……最初にこれいれて、お釣りが出ないから小銭入れて……」
慣れない手つきで運賃を支払うと、少年はバスを降りた。辺りは一面の銀世界。ジャージだけでは明らかに寒そうだが、彼はあまり気にしていない様だ。
「君、寒くないかい?」
流石に運転手も見兼ねて声をかけた。少年は寒そうな様子も見せず、運転手に返す。
「え? 特に?」
「凄いな、この辺りは一年中マイナス20度なんだぞ?」
「ピンと来ないなぁ、マイナス20度」
少年はそんな発言をしながら、テラスハウスに足を向けた。運転手は最後に、少年へ質問する。
「スキー客には見えないけど、ここには何しに来たんだい?」
「とにかく北に行きたいんです。先生に『世界を旅しろ』って言われましてね、棒倒したら北だったんですよ」
少年はただ目的も無く旅をしているだけだった。運転手は少年の着ているジャージの左胸に、あるマークを見つけた。
「額田同胞団? あのヌカタダークフォレストをクリーチャーから解放しようとしている?」
「クリーチャーから解放する前に、もう解散しました。で、旅しているんです」
あっけらかんと語る少年は、そのままバス乗り場を去っていった。
「お名前よろしいでしょうか」
「朝凪一舞です」
少年、朝凪一舞はテラスハウスの受付で名前を聞かれていた。テラスハウスはログハウス調で、家具も木製だ。
「予約のお客様ではございませんね。ですが、キャンセル多数で部屋に空きはございます」
「へー、ラッキー。キャンセル多数?」
どうせ泊まれないだろうからシャワーくらいと考えていた一舞は、設備のことを聞きに受け付けを使っていた。ラッキーと思った矢先、キャンセル多数のことが気になった。
「キャンセルって、予約したのをキャンセルするアレ? 何があったの?」
「はい。何やらスキー場で怪死事件があった影響でしょうね」
「え? なんかマズイこと?」
一舞は受付の女性に事情を聞くが、怪死事件とのことだ。一舞の周りでは人が死ぬのも珍しくないので、気味悪るがる客の心理はよくわかっていない。
「よろしければ、スキーしていきませんか? 今なら板やウェアを無理で貸し出しますよ?」
「スキー?」
一舞はスキーを知らなかったため、受付の提案に乗れなかった。彼の様子からスキー初心者であることを感じとった受け付けは、さらにある提案を持ち出す。
「今ならスキー講座も無料ですよ」
「やってみます!」
スキー講座があるというなら、一舞もやる気だ。世界を見る、という目的からあらゆることに挑戦するのも必要になるだろう。
「では、インストラクターを呼びますので準備していて下さいね」
一舞は受け付けの言う通り、売店の店員から説明を受けながら青いウェアを着込んで準備した。靴を履くと、その独特の感覚に彼は驚いた。
「これ堅いな、武器か?」
「スキー板と足を固定する為の靴だよ。準備出来たみたいだな」
インストラクターが到着し、一舞は一緒にリフトまで向かう。インストラクターは若い男性である。リフトに乗り、頂上まで上った。
「では、この初心者コースから初めよう」
「これで滑るんですか」
一舞はインストラクターに教えられ、少しずつ滑る。初心者コースだけあり、傾斜は緩やかだ。
そこを教わりながら滑り、何回か滑っていると一舞も滑れる様になっていた。
「スキーの板をハの字型にして曲がりたい方向とは逆の足に力を入れて曲がるんだ。スピードを恐れて後ろに反り返ると、逆に止まれなくなるぞ」
一舞は初心者特有の、制御出来ないスピードへの恐怖心が無かった。
「止まれなかったら転んだ方がいい」
それどころか、緊急停止の転倒も難無く熟していた。インストラクターは一舞をただの客では無いと感じていた。
「あれは?」
6回目くらいの滑降で、先行するインストラクターは何かを見つけた。緩やかな地形に、何か犬の様なものが集まっていた。自転車ほどのサイズがある野犬達だ。何故か羽毛に覆われている。
「クリーチャーだ!」
「あいつら、『ウルフィン』か!」
