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2.二人きりの晩餐

 しばらく、無言で廊下を進み、玄関ホールに出た。

 王宮と違って仕える者も少ないのか、離宮は静まり返っている。


「……殿下の部屋は、二階の左翼に用意されてるわ。

 もう荷物も上がってるでしょ。

 お着替えされる? それともなにか冷たいものでも?」


「んー……レモネードでも飲みたいな」


 じゃあ、とカタリナは、玄関ホールの奥にある、落ち着いた雰囲気のサロンにアルフォンスを連れて行った。

 建物の規模からすると、広々としたサロンだ。

 隅にはグランドピアノもあるから、音楽室、舞踏室を兼ねているのかもしれない。

 窓からは、大きな日時計を囲んだ花壇も見えた。


 窓際の、ティーテーブルを挟んだ肘掛け椅子に、向かい合わせに座る。

 カタリナは鈴を鳴らして女官を呼ぶと、レモネードを頼んだ。

 この離宮に、すっかり慣れている物腰だ。


「で。君はなんでここにいるんだ?」


 カタリナは、深々とため息をついた。


「さっき、淡い緑色のデイドレスを着た人がいたでしょ?

 あれが、父の従姉妹のマルグリットおば様。

 長い間、アデライード殿下にお仕えしていたの」


「……そうなんだ」


 と、言われても、見覚えはない。

 マルグリットは50歳前後に見えたから、侍女として出仕していたのは、自分が生まれる前の話かもしれない。


「遅くに結婚したのだけれど、子供がないまま死に別れて。

 それからはうちの領地の本邸で暮らしているの。

 わたくしも、寄宿学校に行く前に、マルグリットおば様に礼儀作法を教わったわ」


 長くアデライードに仕えていたのなら、宮中作法に詳しいはず。

 子女の教育を委ねたり、カタリナの祖母である前公爵夫人を補佐してもらうために、公爵家がマルグリットをスカウトしたのかもしれない。


「で。アデライード殿下から、久しぶりに昔話でもしないかって、ご招待いただいて。

 気がついたら、わたくしもなんでかついてくることになったのよ」


「なる、ほど……」


 やはり、伯母と父の共謀で、自分たちはこの離宮に集められたようだ。

 自分とカタリナを近づけたいサン・ラザール公爵家から、伯母に働きかけたのかもしれないが。


「わたくしは、三日前に着いたのだけれど。

 ちょっと、……びっくりしてしまって。

 アデライード殿下にお目にかかったのは、3年ぶりだったし」


 言いながら、カタリナは眼を伏せた。

 彼女も、アデライードの状態が本当に悪いと思っていなかったようだ。


「そうだな……僕も、驚いた」


 ここで女官がレモネードを持ってきてくれ、アルフォンスは喉を潤した。

 女官は、そのままサロンの隅で待機している。


 カタリナは、アルフォンスの方に少し身を乗り出した。


「……一度、陛下もいらした方がいいんじゃないかしら。

 ほら、姉一人、弟一人の二人姉弟じゃない」


「そうだな……

 僕から父上に申し上げてみる」


 女官の耳を気にして小声で言われた言葉に、アルフォンスは頷いた。

 伯母と父はさほど親しくはないとはいえ、カタリナの言う通りだ。

 後回しにしていると、のちのち悔いることになりかねない。


「僕は、ここに4日滞在する予定で来たんだが、君は?」


「わたくしは一週間くらいって言われていたんだけれど。

 マルグリットおば様の様子からしたら、学院が始まるギリギリまでいることになるかも」


 夏も、もう終わりが近い。

 学院の始業式は2週間後だ。


「すまない。君には退屈だろうに」


 アルフォンスは、軽く頭を下げた。

 王都なら、社交シーズンでなくとも、音楽会や展覧会などカタリナが好む娯楽がそれなりにある。

 ここには、なにもないのだ。


「退屈だなんて。

 アデライード殿下、ご気分がよい時は、色々昔の話をしてくださるの。

