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1.湖の離宮

個人企画「春の異世恋推理'26」参加作品です。

企画詳細は、ページ下を御覧ください。

 ある年の夏。

 16歳になったばかりの王太子アルフォンスは、伯母のアデライードの見舞いに行くことになった。


 アデライードは、アルフォンスの父・国王フェルナンドの年の離れた姉。

 数年前から体調を崩し、王都から馬車で3日かかる通称「湖の離宮」で隠棲している。


 第一王女だったアデライードとフェルナンドは、長年、微妙な緊張関係にある。


 フェルナンドが生まれるまで、アデライードは王太女に擬せられていた。

 王子がいなければ、王女が女王として即位する国だったからである。

 しかし、正式に立太女の儀式を行う前に、フェルナンドが誕生。

 アデライードが女王になる可能性は、そこで消えた。


 正嫡の子は、アデライードとフェルナンドだけ。


 ならば、王家唯一の王女として相応のところに嫁ぐところだが、弟が誕生した時には既に17歳になっていたアデライードに釣り合う者は、なかなかいなかった。

 同世代の王族や大貴族の嗣子は、皆、既に結婚していたり、婚約していたからである。

 数多の女性たちの間をフラフラしている父に代わり、国を取り仕切っていた母を補佐するかたちで、王家に尽くしているうちにアデライードは婚期を失った。


 フェルナンドが即位し、成長してみずから政治を行うようになると、次第に王太后と王姉アデライードは脇へ追いやられるようになった。

 王太后は豪腕だったが、あれやこれやと放漫でもあり、その後始末に追われる破目になったフェルナンドが徐々に彼女を排除していったのだ。

 王太后は先年亡くなったが、60代手前の姉と40代の弟の間にはぎこちなさが残ってしまった。


 だが、アデライードはフェルナンドの子達、つまりアルフォンスや姉妹達を可愛がった。

 直接会う機会はそんなになかったが、呑気者すぎて、周囲に心配されがちなアルフォンスを、「王にふさわしい大器だ」と人前で強く褒めてくれたこともあった。


 最近、王太子教育の一環として、アデライードが公務に際して作成したスピーチ原稿を読んでいたりもする。

 勧めてくれたのは、父だ。

 原稿は、入念に下調べしているだけでなく、茶目っ気もあり、どれを読んでも勉強になった。


 なので、伯母の体調が思わしくないと聞いた時、アルフォンスは見舞いに行きたいと申し出たのだ。

 ちょうど、貴族学院の夏休みだったこともあり、アルフォンスの希望は通った。


 父の侍従の一人であるロルサンジュ伯爵や従僕、近衛騎士はついているが、父母や姉なしで旅行するのは初めて。

 大陸一の美姫と謳われる王妃によく似た、若き王子は、どこまでも広がる夏空の下、羊や牛が丘陵に点々と散らばるのどかな風景を楽しんだ。


 「湖の宮」と呼ばれる離宮は、高原の美しい湖のほとりにある。

 いくつかある離宮の中では規模が小さく、長い間、ほとんど使われていなかったのだが、アデライードは少女時代にこの離宮で夏を過ごしたとかで、ここを隠棲所に選んだという。

 会うときは、アデライードが王都に来てくれるので、アルフォンスが訪れるのは初めてだ。


 日差しがだいぶ傾いた頃、馬車は離宮に到着し、広々とした芝生の前庭を軽快に抜けていった。

 白を基調とした二階建ての離宮は、瀟洒な印象。

 飾り柱や窓枠には、女神フローラの眷属である花の精霊たちの浮き彫りも施されていて、華やかだ。

 

 車寄せには、上級使用人らしい者が何人か、アルフォンスを迎えに出ている。

 その中に、豊かな金髪を縦ロールにした、空色のデイドレスを着た令嬢が混じっていた。

 良家の令嬢らしく、綺麗に背筋を伸ばしているが、遠目にもふてくされている様子だ。


「え。……あれは、カタリナか!?