インストラクターはクリーチャーとしか言わなかったが、一舞はその生物の名前を知っていた。ウルフィン、それがこの奇っ怪な野犬の名前だ。一舞は先行するインストラクターを抜かし、両手のストックを順手に持ち替えた。
普通、ストックは逆手に持つ。それを何故か剣の様に持っていた。そして、ストックに赤い閃光が宿る。
「セイヤーッ!」
ストックで一舞はウルフィンを切り裂いた。振り返り、インストラクターに叫ぶ。
「とりあえず追えないくらい痛めつけました! この場は逃げましょう!」
「お、おう!」
一舞とインストラクターはスピードを上げてその場を離脱した。ウルフィンは手負いで、死にはしなかったが彼らを追跡出来なかった。
テラスハウスでクリーチャーの存在を報告したら、支配人が出て来た。小太りのオッサンで、如何にも強欲そうだ。
「何故クリーチャーのことを黙っていたのですか! お客さんに危険が及ぶのに!」
「全部タダなんて通りでおかしいと思いましたよ!」
一舞はウェアを脱いで味噌ラーメンを啜りながら話しを聞いていた。ちなみにこれも無料。インストラクターと受付が支配人を責めている。
「あれは正体不明の怪死事件だ。クリーチャーはこの世界に存在しない。君達も学校で習っただろう?」
支配人の物言いに、インストラクターが待ったをかけた。
「違うね! 俺が学校で習ったのは『昔々、隕石が落ちてきて、その隕石が含む電磁波の影響で生物が狂暴に進化しました』だ!」
受付や売店の人が頷く通り、インストラクターの説明がウルフィンの正体そのままである。既存の生物がより狂暴に進化した『クリーチャー』。ウルフィンは隕石墜落当時、社会問題になっていた大量の捨て犬が進化したものだ。雪山に対応し、羽毛を備えたというわけだ。
「そして、人間はクリーチャーに対抗する為の力、『神力』を手に入れた。そうでしょ、お客さん」
「そうです」
急に話を振られた一舞は、スープを飲み干した。食器を片付け、使った割り箸だけを手にする。
「俺達人間は、訓練すれば大体運動能力の強化と何か一つくらい力が使えます。神力自体は家電を動かす電気みたいなもので、どんな仕事が出来るかは家電次第、つまりどんな力が使えるかは人次第です」
一舞は軒先から氷柱を折って持ってくる。それを手にした割り箸に突き刺すと、氷柱は砕けてしまった。
「俺の能力は斬撃強化。神力を物に纏わせて研ぎ澄ますんです」
次に一舞は、割り箸を持ってきて、深呼吸をする。すると、割り箸の周りに赤いオーラが現れた。
「これをこうする」
「氷柱に割り箸が刺さった!」
今度はその割り箸を氷柱に突き刺す。前は出来なかったこと以上に難しいことが出来るのだ。
「よく出来た手品だ。それより、クリーチャーなんてものはいないんだ。よければ、宿泊費もタダにするから泊まっていきなさい。怪死事件で客足がサッパリだ」
支配人は頑なにクリーチャーを認めない。クリーチャーの存在を認めない人は実のところ、一定数いるのだ。
支配人が認めなくても、一機がクリーチャーを狩ることは出来る。だが一定エリアからのクリーチャー駆逐が困難だから額田同胞団は壊滅したのだ。一機だけではウルフィンを駆除し切れないし、人を雇って人海戦術を使って駆除しても生き残りが子供を産んだり外からまたクリーチャーが来る。
故に、支配人にクリーチャーの存在を認めてもらい、このスキー場を閉鎖する必要があった。このままでは、また被害が出る。
支配人の配慮でスキー場の施設に宿泊することになった一舞は温泉に来ていた。露天風呂で、このスキー場が人気の理由だ。ちなみに、肌や髪に効果がある美人の湯として有名。この温泉から噴出する湯の花を加工したローションや温泉を含んだ泥を使ったエステも人気。
「ふぅ、どうしてもありがたく感じてしまうな」
一舞は同胞団の厳しい生活であまり風呂に入る機会が無く、こういう温泉をよいものだと感じるようになっていた。
湯舟に浸かりながら濡れた髪を指で梳かし、長さを確認する。背中辺りまで伸びている。
「髪切らなきゃなぁ。なんだかんだ切り損ねたし」