 大伯母様とか父とか祖母とか、小うるさい親戚の面白やらかしエピソードがざっくざくで、こっちはホクホクよ」


 カタリナは、にんまりと笑う。

 いつになくしおらしいと思っていたら、これだ。

 アルフォンスは、少し気が楽になった。




 侍従のロルサンジュがそろそろ着替えをと促しに来て、二人は席を立った。

 カタリナ達は、二階の右翼だそうだ。


 大階段で分かれて、アルフォンスは自分にあてがわれた客室に向かう。

 吹き抜けの玄関ホールを挟んで、左翼が王族が滞在する部屋、右翼が貴族など招待客の客室と使い分けているのだろう。

 離宮には、よくある造りだ。


 二階の廊下の突き当りには、他とは違う重厚な扉が見えた。

 両脇には、少し引っ込んだスペースが設けられ、護衛騎士が警護しやすくなっている。

 主寝室だ。


 アデライードは、実質的にこの離宮の主なのだから、この部屋を使ってもよさそうなものだが、なにしろ昔気質の人。

 主寝室は国王夫妻専用の部屋として扱われるものだし、遠慮して1階にある部屋を自分の居室としたのだろう。


 ま、アルフォンスも、王宮にある父母の寝室に入ったことはない。

 家族用の居間が別にあるし、寝室は君主とその妻だけの聖域という意識があるからだ。


 アルフォンスは、主寝室の手前の部屋に案内された。

 十分広い、次の間つきの客室だ。

 シャワーを浴びて着替え、ついでに荷解きの様子を確認する。

 衣類はクローゼットにしまわれ、書斎机には、まだ終わっていない宿題がきちんと並べられていた。


 宿題から眼をそらし、まずは王都の家族に手紙を書くことにする。

 無事着いたこと、伯母上の状態が芳しくないので、一度時間をとって訪ねた方が良いと思う、などなど綴っていく。


 カタリナについては、どう書けばいいだろう。

 しばらく筆を遊ばせたアルフォンスは、結局、カタリナについては会ったことだけ書き、マルグリット夫人が伯母上にまめまめしく仕えてくれているようだと、そちらを詳しく書いた。


 封をして従僕に託す。

 明朝、近くの町から郵便で送ってくれるそうだ。


 そんなことをしているうちに、ロルサンジュがそろそろ夕食の時間だと呼びに来た。

 正餐室で用意していると聞いて、慌てて夜用の正装に着替えてタイを締める。


「伯母上も、いらっしゃるんだろうか?」


「いえ。今日はもうお休みになった方がよいと、侍医が。

 お話の続きは、明朝にとのことです」


 階段を降りながら訊ねると、ロルサンジュは沈痛な表情で教えてくれた。


 伯母と甥とはいえ、王族同士。

 きっちりした伯母のことだから、会うとなれば、相応に威儀を正したいのだろう。


 アルフォンスは、流れるように控えの間に連れて行かれた。


 控えの間には、仏頂面をしたカタリナが、シャンパンゴールドの美しいドレスを着て座っていた。

 胸元には、燦然と魔石を連ねたネックレスが輝く。

 もっとも格式の高い王宮の晩餐会でも、このまま出席できそうだ。


「ええと、……マルグリット夫人は?」


 カタリナの侍女らしい若い女性が傍に立っているが、マルグリットの姿は見えない。

 元侍女とはいえ、招待客の扱いで来ているのなら、てっきり彼女も交えて食べるのだと思っていたが──


「おば様は、アデライード殿下についていたいから、失礼しますって。

 というわけで、お夕食は殿下とわたくしと二人でいただくようよ」


「は? そんなこと、アリなのか!?」


 びっくりしたアルフォンスは、ロルサンジュの方に振り返った。

 令嬢と二人、差し向いで食事を摂るなど、今までしたことがない。

 同世代の令嬢の中では一番親しいジュスティーヌと会う時だって、必ず母が同席しているのだ。


「問題ありません。

 なにぶん、アデライード王姉殿下のご意向ですし」


 ロルサンジュは、しれっと答える。

 アルフォンスは、カタリナを正餐室にエスコートするしかなかった。


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