第31話「革命の物語」
祭り2日目。勇者正は封印儀式本番の朝を迎えた。
1日目、勇者正は朝日が昇る前から火が沈むまで封印の舞いを舞い続けた。
歴史ある封印の舞い。封印されし大陸を沈める力を有し人間への悪意を撒き散らしていた獣を初代勇者が太陽の神の力を借りている封印。勇者本家はその経緯から神への感謝と封印の強化・安定を願い代々その舞いを受け継いできた。
他のメンバーは休憩を挟んでいたが、封印の舞を舞う勇者正は休み無く舞った。
儀式が終わると呪術的にも鍛え上げられていた勇者正とはいえ満身創痍だった。
勇者正は軽く食事を取ると、妹の灯から1日目の表の祭りの様子を聞いて妹の成長に目を細めそのまま布団に直行して翌朝を迎える。
今日の儀式は夜から。
月の神の加護を受け封印を完成させる。いわば儀式本番である。
勇者正は今日、身を清め力を高め夜を待つのみである。
妹の灯はあれこれと祭りに関わり今日も忙しそうである。
しかしそれも夕方まで。夕方からは灯も儀式の手伝いをしてもらう。
夏の朝。
快晴の空は青く、雲一つない澄み渡った美しさを見せていた。
最近は暑くなり扇風機だけでは過ごせなくなっていたが、この澄み切った青空を見ているだけで心が涼やかになるような気がしていたが……今日の勇者正は違った。雲に覆われ暗く澱んだ空を見上げるような、重たい不安が心を覆っていた。
「……だよな。……このまま行くなんてことないよな……」
呟いた言葉は、風に掻き消される。
普通に考えれば政争に負けたのであれば、損切りをして中に入り直せば良い。それが最善策であり、今のようにネチネチと最後まで抵抗するのは愚策だ。
勇者正は、雨野の半世紀を知らない。
勇者正は、『平等』を掲げた者たちの数を知らない。
勇者正は、恵まれた側のエリートたちがその立場から『不平等』を嘆く……いびつな構造を知らない。
勇者正は、これから起こるクーデターを知らない。
知らぬは仏。しかし勇者という立場に立つと、知らぬは悪。
失敗したら学べばいい。人間は誰でもそうやって成長していく。
だが、勇者と言う地球の半分の運命を握る役目ではダメだ。
彼の失敗は人間の悪意に染まった獣を呼び覚ましてしまう。
しかし勇者正は知らない『手段を選ばない』『手段のためには目的を選ばない』この二つの矛盾した思考が、カリスマの言葉のもと、同時に存在することが可能なことを。
だから……。
「……裕……兄……」
勇者正の儀式装束の脇から赤黒い色に染まる。
「……」
同じく儀式装束を身に纏った裕也はこれまでと違い冷淡な表情で無線に報告をあげる。
「……正、お疲れ。これで終わりだ。勇者も。日本も。安心して眠れ」
裕也はそういうと右手に掴んでいた血に染まった小太刀を振り、勇者正の首元へ振り落とす。
時刻は22時。
月の神の加護を得るべき儀式場が血に染まる。それもこれまで長い時間をかけて護ってきた勇者の血で……。
ーー中核都市の某国人
「バカな!」
叫ぶ。同時に叫んだ男は射殺される。
「……誰が売りやがった!!」
残された男も次の瞬間には銃弾に倒れた。
「……状況終了。被害確認を急げ」
「はっ」
血に染まった中華料理店に国防軍が突入した。
ここは中核都市の繁華街。
雨野の革命に反応して各地で起こされた武装蜂起。封印温泉を襲撃するはずだった暴漢も合流して派手に略奪が繰り広げられるところだった。救援は遅く、混乱は伝播し、本命の勇者本家を気にする余力を与えない……そんな予定だった。
「……他拠点も押さえたか……」
彼らの計画は中央にいる民間異能協会、畑野たちの手によって暴かれていた。
「民間人の被害は……抑えきれんか……」
拠点は把握していたが細かな暴動、それに参加する人員は把握しきれていなかった。
特に封印温泉を襲撃するはずだった部隊から逃走した者たちが、予想以上に広範囲に散らばり民間人を襲った。
「問題は奴らの本体の方だな……」
「……寄港した客船から増援がとも聞いています」
