第8話「賢者は昔も若かった2」
「て言うことあったんだよ。ばっちゃん。俺は猫が憎い……」
「おやおや、じゃこれでも食べな」
この町にはレンタルオフィスなどカッコいいものない。
特にこの寂れた温泉街にはない。
少し車で行った街にはある。
しかし街に行くにも邪神様たちは手続きがあり少し面倒なのだ。
当初は手続きをして街でオフィスを構えようとした邪神様だった。
だがいざシャッター街で店舗を借りようとしたが、そもそも所有者の爺様・婆様方が金に困っておらず……相談しに行っても『貸し出すの面倒だから』とけんもほろろに断られてしまい貸してくれなかった。
そんなことをついこの駄菓子屋で邪神様がボヤいてしまったところ『客も少ないしここでやるかい?』と聞かれる。
正直パソコンが置けて電話会議できるスペースさえあればよかった邪神様たちはこの話に乗ってみた。
ちなみに料金は相場の値段を要求された。
それがかえって邪神様たちには好感触であった。
そんなお婆さんこと冴子さんから邪神様が手渡されたものは駄菓子である。
邪神様が渡されたのは定番お菓子『蒲焼〇ん太郎』である。
「好きだけど、好きだけどね…………」
会社の重要情報のを決済し社長代理とミーティング、その後は各責任者からの相談、そしてそれぞれ決済を出す。
3個目の蒲焼の駄菓子を食べ終わる頃にはすっかりお昼になっていた。
「冴子さん。お台所借りますね」
「はーい、いつもすまないね」
主夫(魔王)は立ち上がると、途中業務を抜けて買い出しに行ってきた食材でお昼を作り始める。
最近はイタリアンにハマっており駄菓子屋のお婆さん(冴子)も絶賛している。
お婆さんこと冴子さんはこの実家の駄菓子屋を継ぐ前、バブルの時代の東京でバリバリ(死語)のキャリアウーマンとしてならしていたそうだ。
その為、食にはうるさく和食以外も多くの料理を知っていた。
しかし邪神様は知っている。
先日不意に冴子さんの旦那や子供たちの話になった時、明るい彼女の表情に陰が差すのを……みてしまった。そして魔王と2人で閉口してしまったのである。
邪神様はその後どうしても気になったので世界にアクセスして情報を漁った。
……すると旦那は海外で商売していた。
しかもそろそろリタイアして駄菓子屋で一緒に商売しようとか目論んでいた。
……子供達も息子が3名いたが……どいつもこいつも社会でステータス持ちのちょい悪おやじになっていた。
しかも年に数回以上帰省してくる実家大好きで、末の息子は冴子さんと同居中、孫が数名と一緒に住んで居た。
邪神様は『あの陰は何だ―!』と思わず魔王様と一緒に叫んでいた。
だが、それも駄菓子屋のお婆さんとしていいキャラクターだなと強引に納得したのだ。
邪神様と魔王、駄菓子屋のお婆さん(冴子)は遅めのお昼を食べる。
お昼以降の邪神様は残りの会議や決裁事項を魔王に引き継ぎ、もう一つの仕事にかかる。
駄菓子屋の店番である。
「じゃ、行ってくるから店番宜しくね」
スポーツバッグ片手に軽快に駆けだしたその後ろ姿は年齢を感じさせない。もう70歳だと言うのに……。
(最近の老人は若いな……)
邪神様の素直な感想であった。
店主である冴子が出て行ってから邪神様は店内に移動し、しばしボーっとする。
ボーっとしながらも手元の端末に決済メールが来るので内容をチェックし、指摘事項とそれが修正すれば、部門責任者の決定でよいとメールを返す。
そんなメールを3つ返したところで、近所の悪ガキどもがご入店だ。
「「「こんにちはー!」」」
「かっかっかっかっか! よく来たな、餓鬼ども! 無駄に高い駄菓子から買っていくがいい!!」
「おっちゃん、この うまいのか?棒 味噌コーンポータージュ味、奢って!」
子供特有の図々しさだが、盗んだり、その場で勝手に食べ始めたりと悪いマナーをすることはない。というか一度やって冴子さんに折檻されたことがあるらしい。このあたりの子供たちにとって通過儀礼のようなものであった。
折檻された子供が家に帰って親に泣きついて、馬鹿親ともども駄菓子屋に乗り込んでくることもあるようだが、親たちも克明に記録された動画の前では只々土下座しかなかったとか……。
こういった場合冴子さんは帰り際、子供たちに酢のお菓子を手渡す。そして『これはつけだ。自分のお金でしっかり払いな。そのあときちんと自分の金で買ってくってみな。そうすればこいつの味、違うからさ』と子供と約束をさせる。
なのでここに来る子供は意外と大人のつまみ系の駄菓子が好きである。
「誰が奢るか! くそ餓鬼! ……だが俺も大人だ」
そう言って邪神様は席を立ちと『とあるお菓子』を手にする。
ワサビのお菓子で『激辛』と『甘口』である。邪神様はお菓子を一つずつ子供たちに見せつけるように手にする。
