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8.王太后の思惑

 マルグリットは首を横に振った。


「まさか。アデライード殿下はクロスワードパズルがお好きだけれど。

 王太后様は、そんなものは下劣な趣味だといつもお怒りで」


 はぁ!? とカタリナは呆れた。


「クロスワードパズルくらい、いいじゃない。

 じゃ、王太后様のご趣味は?」


「あの方の、ご趣味というと……」


 マルグリットは、視線を泳がせた。

 ぱっと思いつかないようだ。

 やはり、趣味も陰謀だったのだろうか。


「馬車の移動の折りに、よく古代叙事詩を侍女に読ませていらした……ような。

 確か、発音を間違えて、解雇された侍女がいたと聞いた覚えが」


「「なるほど……」」


 アルフォンスとカタリナの声が揃った。


 高貴な女性が詩を好むといえば、普通は抒情詩だ。


 だが、古代叙事詩なら、親が子を殺し、弟が兄を殺し、裏切りに不義密通に虐殺に奸計に暗殺に復讐とドロドロてんこもり。

 いかにも彼女らしい好みだと納得するしかない。


「古代叙事詩に親しんでいらっしゃったから、クロノアの名がすっと出てきたのね。

 そして、王太后様は、謎掛けやパズルには興味がなかった。

 いかにも謎掛け風の表現だけれど、王太后様にそういう意識はなかったのかもしれない。

 もっと単純に、考えてみなければ……」


 カタリナは、ぶつぶつ呟きながら歩き回り始めた。


「仮に、クロノアが、ただの『時間』の比喩だったら……

 『オルゴールは、時がくれば戻ってくる』って意味になる。

 でも、それはいつのこと?」


 カタリナは、ふぬぬぬぬと考え込んだ。


「アデライード殿下が、立太子された時?

 ご結婚された時?

 ……即位された時?」


 はっと、カタリナは離宮の二階を見上げた。


「ああああ! きっと、あそこだわ!」


 王族が滞在する左翼、その一番端の部屋を指す。

 主寝室だ。


「へ?」


「殿下、行くわよ!」


 呆気にとられたアルフォンスを置いて、カタリナはサロンに駆けこんだ。

 慌てて、アルフォンスもマルグリットも老執事も後を追う。


 カタリナは玄関ホールに入り、大階段を一段飛ばしで駆け上がる。


「ど、どういうことなんだ、カタリナ!」


 二階の廊下を走るカタリナの背に、アルフォンスは叫んだ。


「当時、アデライード殿下は女王になるはずだったのよ。

 何年先かはわからないけれど、即位すれば、当然この離宮の主寝室を使うことになる」


 二階の廊下の突き当りにあるのは、国王夫妻のみが使う主寝室。

 カタリナは、その扉を指してみせる。


「そこに王太后様は、オルゴールを隠した。

 ご自身が使っている部屋だもの。簡単だわ。

 そして、いつの日か、女王になったアデライード殿下にオルゴールのありかを教えて恩を着せる。

 とりあえずは、そのつもりだったのよ」


「即位した時に返す?

 そのまんま言えばよかったじゃないか!」


 主寝室の扉の前でカタリナに追いついたアルフォンスは、亡くなった祖母を呪った。


「ほんっと、それよね!

 でも、謎めかすことでアデライード殿下を翻弄して、苦しめるのも楽しかったんじゃないかしら」


「……そういうことか」


 アルフォンスは、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、自分達を眺める祖母の表情を思い出した。

 自分達きょうだいは、皆、祖母を恐れていた。

 あの表情は、孫の怯えた顔を楽しんでいたのだ。


「それに16歳の夏なら、アデライード殿下の即位を前提に、将来王配となる結婚相手の選定も進めていたはず。

 王太后様の血を引く跡取りは、絶対に必要。

 でももし、アデライード殿下が夫と信頼関係を築いて、自分に対抗してきたら?

