空に星が輝くとき
この世界は星獣によって支えられている世界である。
大国と呼ばれる国は八つ。四方にひとつずつ存在し、人の目には見えない天空、海底、火山、そして砂漠の中にひとつずつ国があると言われていた。八つの大国のうち、四方にある国々を四洛《しらく》と呼び、人の目から隠された国々を四極《しきょく》と呼んだ。
人々の多くは四洛に住まい、四極の国々もまた伝説の上に存在する国だと思われていた。
神話に語られる世界はこの八つの国は、星獣という獣が祭られている。この世界の支柱にして永遠の時を生きる獣。そんなものが存在していると多くの人間は信じていなかったのだ。四洛を生きる多くの人間は、星獣は神話の中にいるものだと信じていた。そして数少ない真実を知る人間たちは、星獣が長い時の中で代替わりすることを知っていた。
そして、こうも語り継がれていた。星獣を手にする者は、世界を制する、と。
***
どうしてこうなったんだろう、と冷や汗がだらだらと流れ落ちるのを感じた。
「ああん? 兄ちゃん、今の状況わかっとんのかこらあああああ!」
「はいっ、わかっています! ごめんなさい!」
「ごめんで済んだら警備兵はいらんのじゃ!」
初めて来た都市が珍しくて田舎者丸出しで城塞都市を歩いました! と主張したところで切り抜けられないだろう。
たまたま運悪くぶつかった相手が傭兵崩れで、昼間らか酒を飲んでいたらしく足元がおぼつかなかった。ふらふらなところに肩がとんとぶつかり、あっさり派手に転ぶ羽目になって、運悪く、その男の仲間らしい傭兵崩れ五人ほどいた。
そして周りを囲まれて謝罪を迫られているのだ!
「でもお金持ってないんですよ!」
「ああ? 嘘をつくな、嘘を!」
「どうぞ! なんなら身体検査をしてくださって構いません!」
ひょーい、と思い切りよく両手を上げる。あまりの潔さに傭兵たちは「お、おお」とひきつりながら服の上から触れてくる。
自信を持って言える! 自分は村人Aだ、と。
どこからどう見ても普通のシャツに、安っぽいズボン! 実際銀貨一枚で購入可能! もちろん旅人風味にマントを羽織っているが、その下に剣を持っているなどというお約束はない。
装飾品もなければ財布も持っていない。仲間の一人からトラブルほいほいと名付けられ、それ以降金銭の類を持たされたことがないのだ!
「う~、ぬ、ぬ」
「いや、ほんと、申し訳ないんですけど、僕お金もなければ知り合いともはぐれているかわいそうな子なんで、身ぐるみを引っぺがされるのはちょっと困るんですけど」
傭兵たちも人の輪が周囲に形成されつつあり、本当に一線も持っていないことがわかってきたのだろう。明らかにぼろぼろな見かけをしていて、これ以上絞り取れそうもないとわかる。
「なんじゃ、金がないのか!」
「はい! その通りです!」
「ふんっ!」
ぶん、と勢いよく振られた手は、丸太一本分くらいあるに違いない。うわあ、と気の抜けたような声を出して思わず避ける。
「ああ!?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! だっていきなり腕が!」
そうやって言い訳をしている間にも次々と腕が振られてくる。いや、腕だけではない。腹を狙ったこぶしも、足払いを狙った蹴りも、急所を容赦なく狙う膝も、ひょいひょいと避ける。
「お前! 何を避けるんじゃ!」
「え、だって当たったら痛そうじゃないですか」
「避けるな!」
「避けるに決まってますって! 痛いこと、オレ、嫌いなんです!」
「金がないんじゃろが!」
「え、お金がないと殴られるとか、そういうことなんですか!」
さすがは大きな都市は違うなあ。そんなルールがあるなんて知らなかった。五人が一斉に襲ってくるが、蹴られたり殴られたりするのは苦手だ。
「避け続けたらタダになるとか、ありますか?」
「くそう!」
「ちょこまかと!」
「ちょっとー、話聞いてください、よ!」
殴られないとチャラにならないなんて、そんなことは知らなかった。一緒に旅をしてきた仲間たちも教えてくれなかったのだ。もしかして、あまりに常識だからわざわざ言われなかったとか? と世間知らずを自認している以上、そうとしか考えられない。
仕方ない。一発食らい殴られれば解放されるのだろう、と逃げるのを辞めた。あんまり時間をかけすぎると、それこそあとでとんでもないお仕置きが待っているのだと知っている。
傭兵たちはぜいぜいと肩で息をしながら、舌なめずりをする。
「お、おお、ようやく観念したか!」
「黙って殴られろ!」
「ええー……とお、一発ぐらいでお願いします」
嫌だなあ、と思いながらも来る衝撃に備えて腹に力を入れる。どうせ痛いのでも、なるべく痛みが少ないほうがいいに決まっている。
その、次の瞬間だった。
「おぐ!」
「ぐへ!」
「げぼおおお!」
目をつむっているということは、自分ではない誰かが引き起こした惨事。明らかに目の前の傭兵たちが出しただろう悲鳴が聞こえてきた。
