非日常な非日常
いつの間にか、もう7話目ですね。話の展開が遅くて申し訳ありません。
「ぉい!…とせ!」「ナオっ!」「春夏秋冬!」
目を覚ますと、誰かに肩を揺すられ、呼びかけられている。先生か、翔太か・・・。
まだ、意識がぼんやりとする。体に力が入らない。何かピシピシ音がして、頭が揺れている。
「おい春夏秋冬、大丈夫か?」
先生の問いかけに顔を上げる。まるで、病人でも発見したかのような顔をしている。周りを見ると、翔太も他のクラスメイトも心配そうにぼくを見ている。
「・・だい、じょうぶ、です」
と自分でも驚くほどの擦れた声が出た。喉がまるで、砂漠地帯を歩いてきたかのようにカラカラに乾いている。
「ナオ、全然大丈夫そうには見えないぞ・・顔色すげー悪いし」
翔太が心配そうにぼくの顔を覗きこんでくるのに対して、苦笑を返そうとしたが、笑みにならなかった。
すると翔太は安心したのか呆れたのか、ため息をついた。
「それにいくら声をかけても揺すっても起きなかったんだぞ、お前」
「そうだぞ、春夏秋冬。ひどくうなされていたしな」
「すみません・・」
自分で情けなくなってくるくらい弱弱しい声。
「とりあえず、一応、保健室行って来い。一人で大丈夫か?」
「・・はい」
そう言って、心配そうにこちらを見ていた翔太に目で大丈夫だからと訴え、席を立って保健室へと向かった。教室から出る際に、クラスメイト数人から心配そうな視線を感じた。しかし、誰が心配そうにしてくれているかまでは、今のぼくに気付くことはできなかった。
静かな誰一人いない廊下を保健室へと向かって歩く。その歩みは遅いが、先ほどよりも気分が楽になっている。
ある種、みんなが勉強している時にぼく一人だけ、廊下を歩くことに少し優越感というかワクワクするというか特別な何かを感じる。さっきまでのモヤモヤが少し晴れていくかの様だった。ぼくは自然と微かな笑みを浮かべて、保健室への歩みの速度を上げた。
「ニゲられると思ったのか?」
急に耳元で、、向こうの世界で最後に聞いた、身の毛のよだつ、甲高い摩擦音のような――無数のざわめくような声が聞こえた。
―――っ!
な、んで、そんな馬鹿な!
ありえない。ありえない。ありえない。
これは、きっとぼくの幻聴だ。
「コレがオマエの望んだ日常の結末だ」
再びの声が聞こえた時には、もう既に何もかもが遅かった。
瞬間、ぼくの世界が白熱した。
熱い。左の胸が熱い。
鎖骨のすぐ下から、手が生えていた。血まみれの手が。
「――ぁ」
背後にいるナニかの手刀が肩胛骨を貫いている指先が血に濡れて光っている、そう気付いた瞬間、貫通した手が引き抜かれた。
あっという間に今までの熱が膨大な量の痛みに変わる。
「―――ぁあああああああッ」
膝が折れる。ぐらぐら揺れる視界の中、くの字に倒れた。
痛みと流れ出る血の量と温もりが、これが現実だと嫌でもこれ以上なく伝えてくる。
「・・ジャマが入ったな」
そうつぶやいたローブのヤツは、ぼくをまたぎ越し階段を下りていく。ローブの背中に弓矢が刺さっているのが見えた。
視界が段々と暗くなり、意識も朦朧としてくる。
世界が暗転する。頭の中を掻き回されるような気持ち悪さと吐き気と寒気が同時に襲ってくる。
「惨めだな。少年」
凛とした声がぼくの頭に降り注ぐ。いったい誰の声なのか確認しようとする。でも、どこにも力が入らない。頭を持ち上げるだけで、激痛に打ちのめされ肩の穴から力が吐き出されていく。
ぼくの視界は真っ暗だ。いや、真っ暗な所にぼくがいるのだ。視界には何も映らない。声だけしか聞こえない。
ここはどこだ・・。
「心配しなくていい、少年。ここは君の学校ではない。そして、君の世界ではない。私の世界だ」
何を言っているんだ、というか誰だ。
「厳密に言えば、私の・・終わってしまった世界だ」
少しだがこの人が哀しんでいるような声に聞こえた。
気が付いたら、痛みが消えている。出血も止まったようだ。暗闇に目も慣れてきたので、傷を見てみると、肩にあった穴がふさがっており、制服すらも穴が空いていない。
「傷の心配なら無用だよ。もう完治している。それよりも、君はこのまま奴に負けっぱなしでいいのかい?」
・・・こいつはいったい何を言っているんだ。あんな奴をどうしろというのだ。何かできるわけないだろ!ぼくには何の力も無いんだぞ!
