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第22話「勇者の一族2」

「おはようございます」

「おはようございます」

 封印温泉、早朝の一幕である。

 陽も上らない深夜の時間帯、旅館の裏で静かに、だが忙しなく従業員達が働いている。

 邪神様が宿泊するこの宿の歴史は明治時代まで遡る。

 勇者本家がなぜ温泉宿をやっているのか?

 それは情報化社会に対する国の重要な土地に対するカモフラージュであり、当時の勇者本家当主の趣味であったと言われている。

 冬は雪に閉される土地。封印状態も、政治状況も改善された時代に趣味ではじめたようだ。

 当時の勇者本家当主は、分家を完全に統制し、政治との距離も良く安定的な状態にあった。当時の世界を見回すと近代兵器の台頭にともない、権威の象徴であった異能は差別の対象となっていた。産業革命が起こした変革が政治力学の変化を起こし、権力者側にいた異能者の排他が進んでいたのだ。異能者たちは一部貴族の庇護下に入ったり、宗教組織の最奥で匿われたりなどしながら細々と生き延びていた。

 これは当然のことであり、歴史的な慣習とも言える。

 要するに『勝者が敗者に対して略奪行為を行う権利』である。

 当時の勇者本家当主はそのような社会情勢を把握しており、日本がそうなるとも限らないと考え一族が守護する世界的に稀なこの土地を守り抜くため、温泉稼業をはじめたのだった。

 初めの頃は潤沢な政府支援に支えられ、諸々の好景気に沸いた時代の流れに乗り、温泉事業は順調に発展を遂げた。

 そして大戦を迎える。

 数度の戦争を経て近代戦に異能者がほぼ役立たずであることが再認識され、世界では異能者たちの立場がさらになくなっていった時代。

 日本でも勇者本家と政府との確執があった。

 政府内にいた伝統軽視派閥である。彼らのロジックは明快である。

 数字と結果である。

 故に異能と言う検証可能回数が限られており証明の難しい事象に対して、科学という無数の検証から法則を定義した再現性のある学問で異能という不確定な伝統を否定した。

 それゆえ歴史の影に潜み、権力の近くにいた異能はここ日本でも民衆の敵として、スケープゴートとして迫害される道へと進もうとしていた。

 それを救ったのがこの国で最も尊く、宗教儀式に見識のある方々だった。そちらは国家としての権威として力を保持しており、勇者一門は体制を立て直すきっかけを得たのである。

 しかし勇者本家は封印の維持という、千年以上保持され解ければどのような災厄が溢れるかわからないとまで言われている重責を担っているため、軽々しく兼業を起こすことはできなかった。

 要するに隠れ蓑としている旅館業では予算が足りなかったのだ。

 故に勇者一門は各地に散り、分家と称して経済活動を開始した。そして戦後、分家は各分野で勢力を強め、増長を開始した。現在分家をまとめる雨野家以前から不穏な空気は流れていたのだ。

 

 話を現在の勇者本家に戻すと、勇者本家が営む旅館の従業員は分家筋の人間が担っていた。封印儀式や儀式状の維持に金がかかり、旅館業からの利益も少ない。その為、儀式補助兼旅館従業員として分家の負担が大きくなっている。


「ふぅ……」

 オーナーであり支配人でもある勇者正は深いため息を吐き出す。


「早朝からお疲れ様です」

 そっと差し出されるコーヒー。分家から派遣されたされた勇者正と年の近い『高橋 裕司』である。

 高橋 裕司。幼い頃から見習いとして勇者正に仕えてきた青年で、勇者正にとっては兄に等しい人間である。

 勇者正(25歳)。高橋(30歳)。


「ありがとうございます」

 2人の関係性は複雑で、高橋が小学校を卒業した頃から本格的な教育が始まり2人の距離が離れた。それまでは本当の兄弟のように接していた。言葉遣いや態度は幼い頃から主従の関係だったがそのタイミングからより厳格になり、公式な場では完全に使用人として振る舞うようになった。

 勇者正は当初寂しく感じていたが、大人になるにつれ見えないところでいろんな合図を送ってくれていることに安心するようにもなっていた。


「政治ですか……」

「ええ、面倒なことです……」

 一応分家の高橋と本家当主の勇者正、引くべき一線がある。最近ようやく勇者正がその一線を理解しているようで、それ以上の情報を高橋に漏らしたり、本音や不安を吐露することもなくなった。

