152弾 こっちでは料理の特訓してもらおう
「いいですか、ヘルバティアさん。料理はまず分量を正確に測ることが基本です。アドリブで分量を変更したりすることは愚の骨頂なのです。」
どうやら宰相邸の料理人から料理について早速指導を受けているようだ。リーゼさんを通して料理を教えてもらいようにお願いをしたら、臨時の小間使いとして宰相邸の料理人が教えてくれることになった。
昨夜、メムのモデルの話を終えて、ルノピカンクさんが去った後、
「そうそう、短期間だけど、料理の基本なら教えることは可能じゃないかしら。ヘルバティアちゃんの料理の腕を確認して、基本を身につける、ということでどうかしら。」
リーゼさんがそう提案する。
「ええ、よろしくお願いできますでしょうか。」
「でもどうしてあなたが教育しないのかしら。」
「理由は単純です。俺自身の個癖が身についてしまっていると、基本がずれてしまうような気がして。」
そうは言ったが、この異世界の料理についてよくわからない、特に調理器具や調味料や材料については俺には何もわからないところが多いのだから、というのが正直な理由であるが。
「あともう一つは、ディマックの師匠から彼女に料理教育をするように頼まれたのです。」
俺はそう続ける。
「ディマック?、もしかしてディマック・パトアイという方かしら?。」
とリーゼさん。
「ご存じなのですか?。」
「本名はマックトッシュ・マーグレノア、イチノシティの組合本部長ね。」
おーっと、かなりご存じでしたか。
「へえ、組合本部長でしたか、全く知りませんでした。」
とりあえずとぼけてみる。
「まあ、あれを組合本部長にしたのは私ですから。」
「フェッ!!。」
おーっと、おーっと。リーゼさん、なんて事をしてくれるのやら。俺は相当驚いた表情をしているようだ。
「そんな驚いた表情をするなんて。クスクスクス。しかし師匠というからにはダンちゃんはあの子に弟子入りしたのかしら?。」
「断じて違います。チャティーアの3姉妹が弟子入りしていまして、俺ではありません。」
ここははっきりと説明する。孫弟子でもないのだがそれはここでは言わないでおこう。
「断言するわ。変装術の師匠となっているのね。昔から変装術はダントツで上手だったから。」
「えっと、……リーゼさんとマックトッシュさんの関係性がよくわからないのですが……。」
「ああそうね、端的にいうと私がかつて彼女の教育係をしていたの。ああ、誤解しないでね。教育していたのは一般教養よ。」
教育係、つまり家庭教師みたいなものか。リーゼさんが続ける。
「あの子、外でいろいろ変装術を駆使してヤンチャが酷かったのよ。さすがに手に負えなくなりそうだったので、私が機会を見て、あえて組合本部長の席を与えてヤンチャしないように抑えたつもりだったのだけど。」
はあ、そうですか。
「まあ、イチノシティの組合本部はうまく回っているですなので……。」
一応あの師匠をフォローする。
「機会があれば、もう一度見ておかないとね……。そうそう、話がそれてしまったわね。チャティーアちゃんの料理教育の件はうちの料理人に預けてみるわ。あとあのミアンちゃんとミヤンちゃんも一緒になるようにしておくわ。」
「ありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。」
料理教育についての経緯を思い出しながら3姉妹を見守る。何とか基本だけでも身につけてくれる事を祈ろう。
3姉妹の様子を見てから庭先に出てみる。穏やかな日差しが俺たちを照らす。
「おお、こちらでモデルをやるのですか。」
すぐに声がかかり、嘱託画家のルノピカンクさんが庭先に出てくる。
「場所を変えた方がよろしいですか?。」
俺が確認すると、
「いや、日差しもいい感じですのでこの辺りで寝そべってもらえれば。」
とリクエストがかかる。
(メム様、早速ですが、ただ寝てるだけでいいのです。よろしくお願いします。)
(はいはいー。)
