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3.最上級の令嬢

 濃い色の羽目板に、金箔の飾りをあれこれあしらった、重厚な印象の正餐室には、二人だけのために煌々とシャンデリアが灯されていた。

 真っ白なテーブルクロスをかけたテーブルは、20人近く食事ができる大きさ。

 その中央に、向かい合わせに食器が二組だけセットされている。


 彩りよく夏野菜を寄せた野菜のテリーヌ、冷製スープと出て、メインは近くの湖で捕れた驚くほど大きなニジマスのムニエルだった。

 料理は良かったが、部屋が広すぎて居心地が悪い。

 宿題の進捗状況などをぼそぼそと話しながら、二人は食事をした。

 カタリナは、一番大変な大陸外交史のレポートをとっとと終わらせたそうで、まだ手をつけてないアルフォンスは小さくなるしかなかった。


 それにしても、カタリナの食べ方は美しかった。

 自在にフォークとナイフを操り、会話の合間に食べるタイミングも完璧だ。

 アルフォンスも食事のマナーは幼い頃から叩き込まれているが、自分は綺麗に食べられているのか、不安になるくらいだった。


 というか、改めて見ると、カタリナは呆れるほど美しい少女だ。


 縦ロールに巻いてからハーフアップにした濃い金髪は、黄金のよう。

 抜けるように白い肌に映える、やや厚めの唇は艷やか。

 きりっとした眉には意志の強さがうかがえ、緑がかった深い青の瞳は生き生きと輝く。

 しゅっとした顎の輪郭、長い首からつらなる肩のラインは、優美きわまりない。


 魔法は三属性複合魔法の中でも最強格の「蒼蓮の舞」まで打て、実家は三女のカタリナにも持参金をたっぷりつけられる金満公爵家。

 親戚には、小国だが西大陸有数の歴史を誇る国の君主もいる。

 上の姉は辺境伯夫人で、下の姉も大公家の嗣子に嫁いだ。

 さらに、大陸一の令嬢向け寄宿学校で学んで、各国の名家ともつながりがある。


 美貌、魔力、資産、血筋に国際的な人脈。

 五拍子揃っているカタリナは、どういう男性と、結婚することになるのだろう──


 と、他人事のようにぼんやり考えていたアルフォンスは、思い出した。


 自分だ。

 王太子である自分に嫁がせるために、カタリナは最上級の令嬢に仕上げられたのだ。

 

 なにごとも要領の良いカタリナだが、相応の苦労を重ねたはず。

 なのに、肝心の自分がジュスティーヌを望んでいると知ったら、カタリナはどう思うだろう。


 アルフォンスは、おそるおそるカタリナの顔色をうかがった。


 カタリナは、すました顔で食後の紅茶を飲んでいる。

 アルフォンスの視線に気づいたのか、軽く片眉を上げた。

 すっと茶を飲み干して、ティーカップを静かに置く。


「……ごちそうさまでした。

 アデライード殿下、午前中の方がご体調がよろしいみたいなの。

 明日の朝、ゆっくりお話できるように、殿下もさっさとお休みになったら?

