9.誰にも奪えないもの
やがて曲が終わると、アデライードは深々とため息をついて、アルフォンスに向きなおった。
「カタリナが、見つけてくれたと言ったわね。
いったい、どこにあったの?」
アルフォンスは、どんな風に探索したのか説明した。
まず、離宮内の大時計を探したこと。
それから、クロノアが出てくる本もチェックしたこと。
日時計も確かめたこと。
結局、マルグリットから王太后の人となりを聞いたカタリナが、単純に「時間」の比喩だと解釈できるのではないかと思いあたり、アデライードが女王となっていれば使うはずだった化粧室に向かったこと。
オルゴールは、「慰め」という花言葉を持つひなげしの浮き彫りの下に、隠されていたこと。
「わたくしも、神話の本に手がかりがあるんじゃないかと探したことがある。
その発想から、見当違いだったとは」
アデライードは苦笑して、カタリナをさし招いた。
アルフォンスが奥にずれ、カタリナが傍にやって来ると、その両手をとって握る。
「カタリナ。ありがとう。
お前には、人の心の動きを読む力があるのね。
素晴らしいことだわ」
アデライードは、カタリナに感謝を伝えた。
「……お役に立てて、光栄に存じます」
意外と照れ屋なカタリナは、どぎまぎした様子で頭を下げる。
「しかし伯母上。なぜ、お祖母様はオルゴールを隠したままにしていたんでしょう。
折りを見て、返してくれればよかったじゃないですか」
父が幼くして立太子した時点で、アデライードが女王となり、あの化粧室を使う可能性はほぼ消えたはず。
ならば、その時点で返せばよかったのだ。
アデライードは、苦い笑みを浮かべた。
「母上は、忘れたのでしょう。
フェルナンドという男子を挙げた瞬間、わたくしのことはどうでもよくなったから。
……あの人は、そういう人だった」
亡くなった王太后を冷たく突き放すような言い方に、アルフォンスはぎょっとした。
ふふ、とアデライードは自嘲するように笑った。
「意外? フェルナンドや宮中の者が、わたくしをどう思っているか知っている。
母上は、国を誤りかけた大毒婦。
わたくしは、化け物のような母親に絡め取られた、操り人形。
嫁ぐこともせず、人生を無駄にした愚か者」
自嘲するように、アデライードは言葉を重ねる。
「伯母上! 僕はそんな風に思ったことはありません!
父上だって、伯母上には深く感謝しているはずです!」
アルフォンスは、全力で抗弁した。
父だって、アデライードのスピーチ原稿を自分に読ませているのだ。
彼女の能力と献身を認めていなければ、そんなことをするわけがない。
「アルフォンス。ほんとうに優しい子ね。
気にしないで。わたくしは後悔していない。
誰も愛さず、誰にも愛されない母上に、一人くらいは添いつづける者がいるべきだと決めた、それだけのこと。
それに、オルゴールは奪われても、この曲が、記憶の中で、ずっとわたくしを支えてくれた……」
アデライードは、いとしげにオルゴールを撫で、いずまいを正した。
「……アルフォンス。王族にとって、一番大切なことを伝えます」
凛とした声を、アデライードは張った。
「は、はい」
「王族に生まれた以上、心に背く選択をしなければならないこともある。
けれど、思いは誰にも奪えない。
どんなに力を持っていても、人は人の思いを奪うことはできないのよ」
深い緑の瞳が、アルフォンスを捉える。
「だから、あなたは……
安心して、あなたが歩むべき道を歩んでちょうだい」
「……伯母上。お言葉、肝に銘じます」
アルフォンスは、素直に頭を垂れた。
それから、アデライードは、カタリナになにか褒美をとらせようと言い出した。
カタリナは、夕食をアルフォンスと二人きりで食べるのはちょっと辛いので、なんとかしてほしいと申し出た。
アデライードはそんなことでいいのかと戸惑ったが、とりあえず夕食はマルグリットも交えて食べることになった。
「長年お仕えしていたのに、私はアデライード殿下をなにもわかっていなかったのですね。
あんな思いを、ずっと秘めていらしたとは……」
食後の茶が出たところで、マルグリットはしみじみと呟いた。
「……わからないことがある方が、いいんじゃないかしら。
全部が全部、周りに漏れていたら辛いでしょう。
ことに、王族の方々は」
すっかりくつろいだ様子で、カタリナが軽く言う。
「そうだな。そうかもしれない」
アルフォンスは頷いて、ふとカタリナを見やった。
一見、華やかで勝ち気なカタリナにも、他人には見せない、秘めた面があるのだろうか。
「それにしてもカタリナ。
君が来てくれて、本当によかった」
「ふふ。わたくし、たまにはお役に立つでしょう?」
「いやいや、いつだって君には助けられてる」
アルフォンスは、苦笑した。
まだ婚約者を決めていないアルフォンスには、ワンチャン狙いですり寄ろうとする令嬢もたまにいる。
それを、巧くカタリナが捌いてくれたりもしているのだ。
「しかし、君には探偵の才能があるのかもしれないな。
ほら、前に冬至祭りで失せ物を見つけたこともあったじゃないか」
「どうかしら?
ああでも、『名探偵カタリナ』……悪くないわね」
きらんとカタリナが眼を輝かせる。
「そんな! カタリナが探偵だなんて! 滅相もない!
これでもサン・ラザール公爵家の娘なのですよ!」
マルグリットが悲鳴を上げ、アルフォンスとカタリナは笑ってしまった。
残りの日々は、楽しく過ごすことができた。
スクラブル大会をして、アデライードにこてんぱんに負けたり。
馬車を出して、湖のほとりでピクニックもした。
副侍従のロルサンジュの発案で、カタリナと合奏もした。
アデライードのお昼寝タイムの間にこっそり練習をし、最後の夜、カタリナがヴァイオリン、アルフォンスがピアノで披露したのだ。
カタリナはヴァイオリンもピアノも相当弾けるが、アルフォンスはヴァイオリンは音がひっくり返りがち、ピアノは一応弾けなくもない、というレベル。
結局、アルフォンスがぎりぎり弾けるピアノ・ソナタに、カタリナがヴァイオリンをかぶせることになった。
にわか仕立ての演奏だったが、アデライードは大変喜び、立ち上がってブラーボ!と元気に叫んでくれた。
しかし、翌朝、アデライードは熱を出してしまった。
寝室で、力なく横たわるアデライードに別れを告げながら、アルフォンスは、近々この離宮を訪れるよう、なんとしても父を説得しようと心に誓った。
支度のできた馬車の前まで、カタリナが見送りに来てくれた。
二人に遠慮して、マルグリットや他の侍女達は下がっている。
カタリナは、ためらいがちに口を開いた。
「アルフォンス殿下。
アデライード殿下がおっしゃったこと……
気になさらなくてもいいと、わたくし思うの」
「は? なんのことだ?」
きょとんとするアルフォンスに、カタリナは軽くのけぞった。
「オルゴールを見つけた時に、おっしゃったじゃない。
思いは誰にも奪えないんだから、必要とあらば心に背く選択をしろって。
要は、他に思い人がいても、わたくしと結婚しろってことじゃないの!」
小声で、早口に叱られる。
アルフォンスは、ぶったまげた。
「えええええええ!?
そういう意味だったのか!?
し、しまった……どうしよう……」
一気に冷や汗が噴きでた。
今から戻って、「そんなことはできません」などと言えない。




