1話
初めてのファンタジーです。
拙いところもあると思いますが、お付き合いください。
スラウド大陸の辺境の一つ、ノビス王国。そこでニコラスは生まれた。鍛冶屋の跡取りとして育てられるはずだった運命は、父親の死により崩れた。この物語は、傭兵ニコラスの独白を元に作られた。ニコラスが何を想い、何を考え、何と戦ってきたのか。時に目を借りながら、最高の傭兵と呼ばれたニコラスの半生を紐解いていこう。
ニコラス。孤児院育ちのニコラスには家名がない。それでも、ここノビス王国の兵隊訓練校では優秀な成績を修めている。卒業が出来なければ、碌な将来が待っていないのを理解している。もっとも卒業をしても兵隊。貴族でもなければ出世は見込めない。それでも少しでも碌な人生を送る為に、日々の鍛錬を続けている。
「ニコ。ちょっと頼みがあるんだけど、時間あるか」
そんなニコラスに和かな顔で話し掛けるハリム。容姿端麗、物腰は柔らかく、成績は常に首席。そんなハリムが“万年4位”のニコラスに話し掛ける。
「これから訓練。その後じゃ駄目な案件?」
「悪いけどこっちを優先してもらえると助かるな」
そう言うとハリムがニコラスに封筒を渡す。
「…仕事か」
「そういうことだ、無理か?」
「いや助かる。いつも悪いな」
「こっちこそ助かるよ」
封筒の中身は1通の手紙と金。ニコラスは金だけ抜き取り、手紙は封筒に戻す。中身の確認はしない。そういう契約だ。
手紙の届け先は西区の“デネブ食堂”。毎回ここの主人に封筒を渡すことになっている。ハリムが何をしようとしているか興味はあるが、首を突っ込んで面倒ごとに巻き込まれるのも御免だった。
ニコラスとハリムは成績を争う仲ではあるが、それ以前に気の合う友人同士でもある。それに雇い主と従業員の関係でもある。ハリムはニコラスの優秀さを信頼し、ニコラスには金が必要だった。歪な関係ではあるが、気の合う友人には変わらない。
その日の夜、ニコラスは学生寮を抜け出し、デネブ食堂を目指す。寮は中央区にあり、西区までは遠くはない。が、遅くなって人の流れが薄くなれば、この国の主流ではない、赤髪のニコラスは悪目立ちをする。目立たないことは契約に入ってはいないが、わざわざ代行を立てるくらいだ。避けておきたいのだろう。自然な程度に早歩きになる。
デネブ食堂に着く頃には、周囲は街明かりの光のみになっていた。時間的には夕食時から酒飲み時間に変わる頃合い。街の奥からざわついた騒々しさが向かってくる。多少うるさい方が“仕事”はしやすく好都合。浮き足立つ未来の酔っ払いたちに紛れ、ニコラスは店に入った。
店に入ると早速店主のデネブと目が合う。特に反応はせずお互い視線を反らす。いつもの席に座り、デネブが来るのを待つ。適当なタイミングを見繕って、適当にこちらに来るだろう。
「よぉ。“仕事”は順調か?」
デネブのやけに低い声が耳に届いたのは、店に入ってしばらく経ってからだ。いつもより遅い。
「ぼちぼちかな。この店はいつも混んでて羨ましいな」
「お陰様でな。色んな奴が来るから楽しくて仕方ねぇ」
ガッハッハとデネブは盛大に笑い、手をニコラスに差し向ける。
「葡萄酒だけでも?」
「金さえ払えばな」
差し出された手に銀貨を一枚だけ置く。“ちょっとだけ待ってろ”とデネブが離れ、程なくして葡萄酒が運ばれてくる。
「ほれ。飲んだら帰れよ。何かと物騒だからな」
「分かってる」
ニコラスは一気に酒を飲み干し、そのまま店を出ていく。“任務は中止”。封筒を渡すのを見られてはいけない相手がいたようだ。物騒なことだがニコラスにも危害があるかもしれない。デネブは危険を承知の上でニコラスにそう伝えた。
ニコラスが銀貨を渡したのは、それに対する礼だ。葡萄酒一杯に銀貨は高すぎる。礼のついでに“理解した”ことをデネブに伝えた。デネブもニコラスの意を汲み取り、釣りを渡すなんて野暮な真似はしない。
店から出たニコラスは、とりあえず繁華街を歩き回った。時折、露天を見るように立ち止まりながら、周囲を探る。視線は感じるが、詳細は分からず。このまま引き連れて寮まで戻る訳にもいかない。走って撒いて目立つ訳にもいかない。
埒が明かないとニコラスは考え、路地裏を目指す。路地裏は大通りの繁華街に比べて、灯りが少なく明らかに暗い。それに人もいない。
路地裏に入り、ある程度進んだところでニコラスが止まる。見晴らしは悪いし灯りもない、暗闇の一角でニコラスは話し出す。
「面倒なことはしたくない。どうする?」
ニコラスに応えるように、ゆらりと暗闇が動く。暗闇に紛れながら仮面を被った男が二人現れる。手にはナイフが握られている。
「お前、“商会”に関係するものか?」
「何の話?一杯だけ飲みにきただけだけど?」
「…その空気を纏っておいて、その言い訳は無理があるだろう」
片方の男がナイフを構える。慣れた動作から、そこらのチンピラではないことは確か。明らかな面倒ごとになり、内心でハリムを恨む。が、“受けたのは自分。恨むのは筋が通らないか“と思い直し、苦笑いが浮かぶ。その程度は余裕がある。
ナイフを構えた男が、ニコラスの胸に向かってナイフを突く。冷静に後ろに下がり避ける。次は顔、喉と連続で突きが飛んでくる。ニコラスはそれも難なく避ける。視界の端でもう一人の男を確認しているが、仕掛けてくる様子はない。
それならと、ナイフの男が更にもう一突きを繰り出した際に腕を掴み、腹部に膝を入れる。悶絶する男を一瞥し、腕を掴んだまま背後に回る。そのまま腕を背中に捻りあげ、勢いをつけて肩の関節を外す。ボグッと音が鳴り、ナイフが手から落ちる。悶絶しているが声を出さないところを見て、ニコラスは少し感心する。
「そろそろ引いてくれると助かるんだが。それとも、もう片方もいっとく?」
仮面から覗く目に恐怖の色が見える。
「それと、その“商会”というのとは本当に関係ない。頼まれただけだから」
「…了解した。そいつを離してもらえるか」
掴んでいた腕を離し、背中を軽く押して向こうに寄越す。不服そうではあるが、それは知ったことではない。
「…本当に無関係なんだな?」
「仕事を頼まれた。それだけ」
「何を頼まれた」
「言うほど馬鹿に見える?」
「…関係ないのなら、これ以上は深入りしない方が良い」
そう言い残すと再び暗闇に紛れて消えていく。落ちたナイフだけが残っていた。
「一応“土産”にしておくか…」
ニコラスはナイフを拾う。見た目は普通のナイフでしかない。が、専門家が見たら何か分かるかもしれない。ニコラスにその伝手はないが、ハリムには恐らくあるだろう。“土産”を渡す義理も契約もないが、ハリムは友人だ。それで良い。一人で自身を納得させ、ニコラスも闇に紛れて帰路につく。