同胞団では髪すら満足に切れない場合もある。そのため、切れる時に丸坊主にするのが基本だ。タイミングの悪さから、一舞は同胞団で髪を切ったことが無い。
殆ど持ち物の無い一舞でも温泉に入れる様に、タオルなどは貸し出してくれる。特徴的な貸し出しアイテムは華やかな柄をしたバスタオルほどに大判の手ぬぐいで、これはこの露天風呂が混浴であることが理由だ。男湯と女湯の内風呂から外に出ると、湯舟の中央まで仕切りがあってそれ以降は仕切りが無い。
一舞が選んだのは黒地に椿が描かれたもの。適当に選んだら、なかなかセンスのいいものを見つけたのだ。それを胸元辺りで巻いていた。そんな巻き方だから、傍目から見れば女の子が入浴している様にしか見えない。
温泉ではタオルなどを湯舟に持ち込むのは禁止されているが、ここは混浴なので体を隠すためのタオルは持ち込んでいいことになっている。
この巻き方にはいくつか理由があり、まずは手ぬぐいが大判過ぎて腰で巻くと長すぎるというのが一つの理由。
「……気配?」
彼は気配を感じて、湯舟で立ち上がる。胸元で手ぬぐいを抑える様は完全に覗きを発見した少女だ。だが、この露天風呂には一舞しかいない。覗いて満足できるほど女も男もいない。それに、露天風呂は竹の柵でかなり高いところまで囲まれている。一舞がここで太刀を上に突き出しても、外からは先端だけが見えるくらいの高さだ。
それに、登れる木も雪山故に無い。覗きは不可能だし、混浴を見たいなら客として普通に入ればいいだけで、リスクを背負って覗く意味は無い。
「気のせい……かな?」
一舞は再び湯舟に浸かる。だがその時、大柄なウサギが竹の柵を突き破って温泉に飛び込んだ。白熊ほど巨大なウサギはラグーラパン。生きている時から肉で毛皮と呼ばれる、チキンに通じる酷い名前のクリーチャーだ。
どちらかと言えば、サイズ含め白熊に近い見た目だ。
「ラグーラパン! 手負いみたいだが……」
ラグーラパンは怪我をして荒れていた。手負いの獣は危険だ。右手が完全に食いちぎられている。一体誰にやられたのか。
「なんとかしないと……」
今は武器を持っていない。ヌカタ同胞団では入浴中にクリーチャーが現れるなど有り触れたピンチだが、ここまで強力なクリーチャーが来ることはないため、素手で倒せた。ラグーラパンは図体が大きいから素手では無理だ。
手ぬぐいを女の子みたいに巻いたのも、こういう事態を想定してのこと。腰に巻けば足に絡まるし、内臓の詰まった腹部を保護できない。手ぬぐいやタオルでは頼りないが、ないよりマシだ。
「これで!」
一舞はラグーラパンが湯舟から上がるより先に風呂を出て、洗い場に急いだ。ラグーラパンはガラス戸を破って侵入して来るが、足を滑らせてしまう。一舞は洗い場でシャンプーやボディソープを入手し、それを床にぶちまけたのだ。それでラグーラパンは転んでしまう。
雪山に棲息するクリーチャーならスリップ対策をしているはずだ。だがシャンプーの滑り易さは氷のそれと違う。だから、氷のスリップ対策は無意味だ。
数ある温泉がそうである様に、この温泉もあるシャンプーを導入していた。馬脂のシャンプーだ。ラグーラパンは草食動物なので強い臭いがつくのを嫌う。シャンプー程度の臭いでもクリーチャーには強烈、さらにそれがクリーチャーの素材で出来たシャンプーなのなら尚更焦る。
ラグーラパンが湯舟でシャンプーを落としている間に一舞は脱衣所に置いて来たロングソードを手にし、ラグーラパンへ斬り掛かる。
「覚悟しろよ! この毛皮&お肉!」
ラグーラパンは鼻先を水平に斬られ、湯舟を転げ回る。一舞は動きが止まった隙に、ラグーラパンの足や手を切って立ち上がれない様にした。
一舞が浴衣に着替えられるほど長い抵抗の後、ラグーラパンは湯舟で溺死して事切れた。
一舞はインストラクターや受付、支配人を呼んでこのことを伝えた。支配人がまだクリーチャーのことを信じてなかったので、絶好の材料となった。
支配人の判断を待つため、食堂に集まる事にした。クリーチャー退治のお礼にうどんを振るわれながら、一舞は話を聞いていた。
