2話
2話目です。
「ハリム、ちょっといいか」
女性訓練生達に囲まれるハリムに、無遠慮にニコラスは声を掛ける。当然、女性達からは冷めた目を向けられる。この視線にはどうにも慣れない。
「ニコ。今はこの子達と楽しくお喋りしていてね。悪いけど、あとで屋上でいいかい?」
“ふん”と鼻を鳴らし、勝ち誇った顔の女子を見届け、ひらひらと手を返して返事をする。
屋上には誰もいなかった。それは当たり前であり、一応は立入禁止とされている。ただし、教官からの信任が厚い者のみ、専用の鍵を渡されている。いわば成績上位者の特権であり、秘密の話をするには丁度良い。
「悪い。待たせたね」
「問題ない。多少、手足が冷えた程度だ」
「悪かったって…。それで、大丈夫か」
昨夜”拾った“ナイフを布袋から取り出して、ハリムに手渡す。
「昨日拾った。”土産“だ」
「…まてまて。いくらなんでも省略し過ぎだ」
「面倒だな。どこまで握ってる?」
「邪魔が入った、それぐらいだね」
「なるほど。それなら…」
ニコラスは昨夜の顛末をハリムに伝える。しかし”商会”という単語を除いて。
「そいつは…難儀だったな。傷は?」
「ない」
「さすがだね。ただ、面倒に巻き込んだ」
ハリムはそう言うと、ニコラスに向かって頭を下げる。こんな場面を先ほどの女子達に見られでもしたら、一体どうなることか。いや、想像もしたくない。
「すぐに頭を下げるのは直してくれ。肝が冷える」
「大切な君だから頭を下げるんだが」
「その言い回しもだ。質の悪い冗談にしか聞こえない」
くっくっくと喉を鳴らして笑う様は、先までの優男の印象から遠くなる。ハリムの本質はこっちだ。悪餓鬼を少し大人にした稀代の天才。性格は非常に悪い。悪いが、対等に付き合える者には甘くなる。ニコラスもその甘みの対象の一人になる。
「まぁ無事ならそれでいい。それでこのナイフを持っていたと」
「素人には普通のナイフにしか見えないが、その筋にはどうだろうと思ってな」
「調べてみるか。気遣い助かる」
拾って正解だったようでニコラスは安堵する。余計なお節介だったかとも思えたが、役立つなら良かったのだろう。
「これぐらいで依頼達成ということでいいか?」
「ああ、充分助かった。…それでニコ。良かったらこの後、食事でも」
「さっきの子を誘ってくれ」
「君だから誘ってるんだが」
「尚更断る」
再び喉を鳴らしてハリムが笑う。それを見ながらニコラスはため息を吐く。ただの言葉遊びの一環で、揶揄われているのは分かるが、やや度が過ぎる。
「よし、それなら行こうじゃないか。私だって一応は女性の端くれだ。こういう経験も必要かもな。さぁ。ちゃんとエスコートをしてくれよ」
「ちょ、ちょっと」
「それにだ。君の場合、私なぞと歩いているのを他の女性にでも見られたら、果たして一体どうなるかな。非常に楽しみだ」
ハリムは手を挙げて首を振り、降参の意を示す。
「悪かった。調子に乗りすぎた」
「気になっていることがあるのは察する。けど八つ当たりなんて、少しらしくないな」
ハリムは割り切れる男だ。それも冷徹なまでに。その男がどうにも煮え切らないでいる。ニコラスは”従業員“として心配をするが、”友人“としても心配にはなる。その中身に違いはあるが、結局は心配なのだ。
「…何か手伝えることは?」
「山ほど。だけど”仕事“にはしたくない」
「…今回だけは”仕事“よりも、”一人の友人“として、で考えていい。普段助けてもらっているからな」
「…そうか、助かる。だけど本当に良いのか?」
割り切れる男がここまで言い淀む。とんでもない面倒ごとなのかもしれない。けれど、手伝うと言ったのはニコラス自身だ。ハリムに頷き、返答を示す。
「ありがとう。そしたら」
ハリムは目を閉じて、間を取る。恐らく決心を固めたのだろう、緊張が伝わってくる。
「やっぱ食事に付き合ってほしい」
「…おい、さすがに」
「悪いけど真面目だ。俺の護衛と同伴として、な」
「…了解、それならいい」
「また連絡する」
少しはらしくなってきたな、とニコラスは心中で呟く。そして新たに、もう一つの問題が浮かぶ。
“食事、それも同伴、か”
つまり”女性“としての振る舞い、そして服装を求められることになる。ただの護衛としてならまだしも、女性として数えられる場に立たされるなんて経験はない。二つ返事で了解したことを悔やむ。
「さて、どうしたものか…」
ニコラスは呟かずにいられなかった。




