表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

虚空の鞘

作者: 黒人


私は鳥

食事も出る

寝心地の良い布団もある

しかし、私は不満だ

鳥籠から出れないし、監視員が常駐する

さらに、鳥籠の中なのに足には鎖が巻き付いている

鳥籠の目の前で倒れている小鳥さえも救えない

これって幸せって呼べるの?




†††††††


「達じぃ、散歩に行ってきても良い?」

「良いですよ千鶴さん。ただし、帰りはお早めにお願い致しますぞ!!」

「分かってる」

「ではあと近くの煎餅屋で醤油煎餅を買ってきて下さい。お金は出しますので」

「了解。じゃっ行ってきまーす」

そう言って私は車から降りてどしゃ降りの中、傘を差してぶらぶらと歩き出した。





達じぃは私の一番の理解者である。

私が『お嬢様』と呼ばれるのが嫌いなのを知っていて二人だけになると『千鶴さん』って呼ぶ。

それだけじゃない。

私は普通の家庭で行われていることをしたかった。

お使いやお手伝い、失敗して親に怒られることすらも私には羨ましかった。

しかし、父親と母親は何をしても『気にしなくて良いからね』と甘やかすだけで私は日に日にイライラを募らせていった。

そんなある時、私は自分を傷付け始めた。

リストカットをしたり、壁に拳をぶつけてやり場のない怒りを発散していた。

しかし達じぃはすぐに私の変化に気付き、私は執事室に呼ばれた。

達じぃは『自分を傷付けて何になる!!!』と本気で私を叱ってくれた。

あの日はボロボロと涙を流し、達じぃに泣きついた。

それからは何かあると達じぃに相談した。

無知な私は博識な達じぃに聞かないと分からないことが多すぎた。

一番多く質問したのは今でもよく覚えている。

あれはパーティー後だった。





「ねぇ達じぃ、何で人間って醜いの?」

「はい?」

「自分の欲の為に媚を売ったり、親の七光りなのに『自分はスゴい奴なんだぜ』みたいな馬鹿な御曹司。もう私には耐えられないよ」

「それが人間の本来の姿なのかもしれません。傲慢な者、醜い者…………こんな者は世の中なは数多くいますよ」

「…………信用出来る人間っていないのかな?」

「自らを危険人物と呼ぶ者」

「えっ?」

「もし千鶴さんが、『俺は危険だから近寄らない方が良い』みたいなことを言う人物に会ったら信じてみても良いと思いますよ。あとは目を見れば器は見極められますよね?」

達じぃは優しい口調で私に話してくれた。

達じぃにお礼を言って私は執事室を出た。

「自らを危険人物と呼ぶ者」

小さくそう呟くと私は歩き出した。






「雨強いなぁ」

どしゃ降りの雨はあれから数十分経つのに一向に弱まる気配を見せない。

私はお気に入りの廃工場に行くために歩みを進めた。

そんな時、男が一人倒れていた。

白いシャツに黒いズボン、金髪の髪。

一見どこにでもいそうな若者だが白いシャツは自らの血液と泥で汚れていた。

私は傘を倒れている男の頭上に差した。

男は体を動かせないのか、目だけをこちらに向けてきた。

「何者だ?」

「私は千鶴。君動ける?」

「動けてたらこんな所に這いつくばっちゃいねぇよ!!」

男の目は今まで私の会った醜い連中とは違った。

助けを求める訳でもなく、足掻こうともせず、死を覚悟した目だった。

「そう。………じゃあ頑張りなさい!!」

「はぁ!?」

私は傘を畳んで、男の腕を私の首の後ろから回して支え、男を持ち上げ始めた。

当然血や泥水などが私の服に付着してしみを作っていく。

しかし私はそれすらも気に留めなかった。

あの真っ直ぐ見据えた目が私には助ける理由になった。

「痛っ!!」

「大丈夫?」

「あぁ。…………なぁアンタ」

「アンタじゃなくて千鶴!!!」

「………千鶴は何で俺を助ける?」

「人を助けるのに理由が必要なの?」

「如何にもチンピラみたいな奴だぜ?もしかしたら恩を仇で返すかも知れないぜ?」

「大丈夫よ、アンタはそんな奴じゃない」

「……何を根拠に?」

「『自分は危険かも』とか言ってる奴程信用出来るもんよ」

私はヘトヘトになりながらも男を引きずって廃工場まで運び、密かに呼んだ医者に男の手術を施させた。

最初はなかなか動けなかったが数日後には歩く位は出来るようになった。

「千鶴ありがとな!」

「気にすんじゃないわよ!人として当たり前よ」

「………なぁ千鶴」

「何?」

「なんか大変なこととか辛いことあったら電話でもメールでも何でも良いから相談しろよ。多分お前は何でもかんでも自分で背負い込むタイプの奴だろ?」

「………分かったわ。アンタとなら分かり合えてる気がするしね」

「それから!!俺はアンタじゃなくて雷樹らいじゅだ!!」

「ハイハイ。じゃあちゃんと安静にしてなさいよ」

そう言うと私は廃工場を後にした。

私は廃工場を出ると自分の胸を触った。

雷樹を見るとドキドキする。

今まで男の人を見てもこんな気持ちになったことないのに。

…………これは恋なの?