 旅のお疲れもあるでしょうし」


「あ、ああ。そうする」


 挙動不審にアルフォンスは頷いた。

 本来なら晩餐の後は会話を楽しむものだが、こう言われてはどうしようもない。


「……では、おやすみなさいませ」


 従僕に椅子を引かせると、カタリナはやたら丁寧にお辞儀をして、足早に正餐室から出ていってしまった。




 翌朝──


 朝食を済ませたアルフォンスは、アデライードの居間を訪問し、改めてマルグリットを紹介された。

 今朝のアデライードの体調は比較的良いようで、アルフォンスはほっとした。


 まずは、この離宮に飾られている歴代王族の肖像画をアルフォンスに見せたいと言われ、展示室ロング・ギャラリーへ向かうこととなった。

 アデライードは右手でアルフォンスの肘を掴み、左手は杖を突いて、一歩一歩確かめるように長い廊下を歩んだ。

 当然、カタリナにマルグリット、ロルサンジュ、侍女に侍医に看護師もぞろぞろと付き従う。


 展示室は細長い部屋。

 左右の壁にいっぱいに肖像画がかけられている。


「ええと……これは初代様の絵、ですよね?」


 順路の最初に当たる、一番右端にかけられた、初代国王の肖像画にアルフォンスは首を傾げた。

 初代国王の肖像画は、アルフォンスが暮らす王宮にもいくつか残されている。

 古風な衣裳と、当時の絵画特有の素朴な描線ですぐにわかったが、いかにも偉丈夫という印象の初代国王の隣に立つ、うら若い女性には見覚えがない。


「そう。初代様と最初の王妃エスメラルダ。

 エスメラルダは、最初の子を産んだ時、22歳で亡くなってしまった。

 その子も育たなくてね」


「なるほど……」


 隣に肖像画が掲げられている二代目の国王は、二人目の妃が産んでいる。

 若くして亡くなったエスメラルダは忘れられ、肖像画も人目につかない離宮に移されたのだろう。


 どうもこの離宮には、王宮には飾りにくい絵が多数残っているようだ。


 順々に、絵を鑑賞しながら、アデライードは歴代国王やその家族の生涯を解説してくれた。

 知っている話もあったが、知らない話も多い。

 アルフォンスは、アデライードの解説に聞き入った。


 最後に、アデライード自身とその母、つまりアルフォンスの祖母である王太后を描いた肖像画が掲げられていた。


 クリーム色の正装をまとった母娘は、寝椅子に並んで座り、ポーズをとっている。


 美貌自慢の王太后は、いかにも華やか。


 一方、太い眉にがっしりした顎で、男顔のアデライードはどこか居心地悪そうだ。

 アデライードは、豪傑タイプの先々代国王──つまりアルフォンスの曽祖父に似ているのだ。


 王太后もアデライードも美しく装っている。

 だが、アルフォンスには、母が娘を引き立て役にしているようにも見えて、思わず眉をひそめてしまった。


「この絵は……ここで描かれたのですか?」


 その後ろ、窓越しの風景は、昨日レモネードを飲んだサロンにそっくりだ。

 花壇で彩られた日時計も見える。


「そう。わたくしが、今のお前達と同じ年だった夏にね。

 母上が、わざわざギアールを呼んで」


 懐かしげな顔になりながら、アデライードは頷いた。


 ギアールというのは、エルメネイア帝国の有名な女性肖像画家だ。

 優雅で愛らしい女性像に定評があり、各国が競って招聘して、数百点に及ぶ作品を残している。


 アデライードは、アルフォンスとカタリナを振り返った。


「アルフォンス。カタリナ。

 お前達が並んだ肖像画が宮殿に飾られたら、さぞや見栄えが良いだろうね」


 うぐ、とアルフォンスは詰まった。


 男女が並んだ肖像画など、夫婦でなければ描かれない。

 やはり、アデライードはカタリナとの結婚を望んでいるのだ。


 カタリナは、どう答えるのだろう。

 アルフォンスは、内心冷や汗をだらだらかきながら、カタリナの顔色をうかがった。


「光栄ですわ、アデライード殿下」


 カタリナは、しとやかにお辞儀をしてみせた。


「けれど、アルフォンス殿下は、子供の頃からわたくしに怯えていらっしゃいますから。

 色々と、難しいのではないでしょうか」


「カタリナ! なんてことを!」


 真っ青になったマルグリットが小声で叱る。


 アデライードは、険しい目でカタリナを睨んだ。


「カタリナ。お前は、アルフォンスの隣を望まないというの?」


「ええ。いくら顔は良くても、びくびくびくびく接してくる殿方と、生涯をともにしたいと思えるはずがないじゃありませんか」


 カタリナは、薄い笑みを浮かべると、堂々とアデライードに言い返した。

 あっけにとられたアデライードが、キッとアルフォンスを睨む。


「アルフォンス! お前はそんなにカタリナに怯えているの!?」


「い、いや。そんなはずは……」


 アルフォンスは、両手を突き出して左右に振りながら慌てて否定した。


 我ながら、どう見ても、あからさまに怯えている。

 カタリナにも、アデライードにも。


 カタリナは、冷たい流し目をアルフォンスに向けると、アデライードに向かって「ごらんの通りですわ」と言わんばかりに肩をすくめてみせた。


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