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クレーム対応のプロが転生したら、神々の理不尽な怒りも完全鎮火しました

作者: キュラス
掲載日:2026/05/29

「おいこらァ! どういうことだ神官長! 今月の供物の『太陽のリンゴ』が、先月より3ミリ小さいじゃねえか!! 俺を舐めてんのか!?」


王都の中心にそびえ立つ、壮麗なる大聖堂。

ステンドグラスから差し込む光すらも歪むほどの圧倒的な熱気と怒声が、石造りの広間に響き渡っていた。


声の主は、祭壇の上に顕現した『炎の神・イフリス』。

燃え盛る紅蓮の髪と、威圧感たっぷりの長身。そして、今にも国を一つ焼き尽くさんばかりの、理不尽極まりない神の怒り(神威)である。


「ひぃぃっ! も、申し訳ございませんイフリス様! 今年の夏は記録的な日照不足でして、どうしても大ぶりのリンゴが収穫できず……!」

「言い訳すんじゃねえ! 俺が求めてんのは『結果』だ! 日照不足? それをなんとかするのがお前ら人間の仕事だろうが!! ああもう腹立つ! この国、端から火の海にしてやろうか!」


年老いた神官長が床に額を擦りつけて震え、周囲を取り囲む完全武装の聖騎士たちも、その圧倒的な熱波の前に剣を抜くことすらできず、ただ歯の根を合わさずにガチガチと鳴らしている。

リンゴが3ミリ小さいだけで国が滅ぶ。これだからファンタジー世界の神様というやつは厄介極まりない。


(……はいはい、出た出た。典型的ですね)


大聖堂の隅で控えていた見習い神官の私、セリアは、静かにため息をついた。

前世の私なら、神の怒りに触れてパニックになっていたかもしれない。だが、今の私の目は極めて冷静だった。


前世の私は、大手通信会社のカスタマーセンターで、クレーム対応の最前線(特級クレーマー専任部署)に10年間勤務していた、いわば『謝罪と鎮火のプロフェッショナル』である。

「誠意を見せろ」「責任者を出せ」「SNSに晒すぞ」といった理不尽な罵倒の嵐を毎日浴び続け、ストレスで胃に穴を開けて過労死し、気づけばこの世界に転生していたのだ。


それに比べれば、目の前の炎の神など可愛いものである。

彼のクレーム属性は【事実ベースの不満(リンゴが小さい)+承認欲求の欠如(俺を舐めているのか)】の複合型。いわゆる、話を聞いて尊重してあげればすぐに収まるタイプだ。


「これ以上俺を怒らせてえのか!? おい、誰か聞いてんのか!!」


炎の神が右手を掲げ、巨大な火球を生み出した。

聖騎士団長が「総員、結界を張れッ!」と絶望的な叫びを上げる中、私はスッと立ち上がり、誰よりも早く、そして滑らかな足取りで祭壇の直前まで進み出た。


「大変長らくお待たせいたしました、炎の神イフリス様」


私の声は、大聖堂の喧騒をスッと撫で下ろすような、低めのトーンでありながらよく通る「ソの音(クレーム対応の黄金音階)」だった。

突然現れた私に、イフリス様も、神官長も、聖騎士たちもポカンと口を開ける。


「この度は私どもの手配不足により、イフリス様に多大なるご不快な念をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ございません」


私は両手を前で重ね、背筋をピンと伸ばしたまま、完璧な角度(45度)で深々と一礼した。

いわゆる『最敬礼』である。


「あ? なんだお前、見習いか? 俺は神官長と話してんだよ! 下っ端がしゃしゃり出てきてんじゃねえ!」

イフリス様が不機嫌そうに顔を歪める。

(はい、「責任者を出せ」パターンですね。対応マニュアル第3項を適用します)


「おっしゃる通りでございます。私のような未熟者が、偉大なるイフリス様の御前に立つなどおこがましい限りです。本来であれば、国を挙げてお詫び申し上げるべき事態と重々承知しております」


