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4.公爵令嬢たる者

「お前達……!」


 アデライードの杖を握る手が、わなわなと震え始めた。


 まずい。雷が落ちる。


 アルフォンスが身を竦めたところで、ロルサンジュが控えめに咳払いをして進み出た。


「アデライード殿下。

 アルフォンス殿下とレディ・カタリナは、幼い頃から同世代の子女を集めた会などで顔をあわせていらっしゃいますが、深く相知る機会はこれまでほとんどありませんでした。

 アデライード殿下の監督の下、まずは交流を重ねていただくのが望ましいかと」


 穏やかな声で、国王の副侍従は立て板に水とばかりに進言する。

 それが父の意志なのだ、とアルフォンスは悟った。


 本来なら、王子と妃候補との交流をつかさどるのは王妃の役目。

 だが、母や妹達はジュスティーヌ推しだから、父が頼れるのは伯母だけなのだ。


「……そう。そうするしかないわね」


 アデライードは憤激を飲み込んで、しぶしぶ頷いた。


「でしたら、まずは魔導テニスなどいかがでしょう。

 こちらの離宮、テニスコートもございますし」


 カタリナは、ほがらかに提案した。


 魔導テニスというのは、要は身体強化魔法アリのテニス。

 学院では、男女別の「運動」の時間に行っている。

 おっとりしているアルフォンスは球技全般が苦手だが、魔導テニスは下手なりに好きだ。


「しかし、テニスコートは庭園の外れです。

 アデライード殿下がおでましになるには、いささか遠いような……」


 侍医が、ためらいがちに口にした。


椅子輿セダン・チェアを出せばいいじゃありませんか。

 お昼も、軽いものをバスケットに詰めて行けば、ちょっとしたピクニックになりますわ。

 ね。アルフォンス殿下。アデライード殿下にご自身がどれだけ成長したか、お見せしたいと思いません?」


「あ、ああ。そうだな……」


 というわけで、まずは魔導テニスで交流、ということになった。




 急な話だったが、すぐに準備は整えられた。


 アルフォンスは白いシャツとゆったりしたパンツに、カタリナも白いブラウスと乗馬用のプリーツスカートに着替える。

 カタリナは、普段はハーフアップに結っている縦ロールを、うなじで一つにまとめ、大きなリボンを結んでいた。

 本気でプレイするつもり満々だ。


 夏らしい、白いモスリンのゆったりしたドレスに着替えたアデライードも出てきて、椅子輿に乗る。


 椅子輿とは、椅子の左右に長い棒を二本とりつけた、座って移動できる担架のようなもの。

 従僕二人が輿を持ち上げ、なるべく揺らさないよう丁寧に歩んでいく。

 カタリナは大きな日傘をアデライードに差し掛けながら歩み、アルフォンスはその反対側についた。


 盛夏を少し過ぎたあたりなので、庭園の花は少ない。

 だが、空は高く晴れ、涼しい風が木々の梢を揺らす。

 遠く、青緑に霞む山々の稜線が美しい。


 そんな風景の中、カタリナは、寄宿学校で知り合った、各国の姫君達の話をアデライードにしている。

 アデライードは、長年、他国の王族との交流も担っていた。

 彼女にとっては、友人知人の孫娘にあたるので、話は盛り上がっていた。


 ついさっきまで、特大の雷が落ちそうな雰囲気だったのに。


 父が、自分の妃にカタリナを推すのは、こういうところもあるのかもしれない。


 ゆるゆると10分ほど歩んだところで、ようやく一行はテニスコートについた。

 土を固めたコートの脇には、日よけのついた小さな観客席もある。

 アデライードはその真中に陣取り、いよいよ試合ということになった。


 コイントスで、カタリナのサーブからと決まる。

 ロルサンジュが審判台に上がった。


 カタリナは、ボールを地面にぽむぽむと打ち、はずみ具合を確かめている。

 アルフォンスは、おっかなびっくり構えた。

 魔力を巡らせ、身体を強化していく。


「……参ります!」