「ほ、本当にいたのか、クリーチャーとやらは。明日は団体さんが来るのに、スキー場を閉鎖する羽目になるとは……」
「何言ってんだオッサン。クリーチャーは1000年も前にいたじゃないか」
支配人はうなだれていたが、一舞にその理由がわからなかった。
「君、もしかして教員連を知らないのかい?」
「教員連?」
インストラクターは意外そうに一舞に説明した。どうやら、支配人みたいな対応はよくあることらしい。
「『防衛科に反対して生徒を守る教員の連合』、通称教員連。初めは真面目に防衛科に反対してたんだけど、長い歴史で歪んでな。防衛科を習う人間を悪と見なしたり、クリーチャーをなかったもの扱いするから厄介な連中だよ。あいつらの教育を受けたらああなっちまう」
初めはれっきとした理由があって防衛科に反対していたのだが、その教員連から教育を受けた生徒が教師になってまた教育してを繰り返すうちに『理由はなんだかわからないが防衛科は悪!』という感じになってしまった。
防衛科に反対する生徒に高い成績を与えたり、防衛科に反対する先生を教育委員会が採用したため、自浄作用は化石化して血を吐きながら続ける悲しいマラソンどころの話では無くなってしまった。スタート地点と進行ルートを見失っても、ゴールは見えている状態だ。
「防衛科? そんな教科あるんですか」
一舞は防衛科という教科すら知らなかった。それもそのはず、旅に出るまで額田同胞団という山奥の組織にいたからだ。
「防衛科ってのはクリーチャーに対応するための力を学ぶ学科だ。クリーチャーってのは野生生物だから、軍隊だけじゃ国民を守れないのさ」
何世紀も前の状況で例えるなら、蚊を潰す為に軍隊を要請するようなものだ。数が多過ぎて軍隊で対応しては人手が圧倒的に足りない。
「詳しく怪死事件の状況を教えてくれませんか? クリーチャーについてわかるかもしれません」
「うーん、そうね。最近だと両足を切断された男と下半身がどっかいった女の死体が食い荒らされていたねぇ。骨ごと何かに噛み切られていたって」
一舞は受付に怪死事件の話を聞いた。食い荒らしたのはウルフィンで間違いないが、男の足と女の下半身を食いちぎったのは別のクリーチャーに違いないと彼は考えた。サイズとしてちょっと大きい犬程度のウルフィンでは出来ない芸当だからだ。
「なんだかわかんないけど、クリーチャーと戦うならそれなりの装備が必要でしょ? 私は加工屋崩れだから、あのラグーラパンの素材からなんか防具作るよ」
「ありがとうございます。よく考えたら防具無しで戦ってた同胞団って……」
受付の女性は元々クリーチャーの素材を武器や防具にする加工屋だった。前述の教員連が授業の一環で『武器を売り捌く悪人退治』として加工屋の工房を襲撃することはまぁある話で、新たに店を構える資金が無い加工屋が引退してしまう場合もある。
国はそうした加工屋を保護しているが、マスコミは完全に反防衛科で表立った動きをするだけで無いこと無いこと書かれて内閣が解散に追い込まれてしまう。海外ではそんな日本政府に同情が集まっている。
同情するならマスコミ何とかしろと言っても、千年前から『報道の自由ランキング』で政府が規制しているわけじゃないのに先進国最下位を取っても気にしないジャーナリスト(笑)は暴力以外の方法ではどうすることも出来ない。
「とりあえず、明日様子見してきますよ。まだ大物がいそうだ」
一舞は、翌日に偵察を行うことにした。人を食いちぎるクリーチャーの存在を確認せねばならない。
一舞が泊まる部屋はシングルルーム。ベッドが一つにユニットバス付き。ログハウスっぽいながら機能的で、スキーの大荷物を置いても問題無い広さだ。
「テレビがある」
一舞はテレビを付けてニュースを確認した。クリーチャー絡みの事件は局で違いがあれどあまり報道されていない。ローカル局は普通に報道していた。
『先月未明、凶悪なクリーチャー「シランコウ」が発見されたため結成された討伐隊ですが、まだシランコウとの交戦に至っていません。皆さん、用心を重ねて生活し、討伐に協力しましょう』