 その時は、色々匂わせながらこのオルゴールを婿に渡し、娘夫婦の関係にヒビを入れることだってできる。

 『即位したら返す』とは言ってないんだから、使い方は自由。

 王太后様は、咄嗟にそんな計算ができる方だったのよね?」


 カタリナは、遅れて追いついたマルグリットに振った。

 マルグリットは、肩で息をしながら、何度も頷いた。




 扉には、鍵がかかっていた。

 階段ダッシュでへろへろになった老執事が開けてくれ、カタリナとアルフォンスは中になだれ込んだ。


 使う人のいないソファや肘掛け椅子には、白い大きな布がかけられている。

 清掃は入っているようで、埃っぽくはない。


「王族に、プライバシーなんてものはない。

 けれど、人間、なにかしら秘密を保てる場所がなければ、生きていけないわ。

 侍女や女官が勝手に触れられない、隠し場所がどこかにあるはずよ」


 前室を抜けた最初の部屋は、色大理石の大きな暖炉のある居間。

 次に、四柱式の巨大な寝台のある寝室。


「居間や寝室じゃないと思うわ。

 夫と一緒に使うんだもの」


 寝室の左右には、それぞれ扉がついていた。

 アルフォンスは、なんとなく右手の扉を開く。


「ここは……?」


 大きな鏡台に、姿見、クローゼットもある。

 結構ゆとりのある部屋で、書き物机や肘掛け椅子もあり、着替えの前後にくつろぐこともできそうだ。

 奥にはもう一つ扉があり、覗くとバスルームだった。


「そちらは、国王陛下もしくは王配殿下がお使いになる部屋にございます」


 よく見ると、ダークグリーンを基調とした内装は、すっきりしている。

 確かに男性向けの部屋だ。


「なるほど。じゃああっちか!」


 一同は、どやどやと反対側の部屋に向かった。


 部屋は、くすんだピンクが基調。

 白と金の繰形がたくさんほどこされた、豪奢な部屋だ。

 鏡台も、さっきの部屋のものより一回り大きく、流麗な曲線が多用されて華やか。

 化粧道具をしまうためだろう、大小の引き出しがたくさんある。


「この鏡台、隠し引き出しがありそうだな!」


 思わず、アルフォンスは鏡台に駆け寄った。


「違うと思うわ。

 大掃除の時、引き出しを抜いて、中の埃を払うことだってあるじゃない。

 本当に誰にも見せたくないものは、家具に隠したりしちゃダメよ」


 アルフォンスを止めると、カタリナはじっくり部屋の中を見回した。

 鏡台の両脇の壁には、女神フローラの眷属である花の精霊たちの浮き彫りが四体飾られている。

 金箔をかぶせた豪奢なものだ。


「こういう浮き彫りなら、埃は払っても、強く拭いたりはしない。

 せっかくの金箔が、剥がれてしまうもの」


「左様にございます」


 老執事が頷いた。


 等身大に近い大きさの精霊たちは、それぞれ自分の象徴である花を手に持ち、踊っている。


「薔薇は、愛情。

 ユリは、威厳。

 すみれは、節度。

 ひなげしは、……」


 カタリナは、順々に精霊たちを指しながら花言葉を口にしていって、手を止めた。


「ひなげしといえば、『慰め』でしょう?

 忘れたの?」


 そっと、マルグリットが問う。


「ちゃんと覚えてるわ、おば様。

 慰め……誰にも見せられない、心の支えとなるものの隠し場所に、ぴったりね」


 カタリナは、精霊が両手で抱えているひなげしの花をじっくり観察した。


「この花のまわり、切れ目がつながってるみたい」


 呟くと、カタリナは、ひなげしの花の部分を両手で押した。


「カ、カタリナ!?」


 かすかな音がして、ひなげしの花の部分がそっくり壁から浮いた。

 中に、ばねが仕込まれているのだ。

 手のひらほどの大きさの花が5輪重なっているから、ノートくらいの大きさだ。


 壁から1センチほど飛び出したひなげしの花を、カタリナは真横から観察した。


「これ……ネジで壁につながってる」


「え」


 アルフォンスも近づいて、ガン見してみた。

 わずかな隙間から見える暗がりに、ネジらしいものが見える。


「殿下、回してみてくださる?」


「あ、ああ」


 アルフォンスは、飛び出した浮き彫りを慎重に持つと、ゆっくり回していった。

 やがて、かたんと小さな音がして、外れる。


 壁にぽかりと空いた穴の中には、空色の小さなオルゴールが鎮座していた。




「伯母上! オルゴールを見つけました!

 カタリナが!!」


 アルフォンスは、カタリナを連れて、アデライードの私室に駆け込んだ。


「え。見つかったの!?」


 寝間着にガウンを羽織ったアデライードは、びっくりしている。

 ちょうど、昼寝から起きてきたところのようだ。


「ほら、これですよね?」


 アルフォンスは、アデライードが座る肘掛け椅子に駆け寄ると、跪いてオルゴールを差し出した。


「なんてこと……もうずっと、諦めていたのに」


 アデライードはオルゴールを手のひらの上に載せ、しみじみと眺めた。

 蓋を開いて内側を確かめると、小さく笑みを浮かべる。

 アルフォンスの位置からは、中は見えなかったが。


 アデライードは、すぐに蓋を閉じ、呪文を呟いた。

 魔力を流すと、緑色がかった淡い光の粒がオルゴールから静かに散る。


 すぐに、オルゴール特有の澄んだ音が響き始めた。

 有名なワルツ、「美しく青きランデ」だ。


「ああ、懐かしい……」


 アデライードは、眼を閉じて聞き入った。

 その頬に、血色がほのかに浮かぶ。

 初めて見る、伯母の柔らかな表情を、アルフォンスは見守った。


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