 カタリナは、高くボールを投げ上げた。

 伸びやかに身体をしなわせて、最初のサーブを打ち──


 ぱし。


 乾いた音が、すぐ横でした。

 後ろで、ガシャーンと、金網にボールがぶつかった音がする。


 アルフォンスは、一歩も動けなかった。

 球が速すぎて、まったく反応できなかったのだ。


 いくら魔力で強化しているとはいえ、令嬢が打つ球ではない。


「は??」


 ロルサンジュも、口をぽかんと開けている。

 アデライードやマルグリットも、供の者も皆、驚愕の表情だ。


 カタリナが、高笑いした。


「公爵令嬢たる者、テニスをするなら、サービスエースかリターンで即エースの二択!

 ちまちま打ち合っていたら、髪が乱れてしまいますわ!」


「公爵令嬢って、もっと優雅に……蝶のようにプレイするものじゃないのか!?」


 アルフォンスの渾身のツッコミをスルーして、カタリナはロルサンジュを見やった。

 慌てて、ロルサンジュが「フィフティーン・ラブ」とコールする。


 アルフォンスは、気合を入れて魔力を巡らせた。

 なんといっても、伯母が見ているのだ。

 ぎゅいんぎゅいんに身体能力を強化し、どこに打たれてもすぐ飛び出せるように構える。


 が──


「ああああ……」


 アルフォンスは、完封負けを喫した。

 ぎゅいんぎゅいんのおかげで、何度か追いつきはしたが、結局、一球も返せなかったのだ。


「勝利! わたくしの勝利ですわ!」


 打ちひしがれたアルフォンスをよそに、カタリナは拳を天に突き上げている。

 ロルサンジュとアデライードは、無の表情。

 マルグリットは身を縮め、気の毒なくらいだ。


 アルフォンスは深々とため息をつくと、カタリナとネット越しに握手した。

 アデライードのところに、二人で戻る。


 呆れ顔のアデライードは、それでも拍手で迎えてくれた。


「カタリナ。魔導テニスが強いのね。

 アルフォンスは……最後まで紳士らしく振る舞って、立派だった」


 優しいフォローに、アルフォンスはかくりとうなだれる。


「……伯母上に、いいところを見せられなくて、残念です。

 それにしてもカタリナ。君、強すぎるだろう。

 学院でこんなことをしたら、試合にならないだろうに」


「……それがわたくし、ジュスティーヌに9連敗中ですの」


 カタリナは仏頂面で答えた。


「ジュスティーヌ?

 シャラントンのジュスティーヌよね?

 あれは、お前より強いというの!?」


 アデライードが、たまげる。

 カタリナは、露骨に厭そうな顔をした。


「あの人、どんな球でも絶対に返してくるんです。

 どんなにエグいサーブも、角度を思いっきりつけたクロスも、渾身のスマッシュも、返されて返されて返されて、で。

 酷い時は、お昼前に始めた試合が、夕方までかかったこともございました」


 死闘にもほどがある。

 そもそも、そんなに長い間身体強化を使ったら、魔力が尽きるのではないか。


「でも、ジュスティーヌの仇をアルフォンス殿下で返せて、わたくし大満足ですわ!」


 カタリナは、またまた高笑いをキメた。


「それは、どういうこと?」


 アデライードが戸惑い、カタリナとアルフォンスを見比べる。


 アルフォンスは固まった。


 ジュスティーヌへの思いは、誰にも漏らしたことはないのに。

 カタリナはどういうつもりで、いかにもこんなことを言うのだろう。


「ふふふ。ところでアデライード殿下、そろそろお昼はいかがでしょう。

 わたくし、おなかが減りましたわ」


 カタリナはさらっと流して、にこやかに提案した。


「ああああ、僕もぺこぺこです」


 全力で、アルフォンスは乗っかった。


 アデライードは、訝しげに眉を寄せたまま、侍女に支度を命じた。


カタリナ「金髪縦ロール令嬢の元祖、竜崎麗香様リスペクトなのですわ!」(ふんす)

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