ああ、目を開けたくない。開けたらなんか、負けた気がする。
しかし時として現実は残酷に、真実のみを突き付けてくるのだ。
「……迷子にならないように、次から首輪でもつけておく? 飼い主ジュンって名札もつけて」
にっこりと笑っている一人目は、本気で怒っているのだろう。普段はきれいな緑色の目が笑っていない。神官なんてすごい立場に立っているというのに、全く持って神官らしくない。そんなことを口に出した瞬間に即正座コースだとわかっているから口をつぐむしかない。
「ジュンジュン、首輪じゃ生ぬるいよ。両手を固定できる術式ってなかったっけ? ラサ、持ってないの?」
にやにやと笑っている二人目は、言っていることがひどい。そりゃあ毎回迷子になって迷惑をかけているのは自覚しているけれども。
ふわふわの髪の毛を指に巻きつけて、どこの貴族だ、と突っ込みそうになった。自由気ままに生活してきたから他人に合せるのが苦手と聞いているが、本当にどこまで本気なのかわからない。
「ジュン、エース、二人とも、そのあたりにしておけよ。また泣かれると困る。俺がなだめることになるんだぞ。あと、ラサは術式展開しないように」
諌めてくれた三人目は、最後に一言付け加えなければ安心して頼っていい人物だ。ごめんなさい。黒髪できっちり武装している職業元騎士というだけあって、彼は人一倍真面目だ。真面目な分、説教が始まると非常に長い。そのあたりも非常に真面目だ。
タケハヤ固いよー、なんて諌めた二人に言われているが、その点に関しては同意する。
「持ってるけど……あー、疲れた」
四人目に至っては本音全開だった。短く刈り上げた髪に今にも閉じてしまいそうな目が雄弁に語っている。
本気で疲れているからこそ、術式展開しなかったんだとわかっている。本気で面倒だと思っているのもわかっている。決してかわいそうだとか同情してくれたわけではないとわかっている。
「……みんなあ……どこに行ってたんだよお……」
「どこに行っていた、って、お前がはぐれたんだぞ。主に俺が探した」
一番に近づいていくのは、当然保護してくれる人物に決まっている。説教がついてきても変わるはずもない。面白くなさそうにジュンとエースが見つめてきたが自分の身をわざわざ危険にさらすはずもない。自分の身は最低限自分で守れと教えてもらいました!
そこまでわかっていても、泣き出しそうになったのは、当然だ。おのぼりさんなのだ。心細かったのだ。頼りになる四人に会えて心底ほっとした。
突然現れた四人は、あっけなく傭兵たちをこぶしで黙らせた。そしてその四人がことごとく美形だったために、ただでさえ人の輪ができていたのにも関わらず、歓声までも上がる。まるで何かのお祭りのような騒ぎだった。
そしてこの四人のすごいところは、この状況をことごとく無視できるところだと思う。
「だから、俺の案を採用でどう?」
「えー、でもそしたらジュンジュンだけのってことになるんでしょ? 俺、この子のこと、気に入っているし、それはやだなー」
「ラサは興味ないだろうから、俺とエースの勝負ってことでどう?」
「んー……」
「そこ! 二人でシンの処遇を決めるな。俺も入れろ」
よしよしとなだめられつつ、しっかり怪我がないかチェックをする傍らでジュンとエースの会話を聞いているなんて、すごいなあ、とタケハヤを見上げる。
「ごめんね、タケハヤ。オレが迷子にならなければよかったんだよね」
「最初からそう言っている。今度こそ、おとなしく誰かと手をつないでいてくれ……」
「いやそこは男子としてあまり嬉しくないじゃない?」
「それで迷子になるくらいなら、プライドを捨てろ」
「ええ……?」
言い含められるがそこはできたらごめんだ。迷惑をかけないように、今回だってつかず離れずの距離は保っていたのだ。唯一の誤算は歩く速度が圧倒的に四人の方が早かっただけだ! と主張しておく。普段はそれで問題がなかったのに今回は運がない。
にぎやかな言い合いは周囲の様子を気にしていなかった。
だが、突然タケハヤが顔をあげ、ある一方を鋭くにらみつける。
「ラサ」
「んー……これはまずい。ちょっとみんな、移動するよ」
会話に全くといっていいほど入ってこなかったラサが、一言告げた。
そして、地面が揺れた感覚がしたかと思うと目の前の景色が一変していた。
にぎやかな城塞の中にある市場から、一面の草原へ。ぐるりと周囲を見渡しても、見える限り草と背丈の低い木しか見えない。
「……ラサああああ!」
「う、っわ、久々に無理やり飛んだね。悪酔い」
人を一度に五人も同時に移動させるなんて荒業を披露しておきながら、ラサは涼しげな顔をしていた。むしろ、これだけ突然の転移に即座に対応して悪態をついているジュンとエースがありえない。
未だめまいが収まらずぐらぐらする視界と、体をなんとか支える。タケハヤが隣で支えてくれている分には、存分に甘えておくことにする。
「……シン、平気か?」
「へ、平気……じゃないかも」