まずは相手の言い分を100%肯定し、クッション言葉を挟む。

相手の「怒り」を真っ向から否定せず、むしろ「あなたが怒るのは当然です」と寄り添うのだ。


「分かってんならさっさと……!」

「しかしながら!」


私は顔を上げ、彼の燃えるような瞳を真っ直ぐに見つめた。

「イフリス様が今月もこの国へ御足労くださったという事実。そして、その貴重なお時間をこれ以上、無益な問答で奪ってしまうことは、私どもにとって最大の恥辱でございます。どうか、この場は私が責任を持って、イフリス様のお言葉を一つ残らず承らせていただけないでしょうか」


「……っ」

イフリス様が、わずかに怯んだ。

「あなたの時間を無駄にしたくない」「責任を持って聞く」というフレーズは、クレーマーの承認欲求を強烈に満たすキラーワードだ。


「……ふ、ふん! お前がそこまで言うなら、聞いてやらんこともない。だがな、リンゴが小さいのは事実だろうが! 供物の質を下げるなんて、神への冒涜だ!」


ここからが本番である。私は表情一つ崩さず、同調のテクニック(ペーシング)を繰り出した。


「おっしゃる通りでございます。イフリス様のお口に入る『太陽のリンゴ』は、常に最高品質でなければなりません。それが3ミリも小さいなど……神様への敬意に欠ける、あってはならない失態でございます。本当に、お怒りはごもっともでございます」


「お、おう。分かればいいんだよ、分かれば」


「せっかく毎月、私どものような小さな国に加護を与えてくださっているにも関わらず、そのような期待を裏切る品をお出ししてしまい、私自身も神官として情けなく、胸が張り裂ける思いでございます」


「いや、そこまで思い詰めなくても……」


(よし、トーンダウンした)

私は心の中でガッツポーズをした。クレーマーは、自分以上に相手が深刻に反省し始めると、逆に「まあまあ、そこまで怒ってるわけじゃないから」と怒りの鉾を収めようとする心理的防衛本能が働くのだ。


私はすかさず、代替案の提示(ソリューション提案)へと移行する。


「つきましては、今回の不手際の埋め合わせといたしまして、現在調達可能な限りの最高級の『太陽のリンゴ』を用いた、王宮料理長特製の【アップルパイ・焦がしキャラメル仕立て】をご用意させていただきたいと存じます。イフリス様の炎のように、熱々で甘く、香ばしい逸品でございます」


「あ、アップルパイ……? 焦がし……?」

イフリス様の喉が、ゴクリと鳴ったのが見えた。


「はい。ただのリンゴでお許しいただこうなどという甘い考えは毛頭ございません。イフリス様にふさわしい、手間暇をかけた特別な品を召し上がっていただきたいのです。……恐れ入りますが、少々お待ちいただくことは可能でしょうか?」


下から覗き込むように、しかし媚びすぎない真摯な瞳で見つめる。

炎の神は、顔をボンッと真っ赤に(物理的にも火の粉を散らしながら)染め上げ、ゴニョゴニョと口ごもった。


「べ、別に……そこまで言うなら、待ってやってもいいぞ。あ、焦がしキャラメルだからな! 焦げてなかったら許さねえからな!」

「かしこまりました。寛大なお心でお待ちいただき、誠にありがとうございます」


私が再び完璧な最敬礼をすると、イフリス様の周囲に渦巻いていた暴力的な熱波は嘘のように消え去り、大聖堂にはポカポカとした春の陽気のような温かい空気が満ちたのだった。