 なんでこんなところに!?」


 アルフォンスは、眼を剥いた。

 斜め前の席に座っていたロルサンジュは、さりげなく視線をそらす。


「……そういうことか」


 アルフォンスは、色々察してうめくしかなかった。


 サン・ラザール公爵令嬢カタリナは、アルフォンスの妃の最有力候補。

 公爵家の三女であるカタリナは、アルフォンスとは同年で、貴族学院の同級生だ。

 魔力は火水風の三属性。

 誰もが眼を奪われる美貌と、なにか言われたら即切り返す強気な性格で、良くも悪くもめちゃくちゃに目立つ令嬢だ。


 アルフォンスの母、王妃クリスティーナは隣国の王女。

 この国の不文律として、次の王妃は国内から娶る。

 そして、サン・ラザール公爵家は、いまだ王妃を輩出したことのない唯一の公爵家。

 アルフォンスが生まれた数カ月後にカタリナが生まれた瞬間、次の王妃とするべく公爵家は準備を始めた。


 だが。アルフォンスの思いは、同じく貴族学院の同級生であるシャラントン公爵家の長女ジュスティーヌにある。

 真っ直ぐな、長い銀髪が美しいジュスティーヌは、アルフォンスの幼馴染。

 こちらも王妃の座にふさわしい令嬢だ。


 で。家族も割れている。


 カタリナを推しているのは、父。

 アデライードも、カタリナを選ぶべきだと昔から匂わせてくる。

 主に政治的配慮からだ。


 一方、ジュスティーヌを推しているのは母と王女達。

 アルフォンスとの相性を考えると、気が強すぎるくらい強いカタリナよりも、穏やかで落ち着いているジュスティーヌが良かろうという判断だ。

 ついでに、数年前に亡くなったジュスティーヌの母が王妃と親しかったので、幼い頃から交流を重ねてきたという事情もある。


 来年の1月には、アルフォンスもカタリナもジュスティーヌも社交界デビューする。

 そろそろ誰を妃に迎えるのか、はっきりさせなければならない。


 今のところ優勢なのは、母達。

 それをひっくり返すために、アデライードがカタリナを招いておいたのだろう。

 父の侍従であるロルサンジュが知っていたのだから、父にも話を通しているはずだ。


 この分では、アデライードがぴんぴんしていることもありえる。

 ため息をつきながら、アルフォンスは馬車から降りた。




 しかし、残念ながら、アデライードは実際に病んでいた。


「よく、来てくれたわね」


 まずは伯母上に挨拶をと、旅装を解く前に、カタリナと共にアデライードのもとに向かったアルフォンスは、息を呑んだ。

 小柄だが、がっしりしたいかにも頑健そうな身体つきだったのに、かなり痩せ衰え、栗色だった髪はほとんど白髪だ。


 あれほど礼儀作法にうるさかったアデライードが、大きなカウチになかば横たわったまま、手を差し出してきた。

 もう、座って出迎えるのも辛いのだ。

 奥の寝室に通じるドアの脇には、目立たないよう畳んだ車椅子が立てかけられていた。


 離宮の1階にあるアデライードの居間には、大きな掃き出し窓がいくつもあり、風にそよぐ紗のカーテンの向こうでは、テラスや庭が夕暮れの日差しを浴びている。

 部屋の壁紙は、柔らかな色調の草花文様。

 本来、明るい部屋のはずなのに、妙に薄暗く感じられるのはなぜだろう。


「伯母上。ご無沙汰してしまい、申し訳ありません」


 アルフォンスは、伯母の手をそっと握った。

 乾いた手は、ひんやりとしていた。


「いいのよ。遠くまで来てくれて、ありがとう」


 アデライードは、ほのかな笑みを浮かべたが、不意に咳き込みはじめた。

 慌てて、淡い緑色のデイドレスを着た中年の婦人がその背をさする。


 細い身体を波打たせて、アデライードは咳き込む。

 命を削るような、激しい咳だ。

 アルフォンスがおろおろしているうちに、看護師が咳止めのシロップを飲ませ、どうにか収まった。


「……お前の、顔を見て、安心、してしまった。

 カタリナ。……アルフォンスを、案内、してやって」


 顔色が白っぽくなったアデライードは、咳をこらえながら切れ切れに言う。


「……承りました。アデライード殿下」


 隅に控えていたカタリナが、いつになく丁寧に頭を下げた。

 カタリナに促されて、アルフォンスは「ではまた」と言いおいて、アデライードの居間を出た。


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