第23話「真の勇者2」
「では先生、例の件よしなに……」
「わかった。任せてくれ……しかし、首相の言葉もあるというのに君も足掻くねぇ」
とある国会議員の執務室で向き合う雨野と同年代、70歳を超えている議員。ある程度の仲なのであろう、議員は軽口を叩くとソファに体重を預ける。
「……足掻くさ、国のためだからね」
「時流を読むのも能力ってもんだろ」
情勢が雨野有利な状況から不利な状況へ変わるのは時間の問題である。
一度正義の神によって決定づけられた流れは戻ることはないと見られている。
しかし雨野は足掻く。
「流れが変わったのなら……再度変えれば良い」
「……傲慢というものだよ」
「でも、付き合ってくれるんだろ? 先生」
お茶目さを見せる雨野。
「はっはっはっはっは! そうだな。君が破滅したら、私も破滅だ。付き合うよ。最後まで」
「……心強い、頼るべきは友人ということだ」
友情の形はさまざまだ。金や権力、表沙汰になると不利な関係だが、この2人には確かな絆があった。しかも長年の悪友と呼べる利権関係が。
「死なば諸共、毒を食らわば皿まで、ここまできたのであればやり切るさ。まだ達成できていない目標もあるしな……」
「お互いに難儀な目標を持ったものだな……」
口には出さないが、両者には大望がある。
雨野は「勇者本家になり変わる」という目標。達成するため半世紀近く努力している。今さら鶴の一声で崩れるほどやわな体制ではない。
議員は「戦後初、憲法改正を達成した総理」という目標。具体的に何を変更するかは明確にしていないが、歴史に名を残したいという強い意欲と先達から引き継いだ野望として達成を目標としている。雨野がもたらす金と利権、メディア操作を元に派閥と立場を築いている。目標まであと一歩のところにいる。
「……って、わたしは毒か?」
「本質をついた言葉だろ?」
「……毒でもいい。でも私が、私こそが真の勇者になるのだ。守るだけ、文化という名の鎖に縛られ変わることのできないつまらぬ名誉職を変え、真に価値のある役職であることを理解させるのだ」
「劇薬だ」
議員は笑いながら冷め切った茶で喉を潤す。
「……あなただって似たようなものでしょ? 先生」
「そうだな。誰が決めたのか、なぜそうなったのか。勝手に決めた政治的聖域をぶち壊さねば、国は変わらん。次に国難が襲われた時、時代に合わぬ縛りで空転していればその時間数だけ人が死ぬ。若いものから、この国の未来から消えていく。それを防ぐためならば今のものどもに対して毒にでもなるさ」
それだけ言うと議員はタバコを咥える。
「毒でも適量であれば薬。例え薬にならぬ毒だとしても使いようは……ある」
「……」
無言で火をつける雨野。
「一時の悪名は甘んじて受け入れよう。しかし後年、歴史的観点で見た時には勇者となる……君も私も」
「ああ……そうだな……私たちこそが真の勇者……」
議員の『真の勇者』と言う言葉に雨野の顔が歪む。
「……さて、私はこれでお暇させていただきます」
「もう行くのかね?」
「ええ、今止まることはできないのでね」
雨野は立ち上がると、議員に軽く会釈をして部屋を出ていく。
残された議員はしばらくの間、雨野が去った扉を見つめていた。やがて複雑な表情を浮かべながらも立ち上がると、静かに深いため息をつき部屋に備え付けられた受話器を取る。
「……ええ。……はい。……雨野家は止まらないようです……はい。では」
受話器を置くと議員は暗い表情で大きな息を吐き出す。
「雨野、お前が何をしようとしているのかは知らんが。この国で手を出して良いものと悪いものがある。貴様は本当に何をしているのだ……」
議員はハンカチを取り出し冷や汗を拭く。
雨野から連絡を受けた際にはよくある利権や自分の政治目標に関する話だと思い、友人関係かつ利益関係にある雨野を迎えることにしたのだが、突然横やりが入った。国会議員とはいえ無視できないところから……。
想像を膨らませる議員だが、頭をふり現実に戻る。
厄介ごとからはこれで切り離せるはずだと。
しかし議員の冷や汗は止まらない。
ーーとある料亭の大人たち
組織であれば上位者の判断が絶対である。
船頭多くして船山を登るともいうように、指示が多すぎれば物事は混乱するばかりだ。
組織とは大きな1個体。上位者は頭脳。判断や指示するのは特別と言うことではなく、責任という名の負担が大きいがゆえに上位者と呼ばれる。
組織という大きな個人が目的に向かって動く。
だから好き嫌いではなく、組織人であれば上位者の判断に従うのが原則である。
しかし、たまに誰がやったのかわからないように判断を歪められることがある。
「……工作は上々ですな」
「ああ……」
中年男が2人、差し向かいで日本酒を傾ける。
都内の高級料亭。勇者分家の有力者の2人は薄暗い座敷で密談を続けていた。
どちらも表情は冴えない。
「……これで良いのでしょうか……」