*****


「……信じられん。あの気性の荒い炎の神の逆鱗に触れながら、無傷で、いや、あろうことか機嫌を直させて帰らせただと……?」


数時間後。特製アップルパイを上機嫌で平らげ、「来月もこれにしろよな!」と神々しい祝福の炎まで置いて帰っていったイフリス様を見送った後。

大聖堂の控え室で、私は王国聖騎士団の若き団長・クライド様に壁際まで追い詰められていた。


プラチナブロンドの髪に、切れ長の青い瞳。泣く子も黙る氷の聖騎士と呼ばれる彼が、今は信じられないものを見るように私の顔を覗き込んでいる。


「セリア、と言ったな。君は一体、どんな『神聖魔法(ホーリー・スペル)』を使ったのだ!? 私の目には、魔力の行使など一切見えなかったが……!」

「神聖魔法など使っておりませんわ、クライド団長。私はただ、お客様……いえ、神様のお心に寄り添い、適切な対応(クレーム処理)をしただけです」


「お心に寄り添う……だと? しかし、相手は国を滅ぼすとまで脅してきたのだぞ!? 普通なら恐怖で竦み上がるか、反撃の呪文を詠唱するところだ!」

「反撃など言語道断です。火に油を注ぐだけですよ」


私は前世の研修マニュアルを思い出しながら、淡々と答えた。

「怒りというものは、自分を理解してほしいという悲鳴の裏返しです。神様も、ただ『お前らのために毎月来てやってるのに、雑に扱われた』と感じて寂しかっただけでしょう。だから、事実を認め、特別扱いをして差し上げれば、怒りは自然と鎮火するのです」


「寂しかった……神が……?」

クライド様が、雷に打たれたような顔で固まった。


「な、なんという慈愛の精神だ。あの荒ぶる神威を前にして、相手の孤独にまで想いを馳せ、言葉だけで魂を救済するとは……!」

「いえ、そんな大層なものじゃ……」

「セリア! 君こそが、数百年ぶりに現れた伝説の『聖女』に違いない!」


ガシッ! と、クライド様が私の両手を力強く握りしめてきた。

彼の青い瞳が、尋常ではない熱と尊敬(と、ほんの少しの執着)を帯びてキラキラと輝いている。


「君のその奇跡の力(クレーム対応術)があれば、この国を悩ませている他の神々の怒りも鎮めることができるはずだ! どうか、私と共に世界を救ってくれ!」

「えっ、ちょ、ちょっと待って……」


私の意思などお構いなしに、クライド様は「神官長! 彼女を特級聖女に任命する手続きを!」と叫びながら駆け出していってしまった。


(嘘でしょ……。私、今世では静かにバックオフィスの事務作業だけして生きていきたかったのに……!)


どうやら異世界においても、クレーム対応の有能な人材は、絶対に現場の最前線から逃がしてもらえない運命にあるらしい。


数日後。

私の危惧は、最悪の形で現実のものとなっていた。


王宮の奥深くに新設された、ふかふかの絨毯が敷かれた豪奢な執務室。その入り口には『特級聖女兼・神事カスタマーサポート室』という、ファンタジーと現代ビジネスが交通事故を起こしたような金ピカのプレートが掲げられている。


「セリア聖女様! 本日も神々からの『お怒りのご意見(クレーム)』が多数寄せられております!」


若き聖騎士たちが、大量の羊皮紙を抱えて私のデスクへと駆け込んでくる。

神々からのクレームは、これまでは各神殿の神官長たちが土下座と祈りでその場しのぎの対応をしてきた。しかし、私がイフリス様の怒りを「お詫びとアップルパイ」で鎮火させた噂が天界に広まってしまい、「あそこの国は話が通じる(優遇してくれる)らしいぞ」と、神々の間で変な評判が立ってしまったのだ。


「……順番に対応します。まずは、一番怒りゲージが高い案件から」


私がデスクに置かれたハーブティー(胃粘膜を保護するためのカモミール)を一口啜ると、隣で控えていたクライド団長が、スッと美しい眉を寄せた。


「セリア、無理はしないでくれ。君が毎日、あのような理不尽な神々の怒りに心をすり減らしていると思うと、私の胸が張り裂けそうだ。いざとなれば、私が聖剣を抜いて神々と刺し違える覚悟はできている」


