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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お面同士

作者: ぬーぶ

僕の顔は醜い。そう確信したのは幼き時分。当時クラスの名前も知らぬ悪漢共に謂れなき屈服を強いられたのだいわゆる集団可虐殺法だ。スプレーで服を汚されたり路上に「○○不細工野郎死ね」と実名で書かれたりと奴等は世紀末ゴッコに夢中だった。人間とは都合が良く嫌な事に蓋をする技能に長けている。

それを万遍に駆使する奴等は紛れも無い人間でありそれと同じ種である自分に酷く嫌悪した。

その内僕は奴等を内情で罵倒することに慣れていた。奴等は外側から僕を嬲り僕は内から奴等を辱めた。

何の意味もなかった、それが僕の日常だった。

後で知った事だがどうやら僕の両親も集団可虐殺法の被害者らしい。ついでに云うと姉と兄もだった。何てことだ。

僕は劣性遺伝子家系の永劫回帰に組み込まれていたのだ。これ以上の不幸はない。僕は生まれた瞬間から集団可虐殺法の被害者リストに登録されていたのだ。書類も捺印も見当たらないがそうとしか思えない。

その内僕は陰謀論者となった。この世は陰謀に溢れている。人間はそれを知覚できない用造られているのだ。僕は創造論を信じてはいないが絶対不変なるものは信じていた。小学一年の話。僕は今でも忘れていない。


中学一年。公共に忘れられた田舎には中学受験なんてものは存在せずアホ面さげたクラス一同仲良く町立中学に進学した。この時になると馬鹿と愚者の見分けがハッキリと見分けられるようになる。

僕は賢者となり悟りを啓いていたので世俗に対し興味を失っていた。

デブの英語教師も昭和思想の国語教師もお涙頂戴の美術教師も賢者モードの僕には歯が立たないようでその内僕は背景の一部として認識されていった。計画通りだ。貴様ら如き有象無象に僕を知覚させ記憶させるなどおこがましいのだ。恥を知るべきだ。当時の肩パッド連中も人格矯正プログラムを打ち込込まれたことにより僕の事など亡失していた。僕は孤独という特権を享受した。

しかし、僕は恋をした。古来より見合いと夜這いしか無い日本において僕は恋なんていうプラズマ反応を起してしまったのだ。欧米文化の悪しき恩讐がこんな糞田舎にまで伝播しているとは戦慄を隠せない。レー○ンやマルク○もびっくりだ。ちなみにその娘は違う中学校から編入してきた淑女であり絶滅危惧種であり解語の花だった。

そうなのだ。僕は手紙なんてものを認めてしまった。いわゆる恋文だ。体育に空いた教室に忍び入り僕はその娘の学生鞄に投函したのだ。完全に若気の至りであり無法図の境地だ。小学の時好きだった娘のリコーダーを口淫した時以来のデンジャーだ。しかし何処か淡い望みもあったのだ。もしからたら、まさか、という下らない博打思考に現を抜かした結果がこれだった。翌日僕は興奮冷めやらぬ思いで登校した。黒板に僕の手紙が貼られその全文が殴り書きされていた。景色が変わった。色素が欠貧したようだ。


帰り道。油性ペンで汚れた鞄を引っさげ、俯きで自転車をこいだ。涙が溢れる。手紙よりも自分が腹立たしかった。

人間になろうとした自分が腹立たしかった。学習しない自分が腹立たしかった。家に帰る気が起きないので途中の神社に自転車を止め暗くなるまでじっとしていた。娯楽の乏しい糞田舎ではこれが限界だった。このエレクトロな時代にパソコン一つ無い我が家が恨めしかった。賢者は等しく生まれぬ事を望む。僕はそれを悟った。

センチメンタルブルースだ。できる事ならハーモニカを奏でたい。家にオカリナがあった気がするがそんなことはどうでもいい。電灯がちらつくようになると寒さに耐えられなくなってきた。ユーラシア寒風が体温を蝕む。高山地帯ではないから尚更だ。暖を取らなければ命に関わると警鐘している。仕方なく家路に着くことにした。

が、チリンやらジャラジャラと風切り音と共に神社の裏手から聞こえてくる。興味本位で及び腰に裏手に回る。

誰かの気配を察知し顔のみを恐る恐る覗かせた。

なんと形容すればいいのか思考停止に陥る。提灯で照らされ無数のお面を背に茣蓙を広げ胡坐を掻いている性別不詳の人間をどう判断すればいいのだろう。しかし一つだけは得心ができる。関わってはいけない事だ。