子供たちからは『激辛とか馬鹿じゃね』と戸惑いが聞こえてくる。
邪神様はしっかり会計して自分でお金を払い、子供たちへと向き直る。
「甘口を引いたら奢ってやる」
そう言うとパッケージを開いて『激辛』と『甘口』の記載部分を切り取り子供達に見えない所でシャッフルする。
「どうだやるか?」
子供を一人一人見据え、邪神が挑発する。
「やる!」
『奢って』と言った子供は散々迷った挙句、後ろの女の子に『あーちゃんがやらないならあたしがやる!』と言われて焦ってやると決断した。それほど『激辛』は辛いのだ。
「……じゃ、選べ」
あーちゃんと呼ばれた子供は右の菓子を取ろうとしてハタと気付く、邪神様の顔に焦りが映ったことに……。あーちゃんと呼ばれた子供は確信の元、お菓子を手にする。そして味が見えないようにパッケージを開けると渋い顔の邪神様と同時にお菓子を口に入れた。
「からーーーーーーーーーー!」
「かっかっかっかっか! 未熟者め! 鍛えてから出直してくるがいい! 後食べ物粗末にしたら冴子さんに言いつけるからな。ジャン(魔王)! お水もってきて『2つ』ね」
そう、甘口と共に激辛を2つ取っていた邪神様。
子供たちがこの悪辣な邪神様から勝利を得るのはまだまだ先のようだ。
(かれーーー、ちょーかれーーーー)
やせ我慢は大人の見栄である。
「おっちゃん! このくじの当りって……なんでこんなに大昔のアニメなの? もっと最新が良い!」
「黙れ糞がき、そのアニメ俺のガキの頃で既に大昔だったんだ。伝統だ。伝統工芸品をくじでもらえるんだ価値があるだろ?」
「マジで! 鑑定団持ってたら値打ちものかな?」
「しらん!」
「「「知らんのかーい!」」」
邪神様へノリノリでツッコミを入れる子供達。そして何やかんや言いつつメンコのくじを引く3人。
「ハズレだ……。○○白書ってなに?」
「親父かお袋に聞いてみろ。蔵馬の妖狐バージョンだから母親の方が詳しいかもな」
一番初めは大人しそうな子だった。邪神様的にはなかなかのあたりだ。
「ねぇねぇ。このブーメランパンツの変な筋肉何?」
「○肉マンじゃねーか。お前らのとーちゃんの世代でもギリだな。もう少し上だとドンピシャ世代だ。多分今の40歳位がドンピシャだ」
「お父さん45歳だからドンピシャだね」
2番目は女の子。男子に交じって遊ぶとかこの年ごろまでだろう。そして話を聞く限りこの女子は末っ子のようで、彼女の親父さんは良いお年のようだ。
「……ジャンに~ちゃんお水ありがとう! おっちゃん、次は俺が引く! ……何……この船みたいの?」
「おお! 坊主、大当りじゃねーか。そいつはな最近リメイクもされたり実写映画にもなった作品だ。爺さん辺りに見せてみろ。懐かしいって話で小一時間は拘束されるぞ!」
「えー、はずれじゃん……」
忌憚のないご意見でした。
さて子供たちの少ないお小遣いで手にしたメンコ。当然ながら遊び方の質問が出る。しかたないなぁとか言いつつもウキウキな邪神様は自身のカバンを漁って3枚のメンコを取り出し子供たちに渡す。
そして手ごろな台を置くから持ってくると子供たちの前へ置き、言う。
「これはな、いくつもある遊び方の一つで『さばおり』っていう遊び方だ。『自分のメンコを相手のメンコの下に置く』事が出来れば、そのメンコを『奪う』ことができるルールだ」
子供たちは『奪う』という言葉と共に邪神様をみて、やる気を出した。邪神様はうんうんとうなずきながら順番を決め、ゲームを始める。はじめ何度か子供たちにとらせたり、子供たちのメンコをとったりを繰り返し、最後には邪神様が全部没収する。
「かっかっかっか。未熟よ!」
邪神様は満面の笑みを浮かべ、そして『くじで得たメンコ』を各々に返していく。
「メンコの道は深い。精々精進するがよい」
「悔しい! この大人気ないおっさんに負けたのが悔しい!」
「こんな時にそーちゃんが居てくれれば……」
「そうだ、天才そーちゃんが居ればこんなおっさんなんともないのに!」
ガラガラガラ
「呼んだかな、皆さん」
高級感のある服を着た金髪のクソガキが引き戸を引いて現れた。
「そーちゃん!」
「そーちゃん、いいところに!」
「俺達の仇をとってくれよ!」
「あ、お前賢者ラーカイル。おひさー」
ガラガラガラ
青い顔をした金髪の少年は無言で戸を閉めると、ダッシュで帰っていった。
「あれ? 久しぶりで照れたのかな? あの子」
「邪神様が彼の前世で何をしたのかちょっとわかるあたり……私も毒されてきたのかもしれません……。そしてこれからの事を思うとあの賢者が不憫でなりません……」
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