ヘカーテの叫び
しいなここみさま主催『やきにく短編料理企画』参加作品です。
わたし達は今、焼き肉屋に来ていた。
わたしは玉鬘 碧砂。 大家族・玉鬘家の第6子になる。
我が家は大家族故に中々外食を好きなように楽しめないのだが、今日は一番上の亜廴姉が、ボーナスが出たからと全員を焼き肉屋に連れ出してくれたのだ。
何て素晴らしいんだろう!
前述したが何せ大家族である。
普段家で食べる焼き肉なんて豚バラや薄切りロースが精々なのだ。
ああ、亜廴お姉さん、ありがとう!
そんなちょっと変わった名前の亜廴姉だが、我が家はみんなこんな感じだ。
父の名は実吉というちょっと古風な名前なのだが、母の名は水晶鈴と書いてクリスタベルと読むトンデモな名前だったりする。
そのせいなのか関係ないのか兄弟姉妹の名前も上から亜廴(長女)、椿井(長男)、怒雷(次男)、陽衣亜(次女)、遍多(三男)、碧砂(三女)、戸蓋(四男)、澳蛇(五男)と不可思議な名前になっている。
ドイツ語由来の名前が途中からギリシャ語になっているのはフィーアの後がフュンフだからだろう。 そう、漢字が充てられなかったに違いない。
まあ直接尋ねたことはないけど。
何はともあれお肉である。
両親と8人きょうだいに同居している父方の祖父・吉次と祖母のフネ、ついでとばかりに呼ばれた母方の祖父・心一郎と祖母のシャルロットの総勢14人。
小さな店なら貸し切りか、そもそも入ることすら難しい人数での出陣である。
ちなみに言い出しっぺの亜廴姉だが、特に予約等はしていないらしい。 それを聞いて慌てて電話を掛けたのが陽衣亜姉だったりする。
何軒かに電話をして空いていたお店を見つけたらしいが……。
そんなお店の名前は――
「あ、あそこかな?」
視界に入る『焼き肉』と『焼き蟹』の文字。
更に近づくとその下に『焼き場の店』の文字も。
店名は……リズム?
「焼き場?」
呟くように言ったわたしの言葉を拾い、遍多兄が口を開いた。
「場所だけ貸してもくれるんだろ? 食材を持ち込んでさ」
「あ~そういう。
焼き蟹は食べてもいいのかなあ?」
「……止めておけ。
肉だけなら兎も角、蟹までおごらされたら亜廴姉さんの財布が空になる」
遍多兄はそう言って遠くを見つめる様に ――というか前を走る亜廴姉の運転する車を見てそう言った。
途端、その車の動きが左右にぶれた。
ああ、多分一緒に乗っている澳蛇辺りが私と同じ事を言ったんだろう。
驚いたんだろうな、亜廴姉……。 店を選んだ形になったのは陽衣亜姉だし、肉と野菜以外の食材があるなんて思っていなかった可能性は高い。
それでも私たちの乗ってきた三台の車は無事に到着し、みんなはぞろぞろと店内へ。
「いらっしゃいませ~!」
「イラッシャイマセ」
厨房から顔を出す中年男性が大きな声を上げ、奥からも少し変わった感じの声が聞こえた。 姿は見えないけど……外人さん?
「先程電話した玉鬘です。 急で申し訳ありません」
亜廴姉ではなく陽衣亜姉が先頭で頭を下げる。 いや~、突然の言い出しっぺな亜廴姉が頭を下げるべきでは?と思ったが、本日のお財布だしそれは言わないでおこうかな。
「いやいや、このご時世、ありがたいモンですよ、お嬢さん。
そちらの小上がりの方が16人入れるようになってますんで、使って下さい」
店員さん ――というか店長さんかな?―― は、にっこにこしながらそう言ってくれた。
まあ、この不景気だもん。
客が14人も一度に来たら嬉しいよね。
みんなはそれぞれ好きな場所へスタンバイ。
そして ――血湧き肉躍る乱痴気騒ぎが始まった。
まず、我が家のじいちゃんはふたりとも呑兵衛だ。
お父さんと亜廴姉、シャルばあちゃんは運転をするから今回は飲まないけど、それでも椿井兄と陽衣亜姉は結構な酒飲み。
その上、椿井兄は怒雷兄と共にマッチョな大食漢で、戸蓋と澳蛇は育ち盛りの食べ盛り。
結局、蟹もその他の魚介もいくらか焼かれてしまっている。
正に飲めや唄えやの大宴会だ。
最早蟹のあるなしなんて関係ない。 亜廴姉の顔色がちょっと悪いのは気のせいなんかじゃないよ。
お父さんはそんな亜廴姉の様子に気づいているみたいだし、お酒代くらいは出してくれそうだけど。
そんな時、店長さんっぽいおじさんが声を掛けてきた。
「すいません、お客さん。
奥でちょっとお肉を仕込んできますんで、追加の注文があるようでしたら15分、いや10分くらい待ってて貰えますか?」
…………まさか食べ過ぎちゃった?