今なら引き返せるであろう、深追いは身の破滅だ。それを今日身を以って体感したのだ。学習したのだ。

僕は何も見てはいないし僕は此処にはいなかった。まっすぐ家に帰った。それでいいではないか。もう面倒はごめんなのだ。そう訓戒し踵を返す。返した筈だ、なら何故僕は無数のお面に見られているんだ。何故僕の前に茣蓙が、深く藁帽子を被ったこいつが目の前にいるのか。眩暈がした。


「いらっしゃい」


低い、とても低い乾いた声だった。決して響かない、しかし聞き漏らす事を許さないそんな声音だ。

それよりもだ、僕は仮面を注視する事により背筋が凍りついた。祭りなどで良く見るお面売りのそれと様式は変わらない。だけど掛かっているお面は違う。のか?いやでも精巧すぎる。本物の皮で作られたかのような人間の顔そのものだった。悪趣味にも程がある。まさかこんな田舎に特級の偏執狂がいたとは。視野の狭さを痛感する。

そしていらっしゃいとはどういう事だ。僕は好き好んで偏執狂の前に立っている訳ではないましては面を買う気もないし持ち合わせもない。商売をするのなら専用の事務所で特許申請でもしてくれ。


「金は要りません、貴方の顔がその代わりですよ」


顔?


「ええ、どれでも構いません。お好きなように。しかし、貴方の顔は二度と還らない。それだけですよ」


内面を見透かすのが旨いお面売りだ、と思い僕はお面を品定めした、いつのまにかその気になっていた。

別に信じちゃいない。セールストークみたいな比喩表現だろう。そして円滑にこの場をやり過ごす為にもここは相手に合わせるほうが得策だろう。寒かったし、早く寝たかった。しかし、意外に判断に困る。精巧すぎる手前判断に渋った。そして考えあぐねた結果。僕は美少年といえるであろうお面を手に取った。


「まいどあり」


両手両足に付いた鳴子が響く。お面売りはさぞ満足そうだった。

そのまま僕は家路に着き布団に潜る。いやに疲れた。手紙の事など忘れるくらいに。


朝、目が覚める。と同時に昨日の記憶がよみがえる。夢だったのだろうかと思うもそれはすぐに打ち消された。

僕の枕元には昨日貰ったお面があった、しかし何かが違う。何か。これは誰の顔だ?僕が昨日選んだ顔か?

僕はこんな不細工な顔を選んだ覚えなどない。こんなもの僕は必要としていない。ゴミ箱にお面を放り捨てた。

鏡を見る。自分の顔が写っている。これが僕の顔だ。これから先もずっと。これが僕だ。

自室を出て階段を降り居間で朝食を取る、テレビでは何者かが変死体として発見されたとの報道があった。

首から上が無かったらしい。無残な話だ。しかし他人事、早期解決を願うばかりだ。


登校。いつも通りだ、何不自由ない孤独生活。何も変わっていない。やはり昨日のお面売りはただの変人でしか

ない。どうせ下らない一人遊びでもしていたのだろう、お面を愛でて商売ごっことは酔狂な事だ。

その時だ、突然クラスに悲鳴が上がった。誰の声だ。あの女だった。昨日僕の恋文を黒板に貼り付け陥れようとしたが逆に僕を好いている女子連中の標的になってしまった哀れな女。どうやら机の中にカマドウマが入っていたらしい。クラス連中の侮蔑の視線が女に注がれる。僕はどうでもよかった。当然の結果だ。

午後。昼休み屋上でパンを齧っているとその他来訪者が到来する。クラスの奴等だ。録に名前も覚えちゃいないがその腐った蜜柑のような表情は忘れようにも使用が無い。そいつらの目的は僕ではなく取り巻きの仲で縮こまっているぼろ雑巾のような水簿らしい男だった。こいつも同じクラスの便利屋だ。いわゆるサンドバッグ。

微かに目で不可侵の契りを交わし便利屋は盛大に殴られていた。僕はそれをただ見ていた。面白くも何ともないが他にする事もなかった。時折便利屋がこちらに視線を向けてくる。助けて欲しいのだろうか。ならお前を助けて僕に何の利益があるのかを明示してくれ。アンイーブンが世の中の仕組みだ。せいぜい大の為に尽してくれ。