「ん? なんだこれ?」
部屋に備え付けられたチャンネル表を見ていると、アダルトチャンネルなるものがあった。そこには貼紙があり、『これだけ無料にしときました。年頃の男の子だと気になるでしょ?』と受付の書いたメモが張り付けてある。
映画チャンネルなど他の有料チャンネルはキッチリ有料のままなので、一舞は仕方なくアダルトチャンネルを見ることにした。映画チャンネルの『沈黙の艦隊』という強いコックの話が気になったが、お金のない貧乏旅なのでなんともならない。
こういうのに縁遠い一舞初めとする額田同胞団。自由を手にした彼らは今どうしているのか。
「……」
何故自分は雪国で、常夏のビーチで水着になっているお姉さんの映像など見ているのだ。一舞は哲学的悩みに晒された。そのお姉さんがまた美人で、濡れて色濃く艶が出る黒髪に、整った顔立ち、細身ではあるが出るところが適度に出ている抜群のスタイル。
このスキー場に積もる雪みたいに白い肌は、黒いビキニを際立たせる。シャワールームで男と一糸纏わぬ姿で抱き合い、気持ち良さそうに声を上げている。そんな映像を見るのが大人は好きらしいが、まだ一舞にはよくわからなかった。
翌朝 スキー場
夜が明けると共に一舞は朝ごはんを食べて偵察を開始した。昨日斬り損ねた分もウルフィンを見つけ次第切り捨てる。スキー場の森の中には、ウルフィンが多数いた。このまま営業すれば、奴らに餌を提供するようなものだ。
手持ちのナイフで毛皮や羽毛、爪や牙を剥ぎ取って素材として手に入れる。戦闘するとどうしてもクリーチャーの損傷が激しく、全てを武器や防具の素材に使えるわけではないので、取れる素材は一部になるが。
それでも、集めて売れば路銀の足しにしたり出来る。この先、新しい装備が欲しいとなれば金も素材も必要だ。
飛び掛かるウルフィンを水平斬りで倒し、後ろに吹っ飛ばして背中を狙う別のウルフィンにぶつける。そうして転んだところを斬る。同胞団での生活で多勢の処理は慣れた。
「ウルフィンは群れで活動するクリーチャー。ボスがいるはずだ」
一舞はウルフィンのボスを探した。一際体が大きい奴がボスだ。
「いた!」
森を抜けて初心者向けの散歩道に出た一舞は、ウルフィンを率いるボスを見付けた。軽トラサイズのウルフィンがボスだ。
「喰らえ!」
ボスウルフィンが噛み付いてきたところをギリギリでかわし、額に切り傷を付けた。出鼻をくじかれたボスウルフィンは撤退を開始する。それを一舞は邪魔するウルフィンを蹴散らしながら追い掛ける。途中で見失っても、血痕で追える。
奴らは何処かに巣を作っているはずだ。一舞はスキー場の奥に使われていないホテルを見付けた。そこがウルフィンの巣だ。
巣の前には、合同で群れを成しているのか、複数のボスウルフィンと部下のウルフィン達がいた。一舞が巣に向かって走り出すと、ウルフィン達も向かってくる。一番突出したボスウルフィンを一舞は切り裂く。
その隙を突き、他のボスウルフィンが上空から飛び掛かって来る。そこを、一舞は剣を空に突き出し、赤い風を起こした。神力を飛ばしたのだ。ボスウルフィン達は飛ばされて雪に落ちる。他のウルフィンも飛ばされ、互いにぶつかったりしていた。
「セイヤーッ!」
掲げた剣を自分の目の前にいたボスウルフィンに振り下ろし、縦に切り裂いた。赤い斬撃は後方にいるウルフィンも吹き飛ばした。
「……黒龍咆」
技名は決まった後に言うのが朝凪一舞。後から迫ったボスウルフィンにも、神力を込めた斬撃を放つ。左上から右下に切り裂き、次に右上から左上に切り裂く。Xの字に斬った後、水平に斬ることで斬撃の軌道で赤い*の字を作る。およそ3匹のボスウルフィンが斬撃に囚われた。
「ウオリャーッ!」
その中央に突きを放つことで、斬撃を中央に集めて真ん中のボスウルフィンにぶつける。一舞は3匹のボスウルフィンの背後にいた。
「……黒龍槍」
次々とボスウルフィンやウルフィンを倒していく一舞の前に、死屍累々と死体が詰み上がる。
