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4話

「それでどうして貴族に会うの? あなたが?」


 エリザが興味を隠さずに聞く。


「ああ。それで、その……」


 ニコラスは言葉を探すように視線を泳がせる。


「…ある男性に、誘われて」


「——————男性に!?」


 エリザの声が上擦る。周囲に誰もいないのが幸いだった。


「ちょ、ちょっと待って。男性? 誰? どんな人?」


「それは…言えない」


「——————言えないの!? ええ!?そういうこと!?」


 エリザは何かを理解したように頷く。ニコラスは首を傾げる。


「…どういうこと?」


「隠さなきゃいけない秘密の関係なのね…。分かったわ、聞かない。でも、でもね、ニコ! これはチャンスよ!」


「…チャンス?」


「だって貴族の集まりに誘われるなんて! その人、きっとあなたのことに本気よ!」


「いや、そういうのじゃ」


「謙遜しなくていいの! ああ、どうしよう、私まで緊張してきちゃった! ドレスはもちろん、髪型も、化粧も、立ち居振る舞いも全部完璧にしないと!」


「エリザ、落ち着い」


「落ち着いてなんていられないわ! あなたの一世一代の大勝負なんだから!」


「…勝負?」


 エリザがニコラスの手を掴み、思い切り握り締める。その目は期待で輝いている。


「そうよ! 任せて。私が全力であなたを完璧な淑女に仕立て上げるわ!」


 何処か歯車が噛み合っていないのは確かだ。けれど、ここまでやる気になってくれているのだから好都合…と思考を巡らせようとしたが、そんな余裕はなかった。ただエリザの勢いに飲まれ、ニコラスは呆気に取られただけだ。


 ニコラスは空を見上げて、“人選間違えたかも…”と思わずにいられなかった。


「さぁ、今すぐ街に行きましょう!」


 エリザがニコラスの手を引いて歩き出す。


「え、今から?」


「当たり前でしょう! それで、いつなの?その集まりは」


「恐らく近いうちだと…」


「まだ決まっていないか…けどそういう集会は週末が多いわね…あと数日と考えて…」


 エリザの足取りが一層速くなる。ニコラスは引きずられるように、街へと向かった。


 道中、エリザは止まることなく話し続ける。


「それでね、ニコ。その男性ってどんな人なの?」


「…どんな、って?」


「背は高い? 優しい感じ? それともかっこいい感じ?」


「…普通」


「普通!? そんな訳ないでしょう! 貴族の集まりに連れて行くなんて、相当な覚悟よ?」


「…覚悟?」


「だって、あなたを皆に紹介するってことでしょう?それって、つまり……」


「エリザ?」


「分かってる分かってる! 言わないわ。でもね、絶対素敵な夜になるから! いや、してみせるから!」


 盛り上がりが衰えないエリザを尻目に、ニコラスは小さくため息を吐く。

 

“やはり大きく勘違いしている気がする…”


 けれど、それを訂正する隙は、ニコラスには見つけられなかった。


 街の中心部に着き、瀟洒な看板を掲げた店の前でエリザが立ち止まる。


「着いたわ。それじゃあ、入りましょう」


「…ドレス店?」


「そう、ここなら間違いないわ」


 店内に入ると、色とりどりのドレスが並んでいた。ニコラスは思わず足を止める。こんなに華やかな服を、間近で見たことがなかった。


「いらっしゃいませ」


 店員が柔らかな笑みで迎える。


「この子に似合う、最高の一着をお願いします」


 エリザが自信満々に言う。店員がニコラスを見て、目を細めた。


「まぁ、素敵な赤髪。これは…映えますわね」


「でしょう?だから、とびきりのを!」


「お任せください」


 エリザと店員がニヤリと笑いニコラスを見る。ニコラスは完全に蚊帳の外だった。


 試着室に通され、何着ものドレスを試す。


 最初の一着は淡い青。鏡に映る自分が、知らない誰かに見える。


「…これが、私?」


 次は深緑。落ち着いた色合いだが、どこか窮屈に感じる。まるでドレスに着せられている。


 そして次に真紅のドレス。


「ニコ、それよ!」


 試着室から出た瞬間、エリザが声を上げる。向けられた指がニコラスに刺さる。


「赤髪に赤いドレスなんて、普通は避けるけど…あなたには完璧に合ってるわ!」


「ええ、素晴らしいですわ。まるで情熱に燃え上がる炎のよう」


 エリザの言葉に、店員もうっとりとした顔で頷く。鏡の中の自分は、確かに…美しいのかもと思えた。けれど同時に、ひどく違和感もある。


“これは、本当に私なの、か?”


「決まりね!これにしましょう」


 エリザの声で、ニコラスは我に返った。改めて鏡に映るドレス姿の自分の姿が、とても恥ずかしく思えた。


 ドレスを購入した後、今度はエリザがニコラスを訓練場の隅に連れて行く。もう充分に陽が落ち、周囲は暗くなり始めていた。


「さぁ、次は作法よ。覚悟は良くて?」


「…作法?」


「立ち居振る舞い。貴族の集まりなんだから、ちゃんとした所作を身につけないと」


「…分かった」


 ニコラスにはそんな知識がない。ここで習った記憶もない。エリザはどうやって知り、学んだのだろうか。


「まずは歩き方。背筋を伸ばして、歩幅は小さく」


 ニコラスが歩き出す。


「…ニコ、それ兵士の歩き方」


「…え?」


「もっとこう、柔らかく。ほら、私の真似をして」


 エリザが優雅に歩いて見せる。ニコラスも真似をするが…


「…やっぱり兵士」


「…一体どうすれば」


「うーん、もう一回!」


 何度も何度も繰り返す。ゆっくりと、ほんの少しずつ、優雅さを伴ってくる。


「次はお辞儀。膝を軽く曲げて、背筋は…」


「こう、かな?」


「そう!それよ!…あ、でももう少し優雅に」


「…難しいな」


「慣れよ、慣れ。さぁ、もう一回」


 しばらく練習を続けていると、エリザがふと動きを止めた。


「ねぇ、ニコ」


「ん…? 何か、おかしかったか?」


「…あなた、気づいてた?」


 ニコラスは怪訝な顔でエリザを見る。エリザは少し躊躇うように視線を逸らす。そして、小さく息を吐いた。


「他の女子が、あなたをどう見てるか」


「…ああ」


 ニコラスも動きを止める。


「冷たい目で見られてるのは、さすがにね」


「それが、どうしてかは…分かる?」


「…さぁ。どうしてだろうな。考えたこともなかった」


 エリザは腕を組み、少し考えるように間を置く。


「あなた、なんでも一人で出来ちゃうじゃない」


「…それが?」


「訓練も、勉強も、生活も。誰にも頼らず、誰にも媚びず。自分の力だけで、ここまで来た」


「…他に選択肢がなかっただけだ」


「分かってる。でもね」


 エリザがニコラスの目を見る。


「それが、妬ましいのよ」


「…妬ましい?」


「ええ。ここにいる女子の多くは…」


 エリザの言葉が止まる。遠くから、夕食を知らせる鐘の音が聞こえてきた。


「…続きは、また今度ね」


 エリザは少し寂しそうに笑う。


「ごめん、最後に重い話しちゃって」


「いや…聞きたいな。また、教えてくれ」


「うん。約束よ」


 二人は訓練場を後にした。ニコラスの胸の中には、小さな疑問が残っていた。妬ましい。その意味を、ニコラスはまだ理解していなかった。

 

ハードボイルドテイストは行方を告げずに何処かに消えてしまいました。

ハードボイルドくんさようなら。またいつか。

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