念話術越しでメムが軽く返事して狸寝入りにかかる、いやもう寝てしまっている。
ルノピカンクさんがそれを見ながら紙に一気にメムの写生を開始する。
「ふぅ、まず一枚。」
時間にして10分くらいか。下書きのようでペンだけで描き上げる。
「今度は構成を変えてみて。」
そう言いながらさらにもう一枚。描き上げるペースが早くなってくる。さらにもう一枚、3枚目をさらりと描き上げる。
結局、昼食までにメムは庭先で寝てしまいその状態で転がっているのをルノピカンクさんがメムの寝返りしたのを含めて10数枚のスケッチを描き上げた。
そして昼食時間になり
「メム様、起きてください。食事の時間です。」
俺がそう言って起こすと、メムはガバッと跳ね起きる。
「モデルの仕事は……。」
「大丈夫ですよ。よくお眠りでしたので。スケッチも捗ったようです。」
「ふーん。ま、いいわ。飯じゃー!。」
ゲストルームに戻って早速昼食をとる。
「どうです、メム様。モデル料ということで食事量を多い目にしてもらっています。」
「む、いいわね。量は問題ないわね。ただ味が一部にバラツキがあるような気がするわ。」
意外に鋭いなあ。実は、ヘルバティアが料理教育で失敗した分についてはメムの昼食に加えるように3姉妹にはあらかじめ言い含めている。でもメムのこのリアクションからするに、ヘルバティアの方は失敗とはいえ酷すぎる出来にはならなかったようだ。……多分だけど。
一方の3姉妹は小間使いの仕事をしながらの形で料理教育を受けているので一緒に食事はしていない。それもまあそうか。双子妹がうまくフォローしてくれるだろうことを祈りつつ、メムは昼食後はまた別の場所でモデルをやることになる。俺もメムと一緒に行って……お世話係になりつつある。
夕食の時間になり、3姉妹のゲストルームで一緒に食事する。
「どうですか、料理教育の方は。」
「やっぱり基本が大事なのですね。よくわかりました。」
ヘルバティアが殊勝に答える。
「そうですか、じゃ料理の腕前も。」
「「ええ、マシになったと思います。」」
双子妹もシンクロしてそう言って大きくうなずいている。問題はその状態を維持できるかどうかなんだよな。
「メムちゃんはモデルの方はどうなのかしら。」
ヘルバティアが尋ねる。
「まあ寝てただけですから。おかげでスケッチは捗ったと。」
「ダン、言い方が悪いわよ。きちんとモデルとして私の美を表現してもらう努力をしたのよ。」
おお、なんかやる気になっているのか、それともモデルとして変な方向に目覚めてきたのか。
「ではメム様、明日もよろしくお願いいたします。」
「そうね、まかせといて。」
そう言ってモデル料としての食事を含めたせいか、かなりの食事量をかっこみながらメムが胸を張る。増長したら困るけど、まあノってきているな。
「ところでダン、私の絵ってどんな感じになるのかしら。というか私がモデルとなって描かれた絵って王家嘱託画家によって描かれると、私のモデルとしての価値も上がるのかしらね。」
ああ、これ増長しだしてきたのかなあ。
「まあ、今はスケッチとかした上で、下書きをして描き上げるとルノピカンクさんも言ってましたからね。まあ仕上がったら見に行きますか。それにしても昨日まであんなにモデルを嫌がってブーたれていたメム様が一体どういう心境の変化ですか。」
「え、やっぱり寝てるだけで、あんなに食事を食わせてくれるなんて。最高じゃない。華燭の典の時より量は多いのがいいわね。」
「でも食い過ぎて体型が崩れたら、モデルの依頼も来なくなるでしょうね。」
「ぐ、ぐぬぬぬ。何も食事中にい、いうことではないでしょう。」
そう反論しながら食事を止めないメム様である。
「うん、明日も私はしっかり教育を受けよう。」
俺とメムの会話を見て、妙に励みになったのか力強くヘルバティアが呟く。
「ティア姉さん、頑張ってください。」
「基本に忠実にですから。その調子で。」
ミアンとミヤンがそう言って長姉を励ました。