「あれ?」
しばらくして素材の剥ぎ取りに向かった一舞は、ウルフィンの死体が無いことに気付いた。
さっきまではあったのだが、雪の形が変わっており、ウルフィンの死体はない。誰の足跡も、引きずった跡さえない。
「なんだ?」
一舞は足元の雪が崩れたため、咄嗟にジャンプした。すると、雪の下から巨大なアンコウが口を開けて現れた。一舞は挨拶代わりに斬撃を飛ばし、舌を斬る。
「あれは……見たことないクリーチャーだ!」
大きさは軽く、下手な一軒家を越えるレベル。何とか食われるのは防いだが、これは倒すのに骨が折れそうだ。
アンコウは苦しみながら、口にしたと思われるウルフィンの死体を吐き出す。どうやら、口に合わなかったらしい。
「とう!」
ジャンプした勢いで近くの木に飛び移り、木と木を飛んで一舞はその場を離れた。あれはそれなりの対策と装備が必要そうだ。
「何とか逃げたぞ。帰って報告しよう」
一舞はテラスハウスに帰還し、一部始終を皆に伝える事にした。
山の麓 バス停
テラスハウスで情報を伝えた一舞は、すぐに下山することとなった。インストラクターや受付によると、それは『シランコウ』という危険なクリーチャーであることが明らかになった。
食べたら食べただけ大きくなるクリーチャーで、砂や雪なら掻いて泳ぐ事が可能だ。このまま戦えない人間がいると、餌を提供している様なものなのだという。クリーチャーならシランコウの不意打ちくらい察知できるため、餌は必然的に人間である。
それに、シランコウはコアラばりに偏食で人間しか食べないのだ。
厄介なのは『吹雪の鎧』と言われる技で、地表に現れたシランコウは吹雪を起こして身を守る。巨大になれば、その規模も当然拡大する。
「急いで封鎖しろ! このままでは大変なことになる!」
支配人も急いでスキー場までの道を塞いだ。スキー客を食べ続ければシランコウは更に肥大化し、吹雪の鎧が激化して町そのものが孤立、外部から救援が受けられなくなるかもしれない。つまり、最悪この辺りがダンジョン化するかもしれないということ。
ダンジョン、つまりクリーチャーの巣窟だ。一舞がいた額田同報団はダンジョン化したヌカタダークフォレストの解放を目指して壊滅した。ダンジョン化などしたら取り返しが付かないのだ。
「はい、これが装備です」
「ありがとうございます、助かります」
一方道の駅であるログハウスでは、一舞は受付の作った装備を着込んでいた。黒いファーの付いた、白いダッフルコートだ。ラグーラパンの毛皮とウルフィンの羽毛を使った暖かい防具である。なんと、ズボンまで作ってくれていた。
ログハウスは空調の効いた場所で、多くの人がバスをここで待つ。
装備を整えていた一舞達の耳に、何かを破壊する音が聞こえてきた。外に出ると、吹雪が強くなって封鎖のバリケードが破壊されていた。
「何事ですか?」
「ああ、大変なんだ! 予約していた青森県立林檎山高校の団体さん約200名を乗せたバスがバリケードを破って突入したんだ!」
「数日前から出ていたクリーチャー警報を信用せずに、今日の朝スキー場に向かったお客さんも帰って来てません!」
どうも、封鎖を無視した客がいるらしい。さらに、この吹雪は客が餌になった証でもある様だ。
「警報? そんなのあったのか?」
「無理もない、マスコミは政府に非協力的でクリーチャー警報は民放じゃ流さないんだ。一応、ここの警備隊には情報が流れていて客にも注意喚起はしているんだが……」
支配人は警報の存在に驚き、インストラクターは事情を知っていた。テレビでやっていないクリーチャー警報など突き付けても、テレビしか見ない輩は信用しないだろう。
「チッ、むざむざ餌になりに行く物好きがいるらしいな」
一舞は悪態をつきながら、封鎖されていた道路に入る。これは一大事だ。無理にでも止めないと、本当に全員の命が危ない。
「これを使え! 警備隊用のバイクだ!」
「はい、いってきます!」