「お嬢様。お手紙が来ています」

「ありがとう」

そう言って私は手紙を受け取った。

宛名はない。

私は早速手紙を読み始めた。

手紙は雷樹からだった。

『千鶴へ

この前は助けてくれてありがとう。本当に感謝してる。


俺は何か千鶴に恩返しがしたいが何をすれば良いか分からない。

なんで旅行をプレゼントさせて貰う。

これで恩が返しきれるとは思ってないがせめてもの気持ちだ!!!

家族と行ってきなよ。

あっ同封した金は執事達の有給休暇用の金だから使うなよ!!!

どうせなら明日行って来いよ!!!

まっ楽しんで来てくれると嬉しい。

雷樹』


「何これ?」

これが私の第一声だった。

私は分からなかった。

雷樹は物とかでどうこうする奴じゃないと思ってたのに。

結局、雷樹もアイツらと変わらないの?

そう思った瞬間、達じぃの言葉を思い出した。

『自分は危険人物だと言う奴は信用出来る』

もしかして…………。

そう考えた瞬間、私は両親の元へ駆け出した。

「お父様、お母様!!」

「どうしたの千鶴ちゃん?」

「いつもお世話になってるから旅行をプレゼントしたいんだ」

「へぇ。おっベルギー旅行か!!千鶴ちゃんも渋い所選ぶね!!」

「だからお父様とお母様、達じぃで行ってきなよ」

「千鶴ちゃんは?」

「私はちょっと用事があるからいけないんだ」

「そうか。残念だなぁ」

話がまとまったところで私は部屋を出た。

恐らく雷樹は明日動く、私の目で確かめなきゃ。

その日は早く眠りについた。






「じゃっ行ってきます!!」

「達じぃよろしくね」

「お任せ下さい千鶴お嬢様」

そう言って三人は旅立った。

召使い達にも両親には内緒で休みにして屋敷には私一人だけだった。

「さぁて」

私は早速父の部屋へ向かった。

父の部屋の本棚の前に立ち、『雲竜寺家訓辞典』という本を取り出した。

最初の数ページ目に挟まっている栞を取り出して本の丁度半分の所に挟み直して本を戻した。

すると本棚が開き、中へ入れるようになった。

私は中に入るとボタンを押して本棚を閉めた。

隠し部屋はマジックミラーなので向こうからは見えない。

部屋の先は居間になっている。金品は殆ど居間にあるし、我が家は基本的に居間に集まるのでそれを知っている者なら間違いなく居間に姿を現す。

その為私はここで居間を見張ることにした。

時間が経ち、辺りは暗くなった。

未だに誰も現れず今日は諦めようかと思った時、一人の男が入って来た。

雷樹だった。

雷樹は金品には一切触れずに椅子に座るとあとは何もしなかった。

「やっぱり」

私は小さく呟くと注意して見始めた。

そして、雷樹が現れてから五分も経たずに見知らぬ男達が現れた。

二、三言葉を交わすと殺し合い………いや殺戮と呼ぶのが正解だと思う。

圧倒的な力と技術でどんどん敵を殺していく。

ここまで圧倒的だと逆に魅了されてしまい私は食い入るように見ていた。

そして敵は全員雷樹によって皆命を落とした。

私は隠し部屋を抜け出して居間へと向かった。

「千鶴には見せらんない光景だな」

「誰に見せらんないって?」

「!!?」

雷樹は私の方を振り向いた。

雷樹は心底驚いている。

「お前が何で此処に!?」

「雷樹が『助けてくれた礼に旅行プレゼントさせてくれ』って言って何も無いとは思えなくて残ったのよ」

「…………」

「ありがとね雷樹」

「いや………俺は礼を言われる程の人間じゃない。そもそも『ニンゲン』じゃないかもな」

そう言った瞬間、私は雷樹を抱き締めた。「なっ!!?」

「良いのよ!!アンタは人間!!!それ以外の何者でもない」

「いや、だから………」

「だからもヘッタクレもない!!!アンタは雷樹。何者でもない私の大切な人よ!!」

私はさらに強い力で雷樹を抱き締める。

大切な人。

これは私の本心からの一言だった。

「ゴメン千鶴」

そう言うと雷樹は私を抱き締め返してきた。






††††††



私は鳥

食事も出る

寝心地の良い布団もある

しかし、私は不満だ

鳥籠から出れないし、監視員が常駐する

さらに、鳥籠の中なのに足には鎖が巻き付いている

鳥籠の目の前で倒れている小鳥さえも救えない

それなら食事が出なくて良い

寝心地の良い布団もいらない

鳥籠から出て、鎖から解き放たれるなら全てを捨てても良い

目の前の小鳥を助けて、共に羽ばたくことが出来るなら


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