 故にシンプルなやり取りのみが残っている。


「我が家からは分家内での政治情勢が変わりつつあると聞いています」

「……だと良いのですがね……」

 勇者正、15歳で本家当主を継承以来10年、数々の嫌がらせを受けてきた身だからこそこの程度ので変わるというのが信じられずにいる。

 それは正解である。

 一度確定した体制が変化するには多くの時間がかかる。なぜならばそこに利権があるから。


「……我々勇者一門の大事は封印の維持。分家の皆さんもそろそろ悔い改めていただけると良いのですが……」

「裕兄さん、それ以上はいけない。誰がどう聞いているかわかりませんし……」

 そう言ってインスタントコーヒーを流し込む勇者正。しかし先日の会議以降流れが変わったのも事実。このまま良い方向に流れてくれれば良いのに、と思うのは甘い考えかもしれないが、そんな期待を抱かずにはいられない。


 しかし、そんな勇者正の思いを打ち砕くメールが届いたのは、その直後のことだった。


ーーーたまと魔王と邪神様

「にゃ」

 朝食を終えてソファーでくつろいでいた邪神様の膝の上にタマが乗ってきた。


「……どうしたおやつは持ってないぞ?」

 塩対応がデフォルトのタマが甘えてくる衝撃にツンデレ邪神様は思わず動揺を隠せずにいた。


「にゃ」

 あとで持ってくるので構わない。と返すタマ。後払い制である。


「うむ……」

 恐る恐るタマを撫でようとする邪神様。その手つきは初デートの童貞が女の子の手を握るかのようであった。遠目で見ていた魔王もびっくりの反応である。


「……」

 タマを撫でて満足な邪神様。


「にゃあ」

「……」

 デレデレだった邪神様の表情が困惑に変わる。


「それはちょっと難しいな」

「なぁ!」

 タマは不満そうに鳴き声を上げ邪神を見つめる。


「……そんな目で見られても、俺にもやっていいことと、やりたくないことがあるんだよ」

 要約するとどちらにしても邪神様のわがままである。

 それが許される存在。それが邪神様。


「にゃあ」

「……人間には人間で解決しなければならないことがあるのだよ……え、撫でるの下手?」

 固まる邪神様。


「にゃ」

 短くなくとタマは立ち上がり去って行った。


「振られましたね……」

 したり顔で現れる魔王。


「そんなんじゃない……」

 エアーで撫でる動作を繰り返す邪神様。


「あなたほどのお方が、地上のことで安易に肩入れすればバランスが容易に崩れてしまいます。自制してください」

「……わかってる。しかしこの人の体というものを手にすると肩入れしたくもなろうというもんだ」

「……人情ですか」

「そうだな……」

「では部下を助けると思って仕事に……」

「すまん! 急用を思い出した!!」

「ですよね! では仕事をしましょう!!」

 用事=仕事。


「お任せください。準備は整っております社長!」

「えー、社長って呼ばれているのにリスペクトを感じない……これいかに?」

 るんるん気分で積もりに積もった決済案件を処理しにいく魔王と引きずられる邪神様。


「尊き方、おはようございます!」

「尊き方、おは!」

 途中で出会った邪神様(子供バージョン)を誘拐してラーカイル流魔術を学び直している宗教団体にメンバーが元気よく挨拶してくる。

 彼らは外交ルートをフル活用してついにこの旅館の客となっていた。

 油断するとラーカイル流のポーズをとるのでラーカイル流師範である邪神様は油断できない。即採点しなければならないのだ。


「……賢者ラーカイル。師範としてきてくれないかな……」

「現代の賢者ラーカイルは小学生ですよ」

 魔王に現実を突きつけられる邪神様。


「……くそっ」

 悔しがる邪神様と勝ち誇る魔王。


「……あ、そういえばジャン」

 邪神様が人間名で魔王を呼ぶ、つまりは仕事の話だ。


「はい、なんでしょう?」

 警戒感を隠さない魔王。


「来週から大神さんがバイトで来てくれることになったから」

「大神さん?? ですか?」

 困惑する魔王。


「そそ、大神さん(元魔王の嫁)」

「え゛」

「彼女、まだ高校生だけかなり優秀だぞ。これで魔王の負担も軽くなるね♩」

 魔王の仕事負荷は軽くなるだろう。だが魔王の心的負荷は高くなる。

 邪神様。やはり彼は邪神であった。


「さぁ、今日も一日がんばろー」

 死なば諸共ともいう。


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