一舞は警備隊のバイクを使い、バスを追い掛けた。バイクのタイヤにチェーンが付けられ、拡声器もある。曲がりくねった山道を駆け抜け、一舞はバスの一団を見付けた。バイクは雪に対策があるため速く、バスはチェーンすら付けてないせいでゆっくりしか進めない。
「警告です、この先にはクリーチャーがいます! そいつは食ったら食っただけ強力になるので、貴方達が食べられておしまいじゃないんです! 最終警告です、帰らないとバスを叩き斬る!」
一舞は最後の警告を出した。だが、バスの高校生達は話を聞かない。
「何言ってんだ、こちとら予約してんだ。運転手も怖じけづくもんだから仕方なく自分らで運転してるし、クリーチャーなんて与太話信じられるか!」
「仕方ない、食われる前に皆殺しだ」
一舞は皆殺し以外に手はないと考えた。これ以上説得を続けても、話を聞かないのならシランコウの餌になるのがオチだ。
それに、罪の無い下の町にいる人達と再三に渡る警告を無視した高校生。二つの命を天秤にかけた時、切り捨てるべきは後者だ。幸い、シランコウはウルフィンの様に死肉を喰らうクリーチャーではない。
「地獄行きだ、減刑願いは閻魔様に頼みな!」
一舞はアクセルを蒸し、バスの一団の先頭へ向かう。その際、剣に神力を込めてバスを切り裂いた。バスと同時に斬られた高校生達の悲鳴が聞こえたが、一舞は自業自得の因果応報程度にしか感じなかった。
さすがに剣の長さが足りないため真っ二つとはいかないが、バスは熱したナイフを入れられたバターの様にサックリ斬れた。鉄は斬れない一舞だが、それは金属が神力を纏っている場合の話。
運転席を敢えて避け、バスを攻撃していく。
「よし!」
先頭のバスに追い付いた一舞は、そのバスの後輪を斬って一気に走り去る。バスのタイヤが高い空気圧から爆発し、バスは道路を塞ぐ様に横転した。
横転したバスに次々と他のバスが追突。所詮は無免許運転だ。そこに山からシランコウが飛び出したが、一舞には秘策があった。
「爆ぜろ!」
斬撃を一つ飛ばし、横転したバスにぶつける。すると、バスは爆発し、連鎖的に他のバスも爆発した。シランコウはそれに巻き込まれた。
「これで200ほど死んだか。それ以上の命が救えたならそれでいい」
さすがに炭化した肉では栄養にならない。ついでにバスが侵入禁止のバリケードになるだろう。シランコウも口を開いた時に爆発を受けたため、大ダメージを追った。
「さて、トドメタイムか?」
一舞は炎から這い出たシランコウに剣を構える。シランコウはゆっくりと一舞に向かって来たが、その時、ブレザーの集団がシランコウを囲んだ。
「なんだ?」
「シランコウ相手によく対応してくれた。ここから先は私達、ハクロウ高校に任せてくれ」
ハクロウ高校を名乗る集団はシランコウを四方八方から攻撃し、忽ち息の根を止めてしまう。
シランコウは最後に大きく震え、山道で息絶えた。
「では、素材は君が有効活用してくれ」
「なんだったんだ? あいつら」
集団は仕事だけ終えると、さっさといなくなってしまう。一舞は素材を剥ぎ取って帰る事にした。
「ハクロウ高校ですか? あの愛知県最強と呼ばれた?」
町に帰り、道の駅の食堂でシランコウの討伐報告をした一舞は、受付にハクロウ高校の事を聞いた。どうやら有名な学校らしい。
「愛知県最強? 通りで強いわけだ……」
「元々、この辺りは闘学校が少ないですもんね。これからどうします? 北に向かうならバスありますよ?」
支配人から報酬を受け取り、一舞はバスに乗って北を目指す事にした。
バス停でバスに乗り込み、チャウス・マウンテンを離れていく。一舞の、この場での戦いは終わった。だが彼の旅と人類とクリーチャーの戦いは終わらない。
報告書の記述
『最も多くの人命を奪った個人』は誰か? その問いに答えるのは容易ではないが、スクールブラッドの記録を引けばある程度候補を絞れる。
その一人が朝凪一舞である。彼は『額田同報団内戦』を初め、多くのスクールブラッドで多数の敵を殺した。同戦闘において行った『額田百人斬り』や物議を醸した『茶臼山虐殺』、袁術防衛科総合学校における『袁術千人殺し』が主な原因である。