「絶対にやめてください。武力行使は企業の、いえ、王国のコンプライアンスに関わりますし、炎上するだけです。それに、心をすり減らしてなどいませんよ。ただの『業務』ですから」


前世で、一日百件のクレーム電話を捌いていた頃に比べれば、神々のクレームなど「物理的な破壊を伴う」という点を除けば、要求自体は非常にシンプルで分かりやすい。


「で、次の神様はどなたですか?」

「豊穣と水の女神、アクアリア様です。現在、大聖堂の前で『信者の愛が足りない』と大粒の涙を流し、そのせいで王都中が深刻な水害に見舞われる寸前です!」

「あー……感情特化型の、長尺対応案件ですね。参りましょう」


私は深呼吸をして仕事モードのスイッチを入れ、大聖堂の前広場へと向かった。


*****


広場は、すでに足首まで水に浸かっていた。

空には分厚い雨雲が立ち込め、その中心に浮かぶ美しい水の女神・アクアリア様が、ヒックヒックとしゃくり上げながら大雨を降らせている。


「誰も……誰も私のことなんて愛してないのよぉ……! 昔はもっとお祭りをしてくれたのに、最近はみんな忙しいって言って祈りの時間も減ってるし……! もうこんな国、全部沈めてやるぅぅ……!」


典型的な「かまってちゃん(メンヘラ)型クレーマー」である。

このタイプに「そんなことありません!」と慌てて否定したり、「祭りの準備をしますから!」と具体的な解決策を急いで提示したりするのは悪手だ。彼女たちは『解決』ではなく『共感』を求めているのだから。


私は水たまりを厭わず女神の真下まで歩み寄り、両手を胸の前で組み、慈愛に満ちた(ように見える)表情を作った。


「アクアリア様。私どもの祈りが足りず、アクアリア様にお寂しい思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」

「……え、寂しい……? そ、そうよ! 私は寂しかったのよ!」


「ええ、分かります。いつも私たちに豊かな恵みを与えてくださっているのに、私たちがそれを当たり前のように享受し、感謝の言葉を忘れてしまえば……お心が痛むのは当然でございます」


「ううっ……分かってくれるの……?」


「はい。アクアリア様は、私たちを深く愛してくださっているからこそ、こうして涙を流してくださるのですね。その深く海のようなお心遣い、私どもは決して忘れてはおりません」


「ああ……っ!」


私は「アクティブ・リスニング(積極的傾聴)」のスキルをフル稼働させた。

相手の感情のキーワード(寂しい、愛している)を拾い上げ、オウム返しにしつつ、相手の行動を「優しさゆえのもの」とポジティブに変換して肯定する。


「ですが、アクアリア様。王都の民は、朝起きて顔を洗う時、喉を潤す時、いつもアクアリア様の清らかなお水に感謝の祈りを捧げております。大きなお祭りは減ってしまったかもしれませんが、日常の中にある小さな愛(祈り)は、昔よりもずっと増えているのですよ」

「小さな、愛……」

「はい。どうか、私たちのささやかな愛を、その温かいお心で受け止めていただけないでしょうか」


アクアリア様は、パチパチと瞬きをした。

そして、その美しい頬をほんのりと赤らめ、「……っ、べ、別に、そこまで言うなら許してあげなくもないわ。……みんなが私を愛してるって言うなら、ね」と呟いた。


途端に雨雲が晴れ、王都に美しい虹がかかった。

女神は「来月のお祭りは、絶対に来るからね!」と上機嫌で天に帰っていった。


「す、素晴らしい……!」

背後で、ずぶ濡れになったクライド様が感極まった声を上げた。

「相手の悲しみに寄り添い、真実の愛を説いて悪天候を払うとは……! 君の言葉には、神の心すら浄化する力がある!」


「ただの『承認欲求を満たすトークスクリプト』です。相手の怒りの底にある『一次感情(今回は寂しさ)』を見抜いてケアしただけですよ」

私が濡れた髪を拭いながら淡々と答えると、クライド様は熱に浮かされたような瞳で私を見つめ、突然その場に片膝をついた。


「セリア……。君のその、全てを包み込むような慈愛の深さに、私は完全に心を奪われてしまった。君が神々を癒すように、私も君の全てを守り、愛し抜きたい」

「えっ、ちょ、クライド様?」


周囲の騎士たちが「おおお……!」とどよめき、拍手を送り始める。

(いやいやいや、クレーム対応してただけでなんでプロポーズみたいな雰囲気になってるの!?)