「吐くな。飲み込めよ」
ひどい。しかしこみあげる吐き気を必死にこらえる。タケハヤは無駄なことを言わない。
タケハヤは周囲の状況を素早く確認し、告げる。
「ラサ……城塞からどの程度離れた?」
「次の町に近いように調節はしたけど、力いっぱい」
「……そうか……」
食糧は買っているからいいか、と哀愁漂うタケハヤの背中にジュンとエースの文句が重なる。
「俺まだあの都市の名物食ってないぜ!」
「柔らかいベットと温泉は?」
「次の町までお預けだ。ラサの言い方からすると夕方には到着するから頑張れ」
あからさまに空元気だとわかるタケハヤに、ジュンとエースは文句を言い重ねた。
「ご、ごめんね」
そもそもシンが迷子にならなければよかったことは事実だ。そして、転移の直前にタケハヤの様子が変わり、追手に感づかれたと判断したからこそ、ラサは転移を使ったのだ。
「はいはい、何事も悪いことはずべて自分が原因と思ってすぐ謝る癖は直さないとお仕置きだよー。確かにシンが迷子にならなきゃもうちょっとあそこにいられたのは事実だけど」
「エースの言うとおり。今文句言っているのはお前に対してじゃなくて、どっちかっていうとラサに対してだからな。せめてもうちょっと歩かなくていい距離でどうにかならなかったのかよ……」
「それは無理むり。俺がどんなに凄腕の魔術師でも人数多すぎだったから。お前ら識別するだけでも凄技だから。今回の奴ら、かなり腕が立つみたいだったし」
「ぐわ! わかってるけど愚痴ぐらい言わせろ!」
ジュンとエースは言いたいことを口に出すが本当に必要なことはきちんとシンに告げる。いじるときは全力で必要以上にいじられるのだが、二人がこうして言う分にはこくりと首を傾けて納得しておいた。
「歩けるか?」
タケハヤの言葉にもまた、こくりとうなずく。頭痛は収まった。急な転移にも慣れてきたのだ。
この旅が始まったときには、全くもって足手まといでしかなかったが、それでも少しずつ、成長している。
「頑張る!」
「頑張らなくていい。きついときはきついと言っていい」
ぽん、と頭を撫でられる。
「お前が怪我をしては元も子もないんだから」
「……うん」
追手を退けながら延々と逃げ続ける日々は、延々と終わりが見えない。この四人が一緒にいてくれるのも、役目があるからだとわかっている。
ただ、それが時折さびしいだけだ。
にぎやかな言い合いをしながら歩くジュンとエースに、腕組みをしてのんびりラサが続く。
タケハヤは今度こそ迷子にならないように、しっかりシンの隣を歩いてくれる。
この世界のことなんてほとんど知らない。人間は大勢いてすごいな、と思うことはあれど、それを助けたいとか大切だという気持ちを得たことはない。
だが、一緒に旅をしてくれる四人のことは好きだと思う。
「……オレ、立派な星獣になるから」
タケハヤの手のひらをぎゅ、と握りしめて告げた。聞こえたのか、聞こえていないのか。
ただ、タケハヤが手のひらを握り返してくれた。それだけで嬉しかった。
***
星獣が堕ちたという噂が回ったのは、今から三年前のことである。四洛を収める四人の王は、伝説だと言われていたことが事実だと知った。三年前、各地を大規模な天災襲ったからだ。
世界を支える星獣が死んだ。その国の支柱は存在せず、世界は不安定になりつつある。それは、同時に新たな星獣の誕生を示していた。
八つの大国を支える柱である星獣は手に入れると世界を制することができる。目の色を変えて手に入れようとするのは当然だった。
一刻も早く、新たな星獣を支柱としなければならない。星獣を手にしようとする輩を退けつつ、生まれたばかりの星獣を国へと届ける役目を持つものが選ばれた。
これは、世界を救うための旅を記したものである。
簡易キャラ紹介
シン 四洛に誕生した星獣。見た目は十六歳ほどの少年の姿をしているが、三年前に誕生したばかりなため、世間知らずのぽやぽや。無邪気で人を疑わないが身体能力は高い。タケハヤに一番懐いている。
タケハヤ 四極 焔王国出身 本国では筆頭騎士という地位を持っていた苦労人。四洛に星獣誕生の知らせを受け、国王の命令にてシンの保護者となる。保護者の中では二番目の年長。
ジュン 四極 天翼国出身 星獣を神とあがめる国柄だが、本人は至って不良神官。神官にしては俗世に詳しく、また四洛についての知識も豊富。シンの保護者の中で一番年齢が低いため、よく年上ぶって話をする。エースとは馬が合うのか、二人そろうと大抵暴走する。
ラサ 四極 砂岸国出身 本人はのらりくらりとしていてつかみどころがない人物だが桁外れの魔術使い。何事にも流れがあり、個人の意思と関係なしに流されるもの、と思っている節があり、四人の中では一番達観している。
エース 四極 海帝国出身 エースは偽名。本名はないしょ。思ってもいなかった反応をするシンに対して興味津々でからかいまくっている。その有能さは主に頭脳に発揮され、ほかの三人と比べると戦闘力が落ちる。