10.大切な友人
カタリナは、声を立てて笑った。
「ま、『その通りにします』とかおっしゃったわけじゃないんだし。
嘘をついたことには、ならないでしょ」
「そ、そうか……」
危ないところだった、とアルフォンスはため息をついた。
「殿下って、本当に殿下ね……」
カタリナは、しみじみと言う。
「ど、どういう意味だ、それは」
「殿下は、今のぽわんとした殿下のままでいてほしいってことよ」
完全に、カタリナはからかっている。
「余計、わからないじゃないか!
……というのは、とにかく」
こほんと、アルフォンスは咳払いをした。
カタリナに言わなければならないことがあるのだ。
「今回の滞在では、伯母上だけでなく、君を知ることもできてよかった。
これからは、その……大切な友人だと思ってもいいだろうか」
これまで、アルフォンスは、カタリナにおっかなびっくり接しているところがあった。
国一番の金持ち公爵家の令嬢で、美貌にも恵まれたカタリナは、どこまでも強気。
ぼーっとしがちなアルフォンスは、どうも腰が引けていた。
だが、この数日で、カタリナの心の温かさもよくわかった気がする。
は? とカタリナの表情が止まった。
一瞬、瞳が揺れる。
「……殿下の、お心のままに」
口角を上げて言うと、カタリナは眼を伏せて、後ろに下がった。
アルフォンスは「じゃあ、また学院で」と手を挙げて、馬車に乗り込む。
深々と跪礼をするカタリナやマルグリット、侍女達に見送られて、馬車が出る。
遠ざかっていく離宮を振り返ると、だいぶ小さくなったカタリナが一人、玄関の前に立ち尽くしているのが見えた。
その後──
アルフォンスは、念願かなってジュスティーヌと結婚し、子にも恵まれた。
カタリナは、21歳になってようやく婚約したが、相手のクズっぷりを舞踏会で暴露して婚約破棄。
同時に「自分の結婚は自分で決める」と宣言し、大陸社交界に「破天荒令嬢」としてその名を轟かせた。
その後も、某家のお家騒動に首を突っ込んで力技でなんとかしたり(利害関係者の最終調整をしたのは、アルフォンスだが)、30年前に起きた毒殺事件を華麗に解決したり(この件にも、アルフォンスはなんでか巻き込まれたが)、破天荒っぷりに磨きがかかっている。
毒殺事件の真犯人とその末路が大々的に報道された、少し後のこと。
「珍しいな、カタリナ。こっちに来るだなんて」
自分の執務室にやってきたカタリナを、25歳になったアルフォンスは迎えた。
今日は、月に数度設けている、陳情などを受け付ける日。
舞踏会や園遊会など、顔を合わせる機会もちょいちょいあるのに、カタリナはなぜか面会を申請してきたのだ。
「この間は、ご足労をおかけして恐縮でしたわ。殿下。
今日はちょっと、急ぎの用で」
藤色の訪問用のドレスをまとったカタリナは、大きめのアタッシュケースを自分で持っていた。
アルフォンスと向いあわせにソファに腰掛けると、茶を出そうとした若い秘書官を手で止める。
「冬に、サン・ラザール公爵家代々のコレクションの展覧会をすることになったでしょう?