何も変わらない。くだらない日々だった。


それから2週間後の事だ。僕を振った女が変死状態で見つかった。首から上が無かったらしい。前にも似た報道があったな同一犯か模倣犯かは知らないが早く見つかって欲しいものだ。全く公僕は使えないな。血税泥棒が。これも未解決事件の一つとして編纂されてしまうのだろうか。全く被害者が気の毒だ。なんてな。別にどうだっていい。

洗顔の為に僕は洗面所へ向かい顔を洗い鏡を見る。僕は目を剥いた、ヒビが入っていたのだ。右頬に。

下校途中の歩道。シップで隠れた右頬を擦る。自然に修復されるのなら問題はない。しかしそうじゃなかったら。

ある時突然顔が砕けるなんて馬鹿馬鹿しい事が起りえたら、僕はどうなるんだ。考えすぎだ。在り得ない。

在り得ない?お面屋の事を思い出した。在り得ない。在り得ない。

神社の裏手へと来たがお面屋の姿は無い。代わりに神主が居た。箒掃除をしていた。そして供養物に目が入った。

此処で何か遭ったのか、逸る気持ちを抑えきれず僕は神主に尋ねた。神主は答えた。


「わしの孫の墓じゃよ。」


神主の孫、生前はお面職人だった。怪事件で頭部が見つかっていないという話を聞かされ。胃が縮んだきがした。

祟り、何てモノを信じたくはないが。これまでの事を鑑みると僕は震えが止まらない。

もしかして、報道された人物も僕が出会ったお面売りと面識があったのだろうか。だがそれを知る術は無かった。

一人目の報道は此処より遠い西での出来事だ。二人目はあの女、此処での出来事、死因は酷似しているが場所は違う。

つまりは一人目と二人目では犯人が異なる。と考えるのは浅はかだろう。一人目の犯行から2週間もの間がある。

現在の移動手段なら此処まで来る事など容易い。隠れ蓑としてこの田舎に潜伏している可能性もある。何より犯人像が全く掴めていないのだ。怪事件だ、警察は早期解決の為に捏造を図る可能性もある。冤罪なんて報道されない

だけで少なくはないだろう。最悪組織絡みの犯行だってありえるんだ。しかし、全て推測だ。妄想だ。

ピシッと音がした。僕は青ざめる。叫びたかった。嘘だと咆哮したかった。ただ返して欲しかった、本当の顔を本当の顔?何だそれ。僕の本当の顔ってどんなのだよ。じゃあ今の僕はどうなるんだ。ポタッポタッと血が滴った。

お面だ、ゴミ箱に捨てたお面。そうだ。あれを代わりにつければいい。もしかしたら僕の本当の顔かもしれない。

急いで家に戻りゴミ箱を確かめた。滴った血の跡が道を創る。無い。何故。なんでだよ。あの婆あか。あいつが勝手に捨てやがったのか。ふざけやがって。詰問しようと思ったが共働きで今家に居るのは自分だけだ。顔が歪んだ。またヒビが入った。


夜。神社へと歩を進めた。痛いのだ。痛くて堪らないのだ。代わりの顔をくれ。とても痛いんだ。

鎮痛薬じゃ治まらないんだ。顔をくれ。よこせ。よこせよ。


「いるんだろ!出てこいよ人殺し!!」


シャリンという音がした。こんな時に出てくるとは都合のいい奴だ。そいつはククッと喉を鳴らし胡坐を掻いていた。

お面屋だった。相変わらず藁帽子に遮られ顔は窺えない。


「いらっしゃい」


何がいらっしゃいだ、さっさと返せよ。僕の顔。返せよ。


「アレならばすでに他の方がお買いになられましたよ」


アレってなんだ。僕の顔だ。ふざけるなよお前。


「そんな事を云われましても私は貴方の本当の顔がどれなのか把握しかねますよ」


閉口する。僕も僕自身の顔など覚えていなかった。


「なんなら、確かめに行ってはどうです?私プライバシーの保護には努めていませんから」


・・・。


「貴方が望むのであれば、お教えしますよ」



それから数日、3人目の被害者が報道される。その人物も首から上が無い。

只一つ血のりで奇妙なメッセージが死体の傍に書かれていた。















僕の顔知りませんか。

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