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7話

「…五人だな」


「それなら任せた」


 ハリムが後方に下がる。


「どこに?」


「別の“客人”を迎えにな。なに、危険はない」


 ハリムが暗闇に消える。ニコラスは一人、敵を見据える。人影が一斉に襲いかかる。戦いが、始まった。


 一人目がナイフを振り下ろす。ニコラスは半歩下がり、その腕を掴む。相手の力を利用し、体を捻る。力の方向を変えられ、男の体が宙を舞い、胸から地面に叩きつけられる。そのまま腕を極める。関節が悲鳴を上げるが、構わずにへし折る。そのまま男がナイフを手放す。一人目。


 二人目が背後から襲いかかる。ニコラスは低く身を沈め、男の懐に潜り込む。腰を落とし、相手の重心を崩し背中で担ぎ上げ、そのまま壁に叩きつける。悶絶する相手の喉に、ニコラスが肘を入れる。二人目。


 三人目が剣を振る。ニコラスは最小限の動きで避け、相手の手首を掴む。手首を返しながら一歩踏み込み、ニコラスが腰を当てると、円を描くように男が地面に転がる。倒れた男の顔を思い切り蹴り付ける。三人目。


 四人目が慌てて襲いかかる。ニコラスは男の拳を掴み、後ろに回って肘を極める。男が悲鳴を上げるが、ニコラスは構わずに男の肘関節を外し、男の首を絞め、そのまま落とす。四人目。


 流れるような動きで制圧していくニコラス。残るは一人。


---


 その様子を、少し離れた場所から二つの人影が見ていた。


「…見事なものだ」


 低く、落ち着いた声。その姿は暗闇に溶け込み、顔も体格も定かではない。


「ありがとうございます」


 ハリムが誇らしげに言う。


「素手で四人、しかも殺さず無力化しています」


「あれで万年4位か。冗談だろう」


「はい。徒手格闘では私同等、いや上でしょう」


「…ふむ」


 影が感心したように言う。


「孤児院育ち、貴族ではありません。教官の評価が辛いのでしょう」


「なるほど」


「それに」


 ハリムが戦場を見る。


「彼女はそれだけではありません。お見せできればいいのですが」


「…ほう」


---


 最後の一人は、他の者とは違う気配を放っていた。ゆっくりと剣を抜く。あえて隙を見せても悪戯に仕掛けてこない。


「…面倒そうだな」


 ニコラスが呟くのを見て、男が動く。速い。剣がニコラスに迫る。ニコラスは体を捻って避けるが、ドレスの裾が切り裂かれる。


「…ッ」


 男が追撃する。連続の斬撃。ニコラスは避け続けるが、反撃に移れずにいる。慣れない服がニコラスの動きを制限する。


 とうとう男の剣が、ニコラスを捉え、腕を掠める。


---


「手こずってるな」


 影が呟く。


「はい。少々苦戦しています。ですが、好都合」


「まだあるんだな」


「その通りです」


---


「…仕方ない、使うか」


 ニコラスがドレスの内側に手を入れ、デネブから渡されたナイフを取り出す。


 その瞬間、空気が変わった。


---


「…ほう」


 影が声のトーンを変える。


「気づかれましたか」


 ハリムが静かに笑う。


「あれが、ニコラスです」


---


 ニコラスがナイフを構える。


 その構えは、訓練校で教わるものとは違う。低く、獣のような。まるで別人だ。目つきが変わる。冷徹で、容赦がない。


 男が再び斬りかかる。が、次の瞬間、男の剣と指が宙を舞っていた。


「な——」


 男が呆然とする。


 ニコラスの剣が、一閃。男の指を切り裂き、剣を弾き飛ばしたのだ。その速度、その正確さ、圧倒的だった。


---


「…見事だ」


 影が静かに言う。


「あの動き、訓練校では教えない」


「はい。恐らく、天性のものかと」


 ハリムが答える。


「天性?」


「あんな出鱈目な動き、訓練では決して身につかない、生まれ持った才能です」


「…なるほど」


 影が感心したように呟く。


「それは、是が非でも欲しいな」


---


 男が後ずさる。ニコラスが一歩、また一歩と詰める。獣が獲物を追い詰めるように、冷徹に、確実に。追い詰められた男が腰のナイフを抜く。


 ニコラスのナイフが、即座にそのナイフを叩き落とす。同時に、男の膝を蹴り、男が崩れ落ちる。ニコラスが剣の柄で、露わになった男の後頭部を打つ。五人目。


 戦いは終わった。


---


「…圧巻だな」


 影が呟く。


「ありがとうございます」


 ハリムが微笑む。


「どうでしょうか。最高の傭兵でしょう?」


 影が頷く。


「間違いない。彼女なら、商会の切り札になる」


「光栄です」


 ハリムが満足そうに笑う。


「さて、それでは此方へ」


 二人は暗闇から姿を現した。いや、影の主は相変わらず姿が定かではない。フードを深く被り、顔も体も闇に紛れている。


---


「お疲れ、ニコ」


 ハリムが声をかける。ニコラスは切られた腕を布で縛り止血している。


「…思ったより苦戦した。まだまだだな。お前がいたらもっと楽だったんだが…何処に行っていたんだ?」


「ちょっとね」


 ハリムが後ろを振り返る。そこには、フードを深く被った人影が立っていた。顔は見えない。


「…誰だ」


 ニコラスが警戒する。圧が尋常ではない。空気が張り詰めていく。


「俺の上司だ。心配するな」


 ハリムがいつも通りの口調で言う。


「ニコラス殿」


 影が低い声で言う。


「見事な戦いぶりだったな」


「…ありがとう、ございます」


「私は商会の責任者の一人として、貴女に正式に依頼したい」


「…依頼?」


「商会に、私たちの仲間に加わってほしい」


 影が真剣な声で言う。


「貴女のような人材こそ、我々が必要としている」


「………」


 ニコラスは黙る。


「今すぐ答えを出さなくていいさ。だけど」


 ハリムが真剣な顔で告げる。


「商会に入るということは、いつか人を殺さなければならないだろう。殺しには…覚悟が必要だ」


「…分かった」


 ニコラスは静かに頷いた。


「それでは、私はこれで」


 影がそう言うと、暗闇に消えていく。まるで最初からいなかったかのように。


「…本当に何者なんだ。あんな化物がいるんだな」


「商会の幹部だよ。それ以上は、まだ教えられない」


 ハリムが苦笑する。


「ま、いずれ分かるさ」


 夜風が、二人の間を通り過ぎていく。

 

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