展示作品を選びに領地の本館に行ったら、大変なものが出てきたのよ」
言いながら、カタリナはアタッシュケースをローテーブルの上に置いた。
「大変なもの?」
アルフォンスは、身を乗り出した。
ちらっと、カタリナが秘書官を気にする。
アルフォンスは下がるように、身振りで伝えた。
若い秘書官が、秘書官室に下がる。
もちろん、間の扉は開いたままだ。
「作者や由来がよくわからない作品を、まとめてしまっておいた倉庫から出てきたの」
カタリナは、ケースを開いた。
「これは……伯母上か!」
ケースに収められていたのは、栗色の髪の少女の表情を捉えた油絵だった。
少しはにかんでこちらを見ている瞳は、生き生きとして愛らしい。
太い眉もしっかりした顎も、確かにアデライード。
だが、美貌を誇る王太后の添え物のように描かれていた、ギアールの肖像画とはまったく違う。
優しく、強く、ユーモアもある、他の誰にもない独特な魅力をもつ少女だ。
制作年もサインもなく、裏を返してもなにも書かれていない。
「ギアール達は、夏の終わりにうちの領地の本館に来て、曽祖父様達の肖像画を描いたりしたのだけど。
学芸員が言うには、ヴィジェは、うちが持っている名画の模写もしていたようなの。
そのどさくさに紛れて、収蔵庫にこの絵を残していったんじゃないかって」
「え。どうしてそんなことを」
「ここからは、わたくしの想像だけれど……
スケッチをもとに、ヴィジェは密かにこの絵を完成させた。
売るためではなく、画家修業のためでもなく、あの日のアデライード殿下が、自分にどう見えたのかを殿下に伝えるためにね。
でも、もうお会いする機会はないし、自分からお渡しすることは難しい。
だけど、うちに置いていけば、いつか誰かが気がついて、こっそり殿下に渡してくれるかもしれない。
母国に持ち帰るよりは、アデライード殿下にご覧いただける可能性がある。
そう考えたんじゃないかしら」
アルフォンスは、感心した。
「なるほど……カタリナ。よく見つけてくれたな。
ありがとう。
さぞや、伯母上もお喜びになるだろう」
アデライードが、歓喜する姿が目に浮かぶ。
あの後、サン・ラザール公爵はヴィジェの習作をアデライードに献上したのだが、その時も大層喜んでいた。
「いやもう、うちの者が全然気がつかなくて、ほんっとすみません!って感じだけれど。
殿下から、お渡ししていただけないかしら?
来週、アデライード殿下のところにいらっしゃるんでしょ?」
「ああ、そうだ」
アルフォンスは頷いた。
あの後、アルフォンスの懇願に負けて、父はアデライードのもとを訪れた。
年の離れた姉と弟は、数十年ぶりに親しく語り合った。
その際、優れた魔導師である父は、アデライードの症状が、魔力障害によるものだと気がついた。
通例、魔力障害は心臓で起きる。
魔力が心臓付近で晶化することで心臓が圧迫され、大きな負担がかかるのだ。
しかし、アデライードの場合は、晶化が肺で起きていた。
だから、当人も侍医も、慢性気管支炎の類だと思いこんでいた。
ただちにアデライードは、魔力障害に良いとされる温泉に移り、徐々に回復。
今も王家のご意見番として重んじられ、王太子妃ジュスティーヌが推進している女子教育振興にも協力している。
アルフォンスの子供達もアデライードによくなつき、この夏の休暇は、アデライードのもとで過ごす予定だ。
「しかし、君が見つけてくれたんだ。
君からお渡しすればいいじゃないか。
伯母上も、君が顔を出してくれたら喜ぶだろう」
カタリナは微妙顔になった。
「あー……うかがいたいのは山々なんだけれど。
アデライード殿下、いまだにわたくしの縁談探しを諦めてくださらないのよね。
うちの親だって言わなくなったのに」
アルフォンスは、釣書の山をずいずい押しつけるアデライードと、さりげなく押し返そうとするカタリナの攻防を想像して、笑ってしまった。
「頑固な方だからね。
それに、伯母上は君のことが好きなんだよ」
「……そうかしら」
ほんのり照れたカタリナは、誤魔化すように立ち上がった。
「とにかく、そのあたりのこともよろしくお伝えいただけると助かるわ」
「ん。わかった」
アルフォンスは、カタリナを送り出した。
ほのかな花の香りがふわっとアルフォンスの鼻をくすぐって、すぐに消える。
「……あ? よく考えたら、また仕事が増えたな??」
カタリナに会うと、たいていこうなる。
絵を届けるのは仕事というほどのことではないが、アデライードにカタリナの縁談の世話を諦めさせるのは、一仕事だ。
ま、こんな風に気安く自分を使ってくる友人も、王太子という立場では貴重かもしれない。
利権がどうとかいう話は、一切持ってこないのだし。
アルフォンスは、カタリナにすっかり飼い馴らされている自分に少し笑いながら、アタッシュケースをぱちりと閉じた。
カタリナ「最後までご覧いただき、まことにありがとうございました! ちなみにこの頃、わたくしが殿下をどう思っていたかについては、『公爵令嬢カタリナの婚活』[特に33話「雷の一撃」]をご覧いただければ……」(無の表情)
アルフォンス「え? 普通に下僕の一人じゃないのか??」
この作品は、個人企画「春の異世恋推理’26」に合わせて投稿したものです。
他の参加作品および詳細は、下記バナーから御覧ください。
別途、このシリーズのリンクも貼っています。
カタリナ&アルフォンス&アデライードは、22年発表の『公爵令嬢カタリナの推理』にも登板していますが、あちらは別世界線ということで…!