前世の同僚が見たら、「お前、クレーマー処理してたら騎士団長に惚れられたのかよ」と腹を抱えて笑うだろう。


だが、私がクライド様の手を慌てて振り払おうとした、その時だった。


ゴロゴロゴロゴロォォォォォンッ!!!


突然、空が引き裂かれるような爆音が轟き、かかったばかりの虹が消し飛んだ。

バチバチと紫色の稲妻が王都の広場に降り注ぎ、石畳を粉砕する。


「なんだ!? 敵襲か!?」

クライド様が即座に立ち上がり、私を庇うように前に出た。


『――ふざけるなァァァァァッ!!』


上空から、空間そのものを震わせるような怒声が降ってきた。

雷光の中から現れたのは、全身に紫電を纏った筋骨隆々の巨神――『雷帝神・ヴォルク』。天界でも一、二を争う武闘派の荒ぶる神である。


「た、大変ですセリア様!」

神殿から駆け出してきた神官長が、顔面を蒼白にして叫んだ。

「ヴォルク様がお怒りです! 本日建立されたばかりの、ヴォルク様の新しい祭壇の『向き』が、風水的に西に3ミリずれていると……!」


「あぁん!? 3ミリじゃねえ、3.2ミリだ!! 俺の闘気を高めるための完璧な方角を間違えるとは、俺に対する反逆と見なす! 今すぐ祭壇を作り直し、責任者の首を差し出せ!! さもなくば、この国に万の雷を落として滅ぼしてくれるわ!!」


(出た。最悪の悪質カスハラ(カスタマーハラスメント)だ……!)


私は眉間を揉んだ。

ミリ単位のいちゃもん、過剰な要求(作り直しと責任者の首)、そして脅迫(国を滅ぼす)。

これはもはや「お客様の不満」ではない。完全な「業務妨害」であり、対応マニュアルの最終フェーズ――『お断り』を適用すべき案件である。


「ヴォルク様、お鎮まりください! 祭壇はすぐに直します! どうかお許しを!」

神官長が地面に這いつくばるが、ヴォルクは鼻で笑った。

「遅えよ! 俺の気分はすでに害された! 今すぐその神官長を雷で丸焦げにして……」


「ヴォルク様」


私はクライド様の制止を振り切り、雷が降り注ぐ中へズンズンと歩み出た。

私の声は、先ほどの女神に対するような甘く柔らかいものではない。一切の感情を排した、冷たく、毅然とした『事務的なトーン』だ。


「この度の祭壇の件、ご不快な念をおかけしましたことはお詫びいたします。すぐにミリ単位での修正工事を行わせていただきます」

「当然だ! だがそれだけじゃ済まさねえぞ!」

「ですが」


私は、ヴォルクの言葉をピシャリと遮った。クレーム対応において、絶対に相手にペースを握らせてはならない瞬間がある。


「『責任者の首を差し出せ』、ならびに『国を滅ぼす』といったご要求につきましては、私どもとしては一切お受けいたしかねます」


広場が、水を打ったように静まり返った。

神官長も、クライド様も、そしてヴォルク自身も、「こいつ、神に向かって何を言っているんだ?」という顔をしている。


「……あ? 貴様、ただの人間の分際で、俺の要求を断る気か?」

ヴォルクの全身から、ギリギリと空気を焼き焦がすほどの殺気が放たれる。


「はい、お断りいたします」

私は一歩も退かずに、真っ直ぐに雷帝神を見据えた。

「私どもは、神々への敬意と信仰を捧げるために全力を尽くしております。しかし、人間の手による作業である以上、数ミリの誤差が生じることは物理的に避けられません。そのミスに対する『修正』は速やかに行いますが、それ以上の『過剰な代償(命や国の滅亡)』を求める行為は、神と人との信仰契約を逸脱する不当な要求です」


