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第21話「真の勇者」

「……大地よ……」

「……」

 分家の長、雨野 大地は自分のグループ本社の会長室で義理の兄である吉田 新と向き合っていた。

 70歳の雨野と80歳の吉田。

 覇気あふれる野心家と笑顔の絶えない好々爺。

 対照的な2人だが、実際の手腕と外見の印象は真逆である。

 つまり現在、雨野は吉田に詰められているのだ。


カツン

 杖をつく音が部屋に響く。


「……答えぬか」

 手を伸ばせば簡単に折れそうな老人。自分よりも10も年上の、しかも最近は杖を手放せなくなった義兄。その男に雨野は恐怖していた。

 雨野の体は海外の異能組織によって強化、改造されている。単純な力であれば義兄をくびり殺すことなど簡単なことである。

 しかし雨野の体は震えている。


「……」

「……まったく……妹同様に貴様も甘やかし過ぎてしまったか……」

「新兄、そんなことはない!」

 雨野が勇気を振り絞った一言もすぐに遮られる。

「貴様がどこと友誼を結ぼうとかまわぬが、異国の政府機関と通じているのを、私が知らぬとでも?」


カツン

 杖をつく音にビクリと体を震わせる雨野。


「内臓の病を治すための移植から始まって呪術強化。ズブズブではないか。妹ともども……はぁ……。で、此度の失態は彼の国の指示か? ……まさか先代様の死も貴様が仕込んだのではあるまいな?」

 先々代勇者の育成に関わり先代勇者のことを孫と同様に見ていた吉田、故に後半の言葉に殺気が籠る。異能による威圧。雨野は自分の勘違いを知る。義兄は衰えてなどいなかった。自分が知り得なかった勇者一門の秘技を持ち、国防の前線に立ち続けていた猛者のままだ……と認識を改めた。


「そっそのようなことは!」

「それを信じてこのザマよ……幼き今代勇者に変わり、一門を取りまとめた手腕は勇者のためと安心していたのだがな……」

 はぁ、と吉田は大きなため息をすると、ゆっくりと立ち上がる。


「妹とは離縁させる。そもそも入婿の貴様を勇者一門に迎えたのが間違いであった」

 吉田は雨野にそれだけ告げると静かに会長室を出て行った。

 1人取り残された雨野は数年歳をとったような疲れた表情でソファーに体重を任せる。やがてタイミングを図ったようにノックが響き、雨野の腹心達が次々と部屋に入ってきた。


「……」

 雨野の言葉を待つ。


「……何も持たぬ老耄おいぼれが偉そうに……」

 絞り出すように漏らす。


「何が猛者か。いかなる分野の達人といえ、5人に囲まれれば逃げる選択肢しか持たぬのが人のさが。偉そうに……。人という動物が最強なのは集団の暴力を持つが故だ。新兄……10年前のあなたはそれを理解していた。俺の価値も理解していたはずだ。耄碌もうろくしたのですな新兄、しかしあなたの理想は俺が引き継いでいますよ……。そしてあなたが生きている間にお見せしましょう。その成果を……」

 完全な雨野の独り言。絞り出された言葉は始める力なく、義兄である吉田 新の名前が出たあたりから力強く、会長室に響く。


「会長。吉田様には黙っていただきますか?」

 腹心の1名の言葉。


「……放っておけ、新兄に何かできる力など残っていない。できるのは昔の伝手を頼り文句を言うだけ。何の力もない

哀れな老人の言葉、誰が聞く? 正義感の駆られた阿呆が動くのであればそれは好都合。そのような阿呆は目の前の義しか理解できぬ無能。うちに入れていざ大義をはたさんという時に異足を引っ張るもの、早めに排除できるのよう行幸というものだ。新兄には良き働きを期待しよう……」

 冷たい口調とは反面、さみそうな眼差しの雨野。


「で、現状どうだ?」

 雨野は会話を引き上げ、先日の会議の影響を確認する。


「各現場への通達は2日で完了しておりました」

「さすが、官僚組織は上意下達」


「はい、しかし関係各所のステークホルダーは買収済みです。現状誤魔化した動きで流れは変わらずにあります」

「……政治家はどうだ?」


「はい、そちらも大丈夫です。榊先生の派閥に動いていただいておりますので、内閣がどう言おうが動きは見せますまい。あと、首相のスキャンダルを作りましたのでメディアを動かす予定です」

「方々に挨拶回りをせねばならんか」


「はい、スケジュールはそちらで変更しております。後ほどご確認ください」

「ああ……」

 雨野はそれだけ呟くと深く座っていたソファーから立ち上がる。


「勇者本家が政府を巻き込んだ最後の抵抗、神の干渉は想定外だが、影響は想定内。最悪のケースではあるが今であれば逆転も可能……皆のもの、勝負の時だ心してかかれ」

「「「御意」」」

 情勢は勇者本家に傾いている。

 勇者分家は雨野家を中心とする体制から変革を見せている。

 連動する政府各省庁の異能対策部門も上からの通達で変革を見せている。

 しかしその変革が現場に反映するのは数年後。


「……」

 雨野は専用車に乗り込み、再び深く座り込むと息を吐き出す。


「……何が勇者一門か……」

 手のひらを見る。

 異能に犯された末期症状が見受けられる。


「……国も守れず、己も守れぬ……」

 雨野の手のひらから黒い血がぽたりと滴り落ちる。


「ふん!」

 変化しようとしていた手のひらが元の老人のものに戻る。


「……文化・文明は人が紡ぐもの。しかし、時に新たな形にせねばならぬ……それを成すのが勇者……血族が勇者ではない。封印の脅威、異国の脅威……ただうけて守るばかりの伝統なぞ……勇者とは言わぬ。……勇者の一門から破門? いいぞ……私こそ真の勇者。私こそこの国を守る者……」


 防音の効いた専用車で老人のつぶやき。

 それを聞く者はいない。

 だがその決意は多くのものの運命を左右することになる。

 それはほんの少し先の未来のことである。

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