「いったい、何なんだよ!?なんでぼくがこんな目にあわなくちゃいけないんだよ!」
「君が自分だけの世界を持っているからだよ」
「それが何なんだよ!?一体、それの何がいけないって言うんだ!?」
「別にいけないことじゃないと私も思うさ。だが、奴らはそう思っていない。」
諭すような落ち着けというような声のおかげで、少し冷静になった頭で考え、言葉を発する。
「あなたが助けてくれればいいじゃないですか・・。ぼくにどうしろって言うんですか?」
微かに声の主が微笑んだような気がした。まるで、いい子だというように・・。
「まず、私達は君を助けることはできる。しかし、君の世界を助けることはできない。君の世界を守れるのは君だけなんだよ。いいかい、このままじゃ君の世界は、今の私の世界のようになってしまう」
・・・。周りを見渡す。真っ暗だ。ぼく以外何も見えない。
―ぼくの命を救えるが、ぼくの世界は救えない―
「君の世界には、たくさんの生きている人や動物や植物やモノがいる。それが全て『無』になるんだ。君にも向こうに失いたくない守りたい人やモノがあるだろう?」
確かにエリやユマを、あの温かい街を守りたいと思う。でも、・・・それは全部ぼくが創りだしたモノだ。
「君は自分の持つ世界が、自分の空想ででき、夢のようなものだと思っているかもしれないが、それは違う」
?いったい何が違うというのだ?
「ちゃんと生きているんだよ。一人一人、意志があり、感情があり、心があり、命がある。もう君の手から離れて世界は回っているんだよ。身に覚えがあるはずだよ?思い出してごらん」
・・・そうだ。黒月戦役から、おかしかった。ぼくは仲間を誰一人失わないように考えていたにも関わらず、敵の強さはぼくの想像の上を行き、仲間を失った。
さらに、エリとユマだ。自分で想像し、創造したのにも関わらず、ぼくの想像とは異なっていたり、ぼくの意思とは無関係な動きをしたりする。街の人やギルドの人も勝手に話しかけてくれるようになった。
まるで、・・一人の人間のように。
「そうだよ。彼らは生きているんだ。君が創りだした世界で、もう生きているんだよ。」
唖然とする。ぼくは、・・どうすればいいんだよ。
「奴らの目的は、君の世界の殲滅だ。そのために君を消そうとした。一番手っとり早い方法だからね。しかし、その方法はこちらでは通用しない。先ほども言った通り、私達が守るからね」
「・・・どうして、ぼくの世界を消そうとするんですか。それに貴方達は何者で、ぼくを守ることにどんなメリットがあるんですか」
「悪いが、今はそこまで話すことはできない。ともかく、君の世界がこのままでは確実に消される。そして、それを防げるのは君だけだ」
つまり、ぼくはこちらの世界にずっと居て、向こうに行かなければ死なない。しかし、向こうの世界は消されて、全てが消える。ひどい話にも程がある。
「少年、人生を賭けるに値するのは、夢だけだと思わないかい?」
凛とした声がぼくの心に沈み込む。ぼくは――
「君にしかできないことがあるはずだ。
誰も君に強要しない。
自分で考え、自分で決めろ。
自分が今何をすべきなのか」
その言葉を聞くと、再び頭の中を掻き回されるような気持ち悪さと吐き気と寒気が同時に襲ってくる。
ぼくの意識は再び沈み込んでいった。
「少し厳しすぎませんか?」
妙に浮ついた、甲高い男の声が、先ほどまでナオがいた空間に響き渡る。
「そうでもないと思うが、自分の世界を自分で守れぬようなら、どの道必要ない」
先ほどまでナオと話していた凛とした声が答える。
「あの子はきっと怒ると思いますよ・・」
「いや、あの子は彼のことを信じているから、大丈夫だ」
「では、本当に彼の世界には助けに行かないのですか?」
「ああ、彼がどんなやつかはまだ分からんが、私は『あの子が信じる彼』を信じるとするよ」
「そうですか、分かりました。殲滅機関はやはり彼の世界で仕掛けて来ますかね?」
「それはそうだろう。ただ、奴はあの矢を受けたから三日は動けないだろうし、単独で動いてくれているのがありがたいな」
「・・・ただの少年に荷が重すぎるとは思うのですが」
「たしかに、な。しかし、彼の世界では『ただの少年』ではないよ」
男の疑問に、にやりと笑みを浮かべたような凛とした声が答えた。
「そういえば、もう二点あります」
「なんだ?今、結構いい感じで終えた感じだったぞ?次回に続く!といった感じで」
「そこです。私も今はシリアスパートでこんな紳士的な対応をしていますが、私も貴女もボケ担当です。彼はツッコミ大丈夫なのでしょうか?」
「・・・こっちの世界の彼は、おとなしそうなやつだったな。向こうの世界次第ではないか?一度、向こうも現実と自覚してしまえば、抑えていた殻が壊れると思うぞ」
「それは、楽しみですね。
もう一点ですが、彼が彼の世界に誰かを引きこむことはあり得ますかね?」
「・・・無くはないな。しかし、確率的にはものすごく低いぞ。おそらく大丈夫だろう」
「・・だと、いいのですがねぇ」