「ふ、不当だと……!? 俺がルールだ!!」


「いいえ。世界を統べる『天界の理(ルール)』に照らし合わせても、明らかに過剰です」

私は懐から、天界と王国が結んだ『信仰に関する基本協定書(という名の神話の古文書)』の写しを取り出した。

事前に全ての規約(神話)を読み込み、頭に叩き込んでおいたのだ。


「協定書第7条。『神は、民のささやかな過ちに対しては寛容であり、過度な天罰を与えてはならない』。ヴォルク様、あなたが今なされようとしていることは、天界の規約違反(コンプライアンス違反)です。これ以上、理不尽な要求と脅迫を続けられるのであれば……」


私はあえて声を潜め、はっきりと告げた。


「誠に遺憾ではございますが、我が国はヴォルク様への『一切の信仰と祭壇の提供』を停止し、上位神である創造神様へ『カスタマーハラスメントの事案』として正式に報告させていただきます。……それでもよろしいですね?」


「なっ……!?」

ヴォルクの顔が、雷光よりも青白く染まった。

創造神にチクられる。それは神々にとって、神格を剥奪されかねない最大のタブーだったらしい。


「き、貴様……俺を脅すのか……!」

「脅しではございません。事実と、今後の対応手順をご説明したまでです」

私は一切の隙を見せず、事務的な冷たさを保ち続けた。


「……っ、クソッ! 覚えてろよ! 祭壇、きっちり直しとけよな!」

ヴォルクは捨て台詞を吐くと、バツが悪そうに雷雲とともに逃げるように天へと帰っていった。


*****


広場に、再び静寂が戻った。

最も凶暴な神を、暴力ではなく「規約と正論」で追い返した私の姿に、皆が呆然としている。


「……セリア」

真っ先に動いたのは、クライド様だった。

彼は私の前に立ち、信じられないものを見るような、しかしこれまでで最も熱狂的な瞳で私を見つめた。


「慈愛だけではない……時には神の理不尽すらも退ける、あの圧倒的な強さと気高さ。君は……君は本当に、私が一生を懸けて仕えるにふさわしい、唯一無二の存在だ!」

「ですから、ただのコンプライアンス対応ですって……」


私がため息をつこうとした瞬間、クライド様は私の腰をグッと抱き寄せた。

「クライド様!?」

「もう限界だ。これ以上、君を神々の相手で疲弊させるわけにはいかない。君のその素晴らしい力は、神々のためではなく、私のために……私の隣で、この王国を導くために使ってほしい」


「えっと、それはつまり、私に王立騎士団のクレーム処理窓口も兼任しろということですか?」

「違う! 妻になってほしいと言っているんだ!」


大聖堂の前で、何百人もの騎士や神官たちが見守る中での、ド直球すぎるプロポーズ。

私は顔を真っ赤にして彼を見上げた。


「……私、相手の理不尽には容赦しませんよ。夫になったとしても、ルール違反には厳しく対応しますからね」

「望むところだ! 君のその厳しい指導を、一生受け続けたい!」


彼は眩しいほどの笑顔で私を抱きしめた。

(まあ、理不尽な神様よりは、少し過保護で素直な騎士団長(このひと)の対応をする方が、何倍も楽かもしれないわね)


私はクレーム対応用の営業スマイルではなく、心からの小さな笑みを浮かべて、彼の広い背中にそっと腕を回した。

こうして、クレーム対応のプロである私の異世界ライフは、神々すらも恐れをなす「伝説の聖女」として、そして少し重ための愛を向けてくる騎士団長と共に、平和で(規約に守られた)幸せな日々へと続いていくのだった。

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