7.不可解な肖像画
「そうね。奇妙な絵だわ。
アデライード殿下の肖像画は、いくつも描かれているけれど。
もっと後、30代ごろに描かれた作品が一番有名かしら。
いかにも実務に秀でた、優秀な方って印象の」
「そうだな。伯母上といえば、あの肖像画のイメージだ」
王宮の展示室に飾られている絵を思い出して、アルフォンスは頷いた。
「でも、この絵の表情は全然違う。
不安……じゃないわね。
臆している?
……んんん、それも違うわね」
カタリナは、ぶつぶつ呟き始めた。
扇で口元を隠し、絵に近づいては遠ざかり、右側から眺めたり、左側から眺めたりもする。
サン・ラザール公爵家は、代々、絵画や彫刻、工芸品を収集していることで有名な家だ。
カタリナ本人も造詣が深く、水彩画が得意。
美術ガチ勢は、こんな風に絵を見るものなのかと、アルフォンスは驚いた。
「そうだ。お二人のポーズが微妙におかしいのよ」
少し離れたところから、カタリナは扇で指した。
「アデライード殿下は、手のひらを上に向けて、左手を王太后様の近くに置いていらっしゃるでしょ?
まるで、お母様の手を求めているように」
アデライードの左手は、王太后との間に力なく投げ出されている。
「でも、王太后様は、両手で扇を握っていて、アデライード殿下の様子に気づいていないようにも見える。
王太后様は、膝を少しアデライード殿下の方に向けていらっしゃるから、一見、仲の良い母娘の絵のように見えるんだけど。
その実、アデライード殿下のお気持ちに心を傾けようとはしていない。
大切なのは、富と権力」
王太后がしっかり握っている扇は、大きな魔石がちりばめられた、豪奢なものだ。
「あー……なるほど」
言われて、アルフォンスは納得した。
一見、親密そうな絵面なのに、母と娘の間には明らかに疎隔がある。
そこに違和感があったのだ。
「そして、アデライード殿下は、母君の手を求めても無駄だと諦めているようにも見える。
ああ、殿下のこの表情……寄る辺なさ、だわ」
「『寄るべなさ』?」
「当時、アデライード殿下は将来の女王として、厳しい教育を受けていたはず。
でも、どれだけ励んだって、王太后様がなにもかも指図してくるに決まってる。
父親である先代陛下は、国政も家族も放り投げたままで当てにならない」
「……そうか。伯母上は、辛いお立場だったんだな」
アルフォンスは、自分がいかに幸運なのか、改めて悟った。
自分は家族に愛され、周囲の者も支えてくれている。
妃選びだって、なんだかんだで自分の意志を尊重してもらっているのだ。
「そんな環境で、なにを自分の軸として生きていけばいいのか、わからない。
大陸一の肖像画家が来たって、どんな表情で描いてもらえばいいのかも、わからない。
わからないことだらけなのに、頼れる人もいない……
そんな風に、わたくしには見える」
カタリナは呟く。
「けれど、アデライード殿下は、この絵が描かれた後、ヴィジェとの会話で軸になるなにかを掴んだ。
それが気に入らなくて、王太后様はオルゴールを取り上げた……
そういう流れだったんじゃないかしら」
「あー……お祖母様は、伯母上が自立するのが厭だったのか」
アルフォンスが言うと、カタリナは頷いた。
「でも、不思議ね。
どうして王太后様は、アデライード殿下の眼の前で、オルゴールを叩き壊さなかったのかしら。
気性の激しい、怖い方だったんでしょう?」
「そうだな。相当な方だった、と僕も聞いている」
アルフォンスの記憶にある祖母は、いつも尊大で不機嫌。
祖母が王宮に来ると、侍従や侍女、女官達は異様にピリピリしていた。
いつだったか、「お祖母様は厳しい人だから、あなたが粗相をしたら、ナニーが杖で打たれるかもしれない。だから、うんとお行儀よくしなくちゃだめよ」と、上の姉が緊張した顔で教えてくれたのを覚えている。
実際に、そんなことがあったのだろう。
「マルグリット夫人、そこはどうなんだろう?」
アルフォンスは、マルグリットに振った。
長年アデライードに仕えていた彼女なら、王太后のこともよく知っているはずだ。
元侍女は、しぶしぶ口を開いた。
「わたくしは、その場で捨てなかったのは、むしろ王太后様らしいな、と思います。
壊してしまえば、そこで終わり。
とっておけば、もっと効果的に使える時が来るかもしれないと、お考えになったのでしょう。
あの方は、権謀術数がなによりもお好きでしたから」
「え。相手は、たった一人の、大事な大事な娘じゃない」
カタリナが、さすがに驚いて声を上げた。
マルグリットは、苦い顔になる。
「王太后様は……人の弱みを握り、意のままに動かしていないと気が済まない、そういう方でした。
夫である先代陛下、お子様であるアデライード殿下、当代陛下。
ご実家など、お身内に対してもそうでした。
根本的に、人を信じることができない方だったんでしょうね」
マルグリットの後ろで、老執事も眼を伏せながら、小さく頷いている。
「そうか。そうなのか……」
だから、父は祖母から逃げた。
だが、伯母は逃げられなかったのだ。
「……せめて、伯母上のために、奪われたオルゴールを見つけて差し上げなければ。
って、あれ?」
改めて肖像画を見やったアルフォンスは、またまたピキーンと閃いた。
「日時計だ。中庭に日時計がある!」
絵の背景、窓越しに描かれた中庭には、日時計が描きこまれている。
今ある日時計と同じ位置、同じ意匠だ。
「もしかして、日時計なら、クロノアの姿かなにかが彫られているんじゃないか!?」
「でも、日時計にオルゴールを隠すかしら……
野外でしょ?
雨水なんかで錆びてしまいそう」
カタリナの食いつきは良くなかったが、なにはともあれ中庭に出る。
西の空に、ほのかに茜色が混じっている。
もう、日暮れが近い。
「えええと……」
この庭の日時計は、飾り柱を建て、それが落とす影によって時刻を示すタイプ。
直径3mほどの円形の石壇の上に設けられていた。
南端には、片手を頭上に差し上げた花の精霊の立像。
その足元から、放射状に線が彫られ、時刻表示が刻まれている。
壇の周りは、丈の低い草花を植え込んだ花壇で縁取られていた。
カタリナと一緒に台座や像、敷石を確かめてみたが、隠し場所らしいところはない。
そもそも、つるっとした石でできているのだから、仕掛けを仕込むのも難しそうだ。
「この花壇、毎年、植え替えしているのかしら?」
カタリナは老執事に訊ねた。
「季節ごとに、庭師が行っております」
「じゃあ、花壇に穴を掘って埋めても、そのうち庭師に見つかるわけだな……」
アルフォンスは、がっくりうなだれた。
なにも、今日中に見つけなければならないわけではない。
だが、アルフォンスが滞在できるのは、あと2日。
早く見つけて、アデライードに喜んでほしいのに。
カタリナは、腕組みをして考え込んでいる。
「『女神クロノアに預けた』……か。
女神が相手なら、捧げたとかそういう表現になりそうなものだけれど、『預けた』。
『預けた』のなら、取り戻すこともできるって、ことよね。
所有権は、まだ人間の側にある……」
アルフォンスは、マルグリットと顔を見合わせた。
「そういうことに、なるのかな」
「ねぇ、おば様。王太后様って、パズルや謎掛けがお好きな方だったの?
推理小説なんかは、お読みになっていた?」