あ……、よく見たらショーケースの中にあったお肉が殆どないっ! 蟹やらその他の魚介類は残ってるけど……。
でも、まだみんな食べたそうだわ……。
お父さんはみんなを見渡して、
「ああ、申し訳ない。 食べ過ぎてしまったみたいですね。
それでも、もう少しお願いできますか? 蟹でも食べて待ってますんで」
苦笑しながらそう進言する。
その言葉に亜廴姉の顏がもう真っ青だ。
「これだけ食べて貰えるなら食べ物屋冥利に尽きるってモンですよ。
あんまり大っぴらには言えませんが、色は付けさせて頂きますんで」
そう言いながらショーケースの中の品々を出した店長さん(?)はそそくさと奥へ。
わたしたちは空いた鉄板に蟹やら貝やらを乗せて焼き始めた。
それを見た亜廴姉の目がくるくるくるくる回ってる。
お父さんはそんな亜廴姉を見て、ポンと頭に手を乗せるとそっと微笑んだ。
「お父さんに任せなさい」と言わんばかりの微笑みで、
「頑張りなさい」
の一言。
鬼かっ!?
ガーン!? と絶望に沈んだ亜廴姉が余りにも哀れだったのか、それとも最初っから冗談だったのか、お父さんは「冗談だよ」と一言添える。
衝撃的な言葉の連続に「ふみゅふみゅ」泣き出す今日のお財布亜廴姉(もうすぐ30歳)。 そういうのをいい大人がするのはあんまり可愛くないと思う。
「キャ――――――――ッ!?」
そんな事を考えた時、店の奥から悲鳴が聞こえた。
――女の人の叫び声っ!?
ほぼ全員が身を硬直させる中、椿井兄と怒雷兄が立ち上がる。
「や、やめてっ! なんでこんな……!?
殺さないでっ!」
この言葉はハッキリと聞こえた。
先程の、「奥でちょっとお肉を仕込んできます」という言葉を思い出し、わたしは「まさか!?」と思うと共に吐き気を覚えた。 まさか……まさかよ、ね……?
靴も履かず駆け出すふたりが辿り着く前に、
「ひぐっ――……っ!?」
息を詰まらせた様な、音。
厨房を覗き込んだふたりはそのまま動きを止め、それを追った遍多兄と澳蛇は「凄惨な現場」を見たような悲痛な表情ではなく、何故か(・ω・)な顏をした。
そのまま動かない4人は何も言わずそちらを見ているので、わたしは陽衣亜姉と顔を見合わせそちらへ向かった。 ちなみに亜廴姉はまだふみゅふみゅ中だ。
4人はまだそっちを見て、動かない。 まるで石にでもなった様に動きを止めている。
「どうしたの……?」
問い掛けながら覗き込む、そんなわたしの視界に入ったのは…………。
部屋を二分する様な形でガラスに仕切られた空間と、その中にいる、
――1羽の九官鳥の姿だった。
――その後、店長さんに話を聞くと何て事はない事情だった。
家で可愛がっている九官鳥。
店長さんに慣れすぎたのかなんなのか、仕事に出掛けると大騒ぎする様になった九官鳥の「ヘカーテ」ちゃん。
と言ってもここは飲食店。
ただ鳥籠に入れて置いておくなんて事は出来ず、この様にガラスで完全に仕切った上で飼う事を許可されたとか。
ビックリさせないでよ、も~。
そして安心して食事の続きを楽しんだ我が家族。
お父さんも出資し、安心した亜廴姉はそれでもギリギリ20万円を超えなかった合計金額に涙した。
帰る途中、わたしは駐車場で店を振り返り、改めて看板を見る。
「ねえ、遍多兄。
あの看板の一番上にある山みたいなマーク、なんだっけ?」
「ん? ああ、屋号だろ。
あれは『ひとやね』って言ったかな?」
なんだろう?
改めて見るその看板に何処か不穏なものを感じながら、わたしは車に乗り込んだ。
あれ?
そう言えばあの九官鳥は何処であんな言葉を覚えたんだろう?
わたしはなんであの看板が気になるんだろう?
人 ←屋号などに使われる「ひとやね」
焼き肉
焼き蟹
焼き場の店
リ
ズ
ム
人肉蟹場リズム(人肉カニバリズム)!