「……無駄口はここまでにしよう。あちらが万が一あちらの防衛に失敗したら人口密度の高いこの都市が次の標的だ。早めにこちらの敵勢力を制圧しておこう」
日本初の外国勢力を呼び込んだ反乱。
東京だけではなく、各地方で蜂起した反乱軍と呼応するように略奪を開始した外国勢力。
日本は混乱に陥る。
反乱と同時に行われる外国正規部隊の侵略。
標的は台湾〜沖縄〜九州。
当然防衛想定の敵国からの侵攻に対応する。
しかしそれは全て把握されており、事前の対抗作戦が組まれていた。日本の異能協会が正義の神経由でアメリカにもたらせれた情報は短期のうちに分析され、作戦が策定された。
ミサイルによる飽和攻撃。日本を攻撃するということは同時に同盟国とも対立するということ。ならば初手で最大の被害を与え、あわよくば降伏。台湾・沖縄だけでも占領できれば『内政』だと言い張れる。
電撃作戦こそ敵国の狙いである。
そこに雨野の存在である。
2者にとってお互いは好都合の存在である。
国防体制を外に向けてくれる敵国と、事後日本国の後継国としてアメリカへの盾になってくれる雨野。
東アジアの勢力図を書き換える。
そんな作戦……その情報が流出していた。
誰の、どこの、というわけではなく日本異能協会の10年も前からの暗躍。勇者を犠牲にしてまで行った異能防衛、異能協会としては防衛だけで終わらせるつもりはなかった。やられたらやり返す。相手が毒を潜ませるならこちらも。その中雨野の暗躍を知り、裏どりを行い、密かに計画を進めていた。そう、国単位で。最後の一手として世界の多数を味方に巻き込める正義の神を招聘することに成功した。
そして相手に打たせる。人的被害の多数は日本と台湾に集中する。しかしこれ以上内部浸透が進みせっかく勇者の犠牲で減らした敵国の異能者が回復し切る前に体制を決しておきたかった。
犠牲になる者には申し訳がない。罪は背負う。同盟国側の指導者はその認識のもと作戦を進めていた。
そして雨野の反乱を迎えた。
降り注ぐミサイルの雨は防ぎきれず、多くの民間人が犠牲になった。
そして何より同盟側の1カ国が裏切り日本侵攻を開始した。
これによって国防軍は外への対処に追われる。
反乱鎮圧へと割く戦力は少なかった。
反乱を成功させるわけにはいかない。だが侵攻からも防衛しなければならない。
すでに相手の先制攻撃に対し報復として軍事インフラへ壊滅的な被害を与えている。敵国は継戦能力が著しく低下しているが、アメリカをはじめとした援軍が到着するまで侵攻の力が弱まることはないだろう。
ーー東京:畑野
「……まさか教会が支援してくれるとはね〜」
世界的な宗教組織が日本で布教活動を強めたのはここ最近のこと、まるで今回の件が露見していたように思えるタイミングだった。……そう彼ら、教団幹部は勘違いをしていた。神託で伝えられたのは正義の神のことであり、神託のもと接待すべきは邪神様ではなかった。
だが勘違いは共に邪神様と遭遇した天使たちによって加速する。そして天使によって東京の天界が所有する企業から今回の反乱に関する情報を得る。天界は地上の争いには不介入。邪神様の制約により天使たちは邪神様の存在を口にできないが、天使たちはここで1つ目の勘違いを起こす。
『東京の方々も承知の上、邪神様の平穏を守ろうとしている。だから邪神様のお名前を出さないし匂わせもしない』
だから自分たちもできることをしよう、邪神様の平穏のために。
そういうことで天使たちが介入することはなかった。教会は使ったが。信徒の異能者たちを根こそぎ召集して日本各地に配置した。
結果、敵国の浸透工作への牽制ができたし、異能による工作も教会が暴き出していた。
「……でっかい貸ができちゃったな……ま、有効的なのであれば問題ないか……」
状況は進む。夜間の惨劇。勇者への攻撃。民間人をターゲットとした敵国の攻撃。敵国の便衣兵。異能による社会機能への攻撃は教会や民間異能者に防がれた。
混乱は加速し、やがて収束する。
雨野が国の中枢を掌握するのか、畑野たちが雨野を捕え敵国への報復を果たすのか。




