日常な日常4
「ナオ、ちょっといいか?」
昼ごはんも食べ終わり、昼休みが残りあと十分となったところで、翔太が真剣な顔で言ってきた。
なぜこんなに真剣なのか疑問に思ったが、きっと姫野さんのことだろうと予想がついたので、快く承諾した。翔太はやっぱり放っておけないのだろう。
ぼくは、あちらのことを考えないといけないと思っていた。
でも、こちらとあちら、両方とも日常が壊れるとなったら、どちらがぼくにとって大切なのだろうか。
・・・それはもちろんこちらだと思う。
だって、別にずっと向こうで生きていくわけでもない。
ならば、あちらを見捨てるのかと問われれば、・・・そんなのは嫌だ。
エリ、ユマ、ギルドのサラさん、ギルドのみんな、街のみんな、ニサンの街、家、・・・
大切なものは、大切なものたちが、たくさん、たくさんある。
失いたくない。無くしたくない。
胸が苦しい。
自分が死ぬのは嫌だ。
何より、ぼくの胸に穴を空けたローブの奴に勝てる気がしない。
いくら、向こうの世界でやりあったとしても。この、ぼくが今感じている痛みも恐怖も持って、闘うなんて、そんな主人公みたいなこと、・・無理だ。
でも、何もしないと・・奴はあちらの世界を壊すのだろう。
だって、奴はこちらとぼくの世界にどういう理由か行き来できるのだから・・
「ナオ、姫野さんのことなんだが・・」
考え込んでいると、翔太がぼくに話しかけてきていた。
見渡すといつの間にか中庭に来ていたみたいだ。
二人でベンチに座り、話をする態勢を整える。
ちらりと、こないだ姫野さんがしゃがみ込んでいた花壇の方を見ると、誰もいなかった。
「ナオ?聞いてるか?」
「うん、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「ったく・・頼むぜ」
と苦笑しながら、真面目な顔つきになった翔太にこちらも向き合う。
「今日の、姫野さんのアレは・・俺のせいなんだよ」
翔太は顔を伏せながら申し訳なさそうな声でそう言ってきた。
「どういうこと?」
「俺が振られたって話・・しただろ?」
そういえば、そんなこと言ってた気がする。珍しいと思った記憶がある。
少し思い出すそぶりがあったせいか、また翔太は苦笑しながら話を続けた。
「その相手が姫野さんなんだ」
別にそこは驚いたりしなかった。いきなりそこで振られた話が出てくるのだから、当然振った相手は
姫野さんか神田さん、まぁ、その他取り巻きとなるだろうが、先ほどの姫野さんの一件を考えれば、姫野さんになるだろう。
ぼくが驚いていないことを見て、翔太は安心したような期待を裏切られたような、そんな不安定な目でぼくを見ていた。
「ほんとは、さ。小川 理恵って子と、俺をくっつける気だったってのは、俺でも気付いた。でも、俺は姫野さんを好きになった。それでコクった。んで、振られた。そしたら、こんな状況になっちまった」
それ、なんてエ、ドラマ?漫画?ゲーム?どんな主人公体質?と思った。
ということは、こないだの朝の教室の雰囲気と、姫野さんがおかしかったのはそのせいか。
本当、一日二日で色々と起きるものだなぁと他人事のように思っていた。
でも、当の本人の翔太は本当に顔を伏せてしまい、あまつさえ体が震えていることが見て分かった。
「・・それで、翔太はぼくにそれを話してどうしたいの?」
「え?」
「そんな諦めたような、どうしようもないような言い方だけど、何かしたの?
翔太らしくないと思う。ぼくに話す前に動いて解決してしまうのが翔太だよ」
怒りながらとりあえず、言葉を口にしたが、最後には笑顔になって翔太に伝えてしまった。
「・・そうだな。すまん。本当に、・・色々とすまん」
翔太は嬉しそうな悲しそうな複雑な顔でそう言ってきた。
「色々って、何?」
笑いながら問うと、翔太は立ち上がり、ぼくがぎりぎり聞こえるか聞こえないかの声量でこう言って去っていった。
「―――して、すまん」
はじめの方は聞き取れなったが、それはひどく切なく苦しい雰囲気が感じられた。
翔太に置いて行かれたぼくの耳に授業開始の鐘が響いた。
しばらくベンチに座って、そのまま空を見上げて何も考えずにぼーっとしていた。
こんな風に何も考えずに空を見上げて、過ごしていけたらどれほど良いだろうかと一瞬考えた。しかし、それは実際に行えば、暇でしょうがなくなるだろうと思った。
そんなどうでもいいことを考えていると、ふとぼくの視界に後ろから影が差し込んだ。
「もうチャイムなったよ?春夏秋冬くん」
聞き覚えのある可愛らしい声に振り向く。
「姫野さん?」
「それ以外の誰かに見えるのなら、眼科に行くことを勧めるわ」
と笑顔でふざけてきた。・・・意外だ。あんなことがあったのに。
「隣、いい?」
ぼくは無言で頷いて答える。
姫野さんが隣に座り、しばらく足をぶらぶらさせながら、意を決したように顔を上げてこちらを見てきた。
その間もぼくはどうしてこんな翔太のような状況になっているのだろうかと頭の片隅で思っていた。
「さっきは、ありがとう」
「いや、べつにほんとに助けたいと思ってやったわけじゃないから、気にしなくていいよ」
と頭を下げた姫野さんに対して答える。
その答えに顔を上げて、若干不機嫌そうに顔を歪ませていた。
「ふつうは、そんなこと言われたら謙遜してるんじゃないかなぁと思うところだけど、春夏秋冬くんは謙遜もなくそう言ってるって顔に書いてあるね」
「・・そんなに顔に出てる?」
「これ以上ないくらいに、ね!」
とすごく笑顔で断言された。その笑顔も明るくて不覚にもドキッとさせられてしまった。
「しかも、誰かも知らずに助けるなんてね」
「・・ぼくがなんかやっても翔太がフォローはしてくれるから大丈夫なんだよ」
「助けたことは否定しないんだね!」
「あ」
してやったりみたいな笑顔でぼくを見て喜んでいる。そんな様子を見て、ぼくは呆れのため息しか出なかった。
「・・翔太君から話聞いた?」
「うん。ある程度はね」
「そっか。・・・どうしてこんな風になっちゃったんだろう」
確かに、ぼくはどうしてこんなことになっているんだろう
「大丈夫だよ。翔太があとはなんとかしてくれるから」
「春夏秋冬君は?」
ぼく?ぼくは、ぼくには何もできないから――
「・・自分では気付いてないのかもしれないけど、春夏秋冬君は一度私を助けてくれて、既にヒーローになってるんだよ?」
なに、それ?
『ナオ君は、ヒーローなんだよ!』『ナオは、ヘタレなところがあるけど、・『エリちゃん、素直にヒーローって言おうよ』
エリとユマと会ったばかりに言われたことが思い出された
「覚えてないかもしれないけど、入学式で私が新入生代表の挨拶しなきゃいけなくて、緊張してて、そんな時にこの中庭に来たの」
確かに全く覚えがない。でも、入学式の日は早く来すぎて、時間つぶしにこの中庭の芝生に横になって寝てたことは覚えてる。姫野さんに会ってたら、こんな可愛い子覚えてないわけがないんだけど・・
「そしたら、芝生で寝てる人がいたの」
間違いなくぼくだな。
「近づいたら、その人は気持ち良さそうな顔をして寝ていて、同じ新入生なのにこんな所で寝て、正直なにこの人って思ったの」
そうだ、それで、人の気配を感じて、ぼくは事前に翔太に中庭にいることを伝えていたから、翔太だと思って――
「そしたら、その人目を覚ましたんだけど、私はとっさに視界に入らないようにしたら、--」
そうそう。翔太だと思ってたから、こう言ったんだ。
「『どうせ緊張してるんでしょ。一緒に寝転がろうよ。天気がいいし気持ちいいから、そんなことどうでもよくなるよ』って。そう言われた私は、その人と同じように寝転がって、空を見上げたの。そしたら、本当に綺麗な景色で、木漏れ日と風の音と、花の匂いと、温かい空気と、本当に緊張感なんてものが吹き飛んだの」
ああ、そんな感じに翔太に言ったつもりだった。後で、翔太じゃないって、会話の食い違いで分かったけど、まさか姫野さんだったとは・・
「その後、その人『ほら、どっかに吹っ飛んだでしょ』って、すごい誇らしい自慢げな笑顔になってた。そして、また寝たのよ。呆れて何も言えなかったわよ」
それは、また・・自分のことながら申し訳ない。
「だからね、その人はきっと、そうやって勝手に誰かを助けちゃうと思うの。実際に今日、私その人にまた助けられたの。そうして、救われている人がいるんだってことは覚えててほしいな」
と満面の笑顔でぼくに言ってきた。
「でもね、別に助けを催促してるわけじゃないんだ。こうなった原因は私にもあるから。ただ、私も弱くなる時があるから、・・その時は支えてほしいな、と。それだけ」
そう言い残して、姫野さんは立ち上がり、去っていった。




