第29話「婚約か廃業か」
「……温泉閉鎖を取りやめる条件……はぁ? 飲めるかそんな条件!!」
怒髪天をつく勢いで怒り出す勇者正。
それがメールを送ってきたもの達の狙いだということは理解している。だが理解と感情は別問題だ。
温瀬閉鎖を一方的に告げられて4日。入っていたはずの予約は邪神様を除いてキャンセル。さらに支配人の小野と料理人の春野が退職していった。他の従業員も右へ倣うように退職願を出し、閉鎖前に封印温泉は開店休業状態となっていた。
「おーい、昼飯できたぞー」
従業員がいなくなっても邪神様はいた。
下手に封印から離れ続けると誤魔化し続けている天界からの監視にかかってしまうからだ。若干1名天使にバレてはいるが、その天使には制約をかけているので問題ない。そのため邪神様が温泉から離れる理由はない。そもそも予約も、支払いも1年以上済んでいる。出て行く理由が今のところない。もう少ししたら分家の会社から邪神様へ連絡が来るのだが、邪神様には正義の神直通便という最強の矛がある。下手に接触すれば分家の崩壊は加速度的に進む。革命準備中の雨野としては勇者本家に対しては牽制となる嫌がらせだけで十分という判断を下していた。
だが命令を受けたもの達は違った。許されている範囲で徹底的に行う。
「しかし、東京の連中はえげつないな」
勇者正のパソコンを後ろから覗き込むのただ1人残った従業員、裕也が呟いた。
「雨野のおじさんと灯ちゃんの結婚って30歳差だぜ……あと雨野のおじさんは人格面やばい人だ。前の奥さんも……」
裕也はそこで言葉を切る。分家の狙いは血統の保護だけ。勇者本家の血筋は男系の正に何かあれば灯だけ、他の候補者はすでに葬って来た。なので勇者本家筋男子は正だけだ。女系継承になれば雨野家の簒奪が完成する。
子ができれば洗脳し、できなければ養子を入れる。これで完全に伝統の勇者本家は消える。
なぜならば雨野家、雨野は異能者でもなければ、分家筋でもないからだ。
ただただ嫁が、その兄が勇者分家内で有力者であったというだけのこと。
その嫁に関して異能の才能は高かったのだが、兄に甘やかされ努力して異能を伸ばすことはなかった。代わりに雨野嫁はもう一つの才能である投資を積極的に学び、実家の資金力を利用して莫大な利益を生んだ。これが雨野が長年にわたり暗躍する資金源となっていた。
「……一旦無視にします。考えても仕方ないですしね。それより裕兄は良いのですか?」
「構わないさ。俺が何年ここにいると? あと実家に話したら『不義理はするな』って釘を刺されたよ。情勢を読んだんだとさ……。分家も一枚岩じゃないってことだな……ということで耐えていれば元通りになるさ。気楽に行こう! さぁ、メシにしよう。ジョンさんのイタリアン、プロ並みに美味いからな」
立ち上がり昼ごはんに向かった勇者正、しばらくすると彼のPCが勝って動き出した。呪術によるハッキングで1通のメールを転送していた。
宛先は『灯』。
ーー温泉街の片隅
「増員は済んだな……」
「ああ、観光客を装った連中も明日夜半到着します。各種装備は観光バスに積み込んでいますので明後日確認ののち本番を迎えられる予定です」
報告を受けるのは人のや良さそうな恰幅の良い男。報告をするのはスーツを着たビジネスマン風の青年。
当然2人が話すのは日本語ではない。
「……山に潜伏している部隊はどうだ」
「はい、そちらですが……熊に遭遇しまして……」
「は? 何だって? 熊だと?」
報告を受けた男は人の良さそうな糸目を前回まで開き、報告者を見る。その瞳にはそれまであった圧力はなく、
「はい。数名被害を出しまして……装備を捨て、敗走しました。現在待機地点である別荘地まで後退できたのは1割になります」
「1割……」
「はい。馬鹿な奴らです。生き残ってさえいれば、数日後には略奪祭りだというのに。うだつの上がらない下級民が、これまで雇用主としていた日本人を下に置ける好機というのに、自ら分前を放棄したようです」
報告を受けた男は額に手を当て天を見上げる。
「……所詮は農民工上がりか……そもそもあいつら違法移民か研修生からの脱走者だろ……」
「ええ、奴らのほとんどは頼るところがなく、暴力を恐れた同胞たちのところに上がり込んでいるようです。決起と共に中核都市の方で略奪を始めるようです。戦後粛清対象ですが、日本国防軍への目眩し程度には使えるかと」
「……そうか、では概ね計画通りと考えれば良いか」
「はい、本国の方にもそのように報告済みです」
「……では、3日後。革命の宴を楽しもう」
「はっ」
男たちはそこで別れる。
2人とも緊張感をたたえつつもどこか興奮気味だった。しかし、それは伝統の祭りを楽しみにする地元民に混ざると違和感なく溶け込めてしまう。
全国的にことが起こるまで、あと3日。
ーー温泉横にある勇者本家自宅
「……」
スマホに映るメール情報に眉を顰める灯。
どこか決意を決めたような瞳はしばらくの間、スマホに視線を落す。すると狙ったようにスマホは着信を伝える。
「……」
無言で通話ボタンを押す灯。
『灯ちゃん、久しぶり! おじさんだよ!』
通話先は雨野の孫、青野 隆史(43)である。
『いや〜、灯ちゃんと結婚することになるとはね。ついこの間まで小さな子供だったのにね。あ、今でも子供か!』
そう言って下品に笑う青野。灯はただただ黙って聞いている。
『でも大丈夫だよ。俺が大人の女に調教……教育してあげるから……楽しみにしておいてね!』
その後も顔が見えないはずなのに青野の下卑た笑いを想像させる言葉が続く。それに対し灯は反応を返さず、ただただ聞くだけだった。
『じゃあ、俺の子供産む準備だけは忘れずにしておいてね灯ちゃん。ただ君は形式上正妻だけど、実質は3番目の奥さんだから、そこら辺は心得ておいてね。じゃぁね! 会えるのが楽しみだね!』
青野は言うだけいうと電話を一方的に電話を切る。
灯は感情の消えた瞳でスマホを見つめる。
こうして勇者本家の状況が少しずつ変わりながら、彼らは祭りを迎える。