「……結果が全てだ。5年、10年それより先の未来を見ればこの程度のこと問題ない」
「お国のため……」
「そうだ」
2人の男は深いため息をついた。自分たちが行っていることが正しいことではない事を理解しているからだ。
「足利義満……」
「雨野様のことか……では我らは国賊の子分となるか」
「ええ、自らを王と名乗り外交をし、太上天皇を贈るように要求したかのお方です」
「しかしその方は内戦を終わらせ、経済も復活させ、国際的な立場も安定させた。事実だけ見ればどちらとも取れるが、不安定な内政を続けるよりマシだったという点も忘れてはいけない。結果として大人物とされているのだから……」
「いっときの泥はかぶるだけの大義がある……そういう事ですよね」
言われた男はお猪口になみなみと継がれた日本酒を一気に煽ると、ぐいと袖で口元を拭いながら深くうなずいた。
「ああ、まるで一緒じゃないか。勇者一門という異能分野で長年国防を司る家が、2代続けて外敵を退けるために倒れ、幼い当主様が残された。権力は荒れ、お役目も定かではない状況を雨野様がまとめられたのだ。勇者一門が現代で生きるための道筋を長年たててくださっていたのも彼の方だ」
「しかし……勇者当主様を蔑ろにするのは……先代先先代様の残されたものを……」
「……今さらだ。雨野様が動いていなければ外部のハゲタカにむしられ今ではなにも残っていなかったのかもしれんのだ。我ら勇者一門は続けなければならない。封印を維持することこそがこの国を守る事なのだ。それこそれが我ら勇者一門、2千年の責務」
「……」
2人は無言で酒を飲む。酒盛りなのに静かに、ただ杯を重ねていた。
2人とも矛盾に気づいている。
しかし雨野の行動が最適解であり、結果も伴っていることも理解している。
だが……。
勇者一門は大なり小なり誰もが、その結束に小さな亀裂が入ったことに気づいていた。
しかし勇者一門は既に裂かれた大きな亀裂に気づいてはいない。
どちらが正しいのか。
近代人権意識の向上とともに視点が自分たち中心となっている。
これは仕方のないことだ。
現代は人1人の価値も向上した。
誰しもが色々な選択肢を選べ何者かになれる。
非常に素晴らしい世界だ。
だがその仕事をその人間がやらねば社会が回らなかった時代の方が異能をまとめる勇者一門として機能していた。
そう非常に素晴らしい世界が多くの主人公を、船頭を作ってしまったのだ。
それぞれが想い。それぞれが考える。ゆえに組織としてまとまっているようでまとまっていない。
その隙間をつくように策を練り、動くものがいる。
勇者正はそのような込み入った策謀の中にいる。
策謀の火は正義の神の名をもってしても消えない。
むしろ鎮火直前の日こそ危ない。
ーー異能管理協会
東京で民間の異能者たちをまとめる半官組織。
その一室で大あくびをかく男がいた。
「……あーこれ、面倒くさそう……ぽんちゃんに任せようかな……」
PCに映し出される報告資料を一瞥し畑野はつぶやく。
そう、勇者正の数少ない味方であり勇者一門が目の敵にしている男である。
「ぽんちゃんぽんちゃん。これきゅっとしておいてくださ〜い」
畑野が5席離れたぽんちゃんと呼ばれた男に声をかける。もちろんメールで指示を送信もしている。
「畑野さん、本間っす……。って、マジっすかこれ……」
畑野の席まできた本間 海狸(25、男)はメール内容を覗き込んで驚愕する。
「マジマジw」
畑野の反応は軽い。一方ぽんちゃんと呼ばれた男、本間は顔を青ざめさせながら画面を凝視していた。
「えっ……」
「大丈夫大丈夫。関係各所への協力要請はしとくから」
「……買収されてません? その人たち?」
「ダイジョーブ。不安だったら彼女も付き合わせる?」
本間は畑野の軽さに驚愕しつつも『彼女』と言われ目を白黒させる。
「……ちなみにどちらですか?」
嫌だなー、という言葉を顔に貼り付けながら聞く本間。
「どっちでもいいよ♩」
「……」
この組織には『彼女』と言われる巨大な戦力が居る。どちらも神に近い存在で……気まぐれ、扱いづらい戦力である。まだ大卒3年目の本間には荷が重い。
「ミンナ デ ガンバリマス」
面倒ごとを押し付けられた部下(本間)は色々と諦めた表情で自席に戻り電話を手に取る。
「終わったら鰻奢ってあげるから頑張りな〜」
「いいましたね……俺、手加減しませんよ」
本間の目に炎が宿った。
畑野は『ぽんちゃんは安上がりで助かる』とか思いながら、自分は別件を進める。
「伝統ってのは、変わらないものじゃないんだよ……時代に合わせてバージョンアップを続けるものなんだよ……。だからね。安易に新しいものに置き換えようとか、自分が理解できないものには価値がないとか。自分勝手がすぎるんですよ。雨野会長……」
畑野の本間が聞けば1週間ぐらい距離を取られるような、寒気を覚えるような台詞をつぶやく。
物語は回り続